第54話

 那奈なな視点。

 案の定。こんなとこにいた。登校してみればふたりの姿はない。普段から冗談交じりに林崎君に言う。

 ――伊保いほとトイレでエロ漫画みたいなこと、しないでよね。


 言葉にしてしまえば、言葉は力を持つ。言霊って言うくらいだから。もし私の言葉に影響を受けて、今頃ふたりはトイレで……


 ないか。仮に林崎君がその気になれば、伊保とは家が隣同士。どんだけ私が目を光らせても無駄だろう。なのでここは気持ちよく信じよう、うん。それが私の心の平穏に繋がる。


 1年生の廊下の奥。以前、生徒が多かった時代は教室だった場所。今は物置と化している場所の前に、ポツンとふたり窓枠にもたれかかるように立ってる。


 林崎君と伊保柚香。

 見つけた。私の探知能力も中々。いつもみたいに詰めてやろうと考えて、思い留まる。

 最近の林崎君と藤江委員長のロスっぷり。おかげで風紀委員室は湿度が体感高い。陰気過ぎるのに嫌気がさしていたが、理解も少しあった。


 私にはいないが、生まれてこの方、ずーっと行動を共にしていた同じ歳の異性。何をするのも一緒。怒ったり、泣いたり、笑ったり。膝の擦りむいた痕でさえ「あの時転んだやつだ」って知っててくれる、そんな相手が少しずつ疎遠になっていく。


 自分といる時には見せない笑顔で、他の異性と話してるのを目の当たりにする。そして何となく感じるのだろう。

 この時間もあと少しかもって。


 私がここで林崎君を彼女面で問い詰めて、その残り僅かな時間を取り上げることは出来る。でも、ぽっかり空いた心の隙間は私には埋められない。もしそれが出来る人がいるなら、それは他ならない伊保柚香だろう。


 私が出来るのは、いずれ疎遠になることで生まれる心の穴が出来るだけ小さく、林崎君の心の席から、伊保がそっと立ったことに気付かないで済むまで、小言は少な目に。


 ――って、そんなこと私に出来るのか!? 

 出来る気がしないけど、やるしかない! 伊保柚香は、たぶん林崎君の俺ボードランキングとやらの、1年生首位。


 藤江委員長に至っては、全校生徒中1位じゃないだろうか? しかもなぜかポンコツを愛してやまない林崎君の属性に委員長はぶっ刺さってるハズ。


 そんなモンスター女子ふたりに、学年で6番目が正攻法では太刀打ちできない。ならせめて、一緒にいて楽しいって思って貰えるようにしたい。


『楽しい』って……

 うん、目指してるモノも地味だ、我ながら。


 いつもはふたりの間に割って入るのだけど、今日は伊保の隣に立った。怪訝そうな顔する伊保。そんなことには構わず、現状を淡々と聞き取り。そこから浮かび上がってくる恋のベクトルはこんな感じか。


 藤江委員長――江井ヶ島先輩ロスを脱し、何かと助けてくれた林崎君に向き合う準備が整った。


 江井ヶ島先輩――委員長を振り向かせるために始めた伊保との関係。だけど最近伊保が気になって仕方ない。映画を誘ったのもそういうことだろう。


 伊保柚香――最近江井ヶ島先輩と急接近と思いきや、お互いの相手との復縁を相談し合っていたらしい。たぶんこの時、江井ヶ島先輩は伊保に惹かれたのだろう。しかし、伊保の感じからして江井ヶ島先輩の好意に戸惑ってる。


 戸惑ってるとはいえ、嫌悪感とかは少しも感じない。もしかしたら江井ヶ島先輩ワンチャンあるかも。


 そうなれば、私が思い描く、林崎君の心の座席からそっと立つ路線はありそう。

 ――と思いたい。私の情緒のためにも。このままじゃ藤江委員長と並んでココア飲まなきゃ、私の情緒は保てないかも。


 そうなると、江井ヶ島先輩を陰ながら応援し、伊保をほんの少し林崎君から遠ざけるのがいい。少なくとも江井ヶ島先輩への対応は、これでいいんじゃないだろうか。

 林崎君に対しても、伊保とのことを禁止するより、伊保の意識を林崎君と江井島先輩に分散することで、自然ふたりの時間は減る。


 問題は藤江委員長。

 もう、林崎君一筋宣言をしたのと変わらない。委員長とは昔からの付き合いだし、この先もそうしたい。だから、林崎君を譲って……なんて前までは思っていただろう。


 地味な私が委員長に勝てるわけないって。

 でも、無理。林崎君だけは無理。譲らない。でも、ズルもしない。ズルをする姿を林崎君に見せたくない。正々堂々勝ち取りたい。


 正々堂々と言っておきながら、そうなると私だけでは力不足。なので伊保を引き入れることで、バランスを保つ。まさに恋愛三国志。

「そんなわけで、作戦会議するわよ」


 ***

 その頃写真部では……シュン兄こと、中八木シュン兄が頭を抱えていた。


「風邪だ? どいつもこいつもか? どーすんだ、1年の校外学習明日だぞ。写真部は例年……まぁ、熱があるんだから無理するな、明日は……なんとかする。じゃあな」


 シュン兄こと那奈なな兄はスマホをそっと机に置いた。写真部の活動の一つに、校外学習に同行して写真撮影というのがある。


 例年なら写真部総出であたるのだが……シュン兄以外の写真部は風邪だの、おたふくだの、親知らずを抜いただので、誰一人参加できそうにない。そんな困り果てたシュン兄の元に、別の意味で困り果てた2人が現れた。


「中八木、今いいか?」

「おい、これ以上問題を持ち込むな! そもそも、リア充が写真部の敷居をまたぐな、この!」


 シュン兄が珍しく語気を荒げた相手、それが藤江伊澄いずみと江井ヶ島とおるだった。3人は中学、もっと言えば小学から同じ。しかし、シュン兄はこのふたりを物凄い勢いで煙たがっていた。

「そう言うな、私らの仲じゃないか」

 どんな仲だ? 小中学校が同じという以外で接点がない自信をシュン兄は持っていた。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る