第52話

 大丈夫じゃなかった!

 ついさっき、中八木さんといた時は大丈夫だと思えた。でも、違った。正確には、色んな意味で大丈夫じゃなかった! 何がどう大丈夫じゃなかったというと――そろそろ、未練がましくなりつつある、柚香のショートカット――バルコニーからの通用口になってた窓の鍵を掛けることにした。


 これはつまり、来れないようにする場合と、今回みたいに、もう来ないだろうの時に発動される。

 もちろん今回は後者だったのだが……


 コンコン……


 もう、たいがい遅い時間。布団に入ってちょっと寝てたくらいの時間に、窓をノックする音がした。正直、ホラーなのかと真剣に考え、聞こえなかったフリをしたのだけど、控えめながら何度も繰り返されるノック。


 期待はやめよう。柚香だと思って風の音だったりしたら、幻聴まで聞こえる感じで、なかなかヤバい。そこまで柚香に依存してたのかと、肩を落とす近未来。


 仕方ない。ホラーなのか、幻聴なのかの二択。どっちも嫌だなぁ……まだ、幻聴の方がお医者さんという強い味方がいる。知ってるお経を心のなかで唱えながら、窓に近付くと……フードがふわりと見える。


 ダメだ、ホラーな方だ。いや夏には少し早くないですか? ここ山荘でもなければ、ホラー映画でありがちな、美女のシャワーシーンでもないんだけど……


 斧でいきなり襲いかかって来ないだろうな、渋々もう一度窓の外を見ると、ダメだ。目が合った。殺される――と思いきや……


「早く入れてよ、蚊に刺される!」


 柚香だった。そらそうか。でも、最近のコイツの行動からして、こんな時間に現れるわけない。さては、口封じに俺を殺し……いや、口封じしないといけない、秘密なんて握ってない。


「なんで、鍵閉めるの? 防犯?」

 いつもと変わらない柚香。最近あんなに、よそよそしかったのに。


「えっと、そんな感じ。怖い映画見て」

「えぇ〜呼んでよ、観たかったなぁ〜今度見る時必ず呼ぶ、いい?」


「はい」

「なにが『はい』よ? どうした? 寝ぼけてる?」

 わかった。コイツあれだな、最後のお別れに来たってことだな。今までありがと、みたいな。


「楽しかった」

「楽しかったの? ホラー映画なのに? 鍵閉めないと怖いくらいなのに?」

「じゃなくて」

「なくて?」

「えっと、よく言うだろ。せめて最後は笑って別れたいって」

「なに、そういう歌、流行ってるの? 聴きたい、教えて」

 噛み合わない。いや、きっとわざとだ。わざと明るくして、明るくさよならしようとしてる。

 こういうヤツだ。しかし、距離が近い。ピタリとくっつく。この距離は江井ヶ島先輩に悪い。


「えっと、柚香。その……こういうのはやっぱりダメだろ」

「こういうの? あっ、確かにこの時間にバルコニーからは危ないよね、次からはしない」


「じゃなくて、こういう接触。江井ヶ島先輩に悪い」

「とーるちゃんに? なんで?」

 怪訝な顔する。わざとなんだろうか。それとも、これくらいの接触なんて気にしなくていいくらい、ふたりの関係は……ダメだ。考えても仕方ない。回りくどいのはやめだ。


「江井ヶ島先輩と付き合うことになったんだろ」


「とーるちゃんと? 誰が」

「お前」


「私!? ないない! なんでそうなる?」

「最近コソコソ会ってるだろ」

「コソコソ……ってアレか!」

 それだよ、昼休みとか放課後、江井ヶ島先輩の部活が始まる前のわずかな時間を惜しむように会ってるでしょ。


「いや……アレね。実はここだけの話なんだけど、作戦会議なんだ。なにのって、私は泰弘の、とーるちゃんは藤江先輩をどうやったら攻略出来る? って思いついたのを逐一報告し合う会!」


「えっ?」

「だから! お互い近すぎる相手だと気付けないことあるでしょ、だから客観的に見て、どうやったら惚れさせられるか、アイデア大募集〜みたいな? ちなみに私は今こうしてるみたいに、ボディタッチ増やしてみよう! 大作戦に決定しました!」

 底抜けに明るい表情。昔から変わらない笑顔の柚香がそこにいた。 俺は思わず、いや、しない方がいいとは思いながらも、柚香をぎゅっとした。


「泰弘? どうした? なんかあった? それとも作戦成功な感じ?」

「うっせぇ、黙れ」

「なに、亭主関白な感じ? それいいね〜♪」

 よくわからない。よくわからないけど、柚香のことも大事なのはわかる。そのことからは目を背けたらダメなんだけど……


 ***

「えっ、じゃあ例の作戦会議って、逆に誤解させたの!?」

 俺は藤江先輩との現状を柚香に言った。そして俺の抱いてるモヤモヤも。調子に乗るかと思いきや……


「ごめん、そういう揺さぶり、するつもりは、今回ホントになくて……なんかうまく行かないなぁ……」

 重いため息をついて肩を落とす。そういう、揺さぶりとか、策略とかは柚香の得意分野。だけど、この感じでは、今回ばかりはまったく、その意図はなかったのだろう。


「なんか、今の『ぎゅう』もそういう意味なのかぁ……揺さぶった感じからだとしたら、素直に喜べないなぁ……」

 既成事実にするつもりはないのか。なんか、本当にいつもの柚香じゃないみたいだ。


「えっと……」

「わかってる。藤江先輩と中八木含めた三つ巴ね? もう正攻法しか取らないから、安心して」

 ニンマリと笑う笑顔も昔と変わらない。しかしこうなると、どうなる? 先輩はともかく、俺は柚香のことを前向きに諦めようとしていた。

 だけど――


 その根拠となる江井ヶ島先輩との密会が、まったくの誤解となると色々と考え直さないと。


 先輩は……これでいいのか。そうだ、誤解なんだから。江井ヶ島先輩の必要性に気づけたわけだから、ふたりの仲は元通りになる。そうなれば、先輩は江井ヶ島先輩に任せればいいんだ。


 そうか、じゃあ、このことは明日の朝にでも先輩に伝えよう。きっと喜ぶはずだ。











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