第5話

たくさんの傷を付けられても逃げることはしない。


いつからなのか恐怖という感情が分からなくなったのだ。


恐怖だけではない。


喜びや悲しみも感じづらくなった。


表の社会ではよろしくないことだが、裏の社会ではとてもいいことだとされている。


仕事をするためにはどうしても感情が邪魔になるのだ。


可哀想だからなどという感情は躊躇いを生み出して仕事を成功に導くことができなくなる。


躊躇いもなくさっくりと仕事を終わらせないといけない。


感情の欠落は表情の作り方も欠落するらしい。


笑うということができないため口角が上がらないのだ。


こんなに欠落が激しいのに、まだ表にもいる私は謎だ。


両親が高校は通いなさいと言うから通っているのだが、口角が上がらないため不気味がられて近寄ってくる人がいない。


愛想笑いもできないため社交の場にも出られない。


中立の立場というのだろうか。


表と裏のどちらにもいるのだから。


だから、少々困ったこともある。


仕事がない日の居場所だ。


家にいると邪魔な目を向けられてしまうし。


両親は生花を教えてもらうために出入りしている生徒の前に私を出したくない様子だし。


裏は仕事がある時だけ来いと言われているし。


家も裏の部屋も私の居場所というわけではないのだ。


曖昧な境界線にいる私にはどちらの部屋も相応しくない。


そこで考えた。


街の中に紛れてしまえばいいのではないのか?と。


中学の入学の時にたまたま見つけた喫茶店。


見た目はボロボロで本当に営業しているのかと思うくらいの喫茶店だった。


外観は植物で覆われ、緑化壁状態だ。


喫茶店を営むマスターはまだ若く親戚の跡を継いだと言っていた。


いつもニコニコと微笑む爽やかな感じのマスター。

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