第51話

「最近、仲いいなぁ、もしかして――うぐっ、ハヤシン、何をする⁉ い、息が!」


 俺は言わせないよ、とばかりに親友のタルミンこと垂水たるみ友里ゆりの口を、物理的に塞いだ、キスではなく平凡に手のひらで。


 しかしタルミンは俺の手のひらをぺろりと舐め、拘束こうそくから脱した。平凡ではない方法で。しかも「これが感触かんしょくな? 覚えてて」と少しはにかんだ。わけがわからん。


「いや、ハヤシン。そうとは言え、だ。毎日のように、昼休みと部活が始まる前には顔を出すだろ、江井ヶ島えいがしま氏は」


 なんだ江井ヶ島氏って。物部氏もののべしみたく言われてもなぁ……しかし、タルミンの言う通り、確かにそうだ。柚香も江井ヶ島先輩を見かけると、小走りで駆け寄ってる。これが現実、なんだよな。


 ここは同じ苦しみを抱える者同士、傷を舐め合うしかない。もしくは傷に塩をすり込み合うか、だ。


 ***

「そんなワケで、来ました。先輩」

「いや、来てくれるのはうれしいが、説明を端折はしょり過ぎだろ、林崎」

 放課後、柚香に会いに来た江井ヶ島先輩を避けるように、藤江先輩の教室に来ていた。もう、なんか完全に負け犬なんだけど、ここで疑問もある。


「そもそも、我々はそんなにアイツらを必要としていたのか、か……なるほど、深いなぁ……」


 いえ、先輩。全然浅いです。これはある意味詭弁きべんです。あまりに身近にい過ぎて気付けなかった相手。失いかけて、大事だったかもと思っても、もう遅い。


 じゃあ、ここは「いや、俺(私)君(たち)のこと思ってねえし?(負け惜しみ)」でもしない? という、情けないお誘いなのだ。

 それをあまりにポジティブに受け入れられると、なんか違うのだけど、先輩からしたら俺のこのつたない提案に乗るしか、心の持って行き場所がないのかもな。


 そもそも論が多すぎるが、俺や先輩は一体どうしたいんだろう?


 ふたりの仲がこれ以上進展せず、たまにイチャラブな展開がありーの、でも藤江先輩とも、中八木さんともいい感じで……そんな都合いい世界線は実際ない。

 もし、俺が柚香を。先輩が江井島透を選ばない、選びきれないみたいな、今までの関係しか出来ないなら、ふたりの決断を受け入れる方がいい。


 そして、負け惜しみの言い訳として――いや、俺(私)君のこと思ってねえし?(負け惜しみ)が必要となる。


 そう、偽りの寝取られ作戦を決行したふたりなのだ。作戦が成功し、いまお互いの相手が振り向いた感じなのだが――人の感情とはわからないもので、偽りの関係だったふたりから、新しい恋が始まったとしても不思議はない。


 ***

『本当にそれでいいの⁉』


 先輩は俺の提案にある程度ではあるが、納得をし落としどころとして受け入れたくれた。

「実際それがいいのかも知れないな、林崎が好きだった娘なんだ、伊保も存外いいヤツなのかもな」そう言葉を残し、委員会に出席するために生徒会室に向かった。


 そして俺の隣にいるのが中八木さんで『本当にそれでいいの⁉』と言ったのは、先輩と話した大まかな話を報告した反応だった。


「そんなのダメだよ、絶対に後悔するって! 今ならまだ大丈夫だって! 林崎君の本当の気持ち、ちゃんと伝えたら、伊保だってきっとわかってくれるよ? なにあきらめちゃってんの⁉ 私が好きになった林崎君はそんな自分の気持ち、誤魔化ごまかしてふたしちゃうようなヤツじゃないよ、ねぇほら! 立って‼ 走る! もう世話が焼けるんだから(笑)私のことは……うん、大丈夫だから! 行って、早く!」


 放課後。誰もいない旧の体育倉庫の裏。


「わかった、ありがと。じゃあ、俺行くわ――と言いたいところなんだけど、なに、このがっちりと俺のベルトを握った右手は?」

 言葉とは裏腹に中八木さんの手は俺のベルトを離す気配はない。だけではなく、はにかみながら俺を見て言う。


「いや、なんていうの? こういう健気な女子やってみたいかなぁ、なんて」

 つまり、今のは迫真の演技なのか? いや、まあまあな大根役者だったが?


「だってだってだよ? もしそんなこと本気で言ってみ? 君ったら躊躇ちゅうちょなく駆け出すかもだし……」

 俺の信頼感ってめちゃくちゃ薄っぺらいのね、まぁ否定はしないけど。

「あとね、所詮しょせん私なんか、学年で6番目じゃない。伊保なんて、君的ランキングだと堂々1位なんじゃない、

 中八木さん、顔近いです。それに柚香は1位じゃないです。殿堂入りしてるので。でも黙ってよう。絶対にいい方には転ばない。 あと『いまだに』を強調し過ぎ。


「それにさぁ……きっとまたなんか悪だくみ、あると思うんだよね~押してもダメなら引いてみな、みたいな?」

 最初、俺も先輩もそう思ったが、なまじ先輩も俺も一緒にあまりにも一緒にいた相手だ。わからないでいいことでもわかってしまう。


 今回ばかりは少なくとも、柚香は本気だ。先輩も、江井ヶ島先輩の本気さに気付いていて、どこかで諦めムードになりつつある。

 そうやってひとつひとつ諦めることが増えていって、俺たちは大人になっていくのだろいか。そんなことを漠然ばくぜんと考えながらでも、中八木さんが元気づけようとしてくれてるのだけはわかった。


「なんか、ありがと」

「いいえのことよ」

 大丈夫だ。隣にはいつものように、おどけた表情の中八木さんがいてくれる。












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