第53話
「誤解させたみたいだから、私も行って説明しようか?」
あさイチ。
柚香は制服に着替えて俺の部屋に来ていた。ショートカットを使わずに玄関から。俺も既に着替えていた。先輩にもメッセージを送り、会うことになっていた。その場に立ち会って説明しようかという申し出。
「ん~~いい。先輩ああ見えて割と繊細なんだ。お前にコンビニで、こてんぱんにやられたろ? 軽いトラウマになってる。話する前に拒否反応されると面倒くさいし」
「藤江先輩って面倒くさいの?」
「それなりに。考え出すと悪い方向にしか考えが向かない」
「そうなんだぁ……それってけっこう似てるよね」
似てる? 先輩と……江井ヶ島先輩が? 江井ヶ島先輩ってうじうじ考えるタイプなんだ。知らなかった。
「こういう変なとこ似てるのって、地味に良くないなぁ……」
柚香が難しい顔でなにか言ったが、声が小さくて聞き取れない。
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもない! えっと……気を付けて!」
小さく手を振る柚香を残し、部屋を出ようとして呼び止められた。
「ところで、藤江先輩って実際のところどうなの?」
「どうって……そうだなぁ……いまの俺と変わらない」
「それって、その……このまま終わるのが嫌って感じでいいのかなぁ?」
「んん……その辺りの細かいところはわからんが、少なくともあの騒動の時の聞く耳持たない感じじゃない」
「それって、復縁の可能性ありそうなの?」
「たぶん」
「泰弘って今から先輩に会ってどうするの? 復縁を勧めるの?」
「わからんが、可能性ありますよ、まだチャンスありますよ、みたいなことは言おうかと」
「そう。じゃあ私はとーるちゃんの背中押す! 猛プッシュ‼ その方がうまく行く可能性上がらない?」
確かに。俺としては、何を考えてるかイマイチ掴めない、江井ヶ島先輩を柚香が担当してくれるのは助かる。藤江先輩のことだから、匂わせたくらいじゃ気付かない。江井ヶ島先輩から動いてくれるなら、確かに可能性が上がる。
「じゃあ、頼めるか?」
「うん! えっと、朝練出てると思うんだ。話に行くけど、誤解とか……」
「これで疑ってたら、さすがに俺、ヤバいヤツだろ」
「じゃあ、また後で‼ お互いに健闘を祈る!」
弾けるような柚香の笑顔に送り出され、俺は先輩との待ち合わせ場所に急いだ。
先輩とは例の河川敷で待ち合わせた。
先輩の家まで行って江井ヶ島先輩と出くわすのは、勘弁なので。そういう意味では俺も軽いトラウマになっているのかもな、そういえば、俺と先輩って似てるとこある。
「待たせたか?」
自転車で先輩が現れた。言葉は武士だがにこりと笑う笑顔は、学園のマドンナと呼ばれるに相応しい。
「どうした、ニヤニヤして」
「いえ、先輩は今日も可愛いなぁ、なんて考えてました」
「冗談はよしてくれ、真に受けるだろ。知ってるだろ? 私はだまされやすいんだ」
俺もですよ、
そうか、お互い様だな、
そんな会話をして、きのう柚香から聞いた朗報を先輩にも伝えることにした。これを伝えるということは、先輩は本格的に元さやに戻ることになる。今みたいに個人的に会う機会は大幅に減る。
でも、それで先輩が幸せなら、なんてきれいごとも、たまにはいいかもなんて思い始めていた。河川敷の朝の新しい空気を肺いっぱいに吸い込み、先輩をみる。水面の朝日が反射して、いつも以上に先輩はキラキラしている。
ほんの少しの心残りはあるけど、先輩との時間はここで、ひとまず終わりにしよう。そう決心した俺は改めて、先輩に向き直る。先輩は風に舞い上げられた髪を整えながら俺を見て、笑う。笑いながらすっごくいい顔をした。
その顔があまりにも印象的で、綺麗だったので、俺は一瞬、何を言おうとしてたのか、頭から飛んでしまった。
そして見とれてる内に、先輩が軽く伸びをして俺の顔を見て言った。
「ありがとう、林崎」
「何がです?」
「うん、今朝な――」
「はい」
「突然なんだが――」
「ええ」
「吹っ切れた!」
「えっ⁉」
「色々迷惑掛けたな。透のことはもう、すっきりした! これも全部林崎のおかげだ! こんなダメな私の愚痴を気長に聞いてくれたのは君だけだ。心から感謝する! 気付いたんだ、私の中に君への感情が、気持ちがあるという事を。知っている、
先輩の真剣な眼差し、少し照れてはにかんだ感じが、俺のなにか言おうとする感情を抑えた。無下に断る勇気がなかった。俺にとって、この愛すべきポンコツ先輩との時間は何物にも代えがたい時間になりつつあったのかも。
「どうだった?」
自分たちの教室から少し離れた人通りのまばらな廊下。
待ち合わせたワケじゃないが、そう待つこともなく柚香が現れた。困ったような顔して、手には映画のチケットが2枚。さすがの俺も察しが付く。
「映画、誘われたのか?」
「なんでこうなったんだろ……泰弘は?」
「変わらない。吹っ切れたって。江井ヶ島先輩のこと。私のことを考えて欲しいって」
「そうなんだね、なんかうまく行かないね」
「まったくだ。それで映画行くのか?」
「泰弘は――藤江先輩のこと考えるの?」
「江井ヶ島先輩はお前のこと、好きになったんじゃ……」
「藤江先輩は、泰弘のことしか考えられなくなってるのかも……」
ため息をついちゃいけないけど、つきたくなる。この間までは、藤江先輩は江井ヶ島先輩ロスだった。俺が柚香ロスだったように。ふたりは――柚香と江井ヶ島先輩は急激に接近していた。俺たちは、俺と先輩はどこかで諦めムードだった。
それが誤解だとわかり、先輩にその事を伝えようとしたら、先輩は突如立ち直っていて、江井ヶ島先輩は――藤江先輩から柚香へと気持ちが移っていた。
どうしたらいいもんやら、こんがらがってる。困り果てて廊下の窓枠に肘をついて、ふたりして中庭を眺めていた。
「お困りのようね、おふたりさん」
振り向くと、そこには中八木さんが肩を
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