第50話
誰にだって力が入らない放課後なんてザラにある。そして、ここ風紀委員室にはそのザラにある脱力系なふたりがいた。俺と、藤江先輩。あと、そんなふたりに引っぱられることのない、強いメンタルを持つ、中八木さん。
いや、何があった訳でもないが、なんかだるい。体調的にではなく、なんかやる気でない界の、謎の頂上決戦の戦いの火ぶたが地味に切られていた。
勝利条件はひとつ。相手のやる気を更に奪い、ほんの少しでも優位に立った方が勝ちみたいな暗黙にルール。
まず、口火を切ったのは俺だ。
「先輩、あれからどうなんですか?」
「あれからとはなんだ、主語がないとわからんぞ」
ちなみに、ふたり共並んで長机に顔を突っ伏せてる。風紀委員長、副委員長がこれなのだ。風紀委員会の命運は俺たちを呆れた目で見守る中八木さんに掛かってる。
「何がって『とーるちゃん』のことにきまってますよ」
とーるちゃん。つまりは江井ヶ島先輩。ちなみに
ちなみに先輩は『ぐはっ……』と擬音を発して、身動きひとつしない。言葉の
「ところで――ユズちゃんとはどうなの、林崎君は?」
思いもしないカウンター攻撃に、俺も息を引き取りかけた。わずかに突っ伏した顔を動かすが、先輩は旅立ったまま。そう、今の言葉は中八木さんのものだった。言うまでもないかもだけど、この『ユズちゃん』って呼び方は、江井ヶ島先輩が柚香を呼ぶときに使う。
そしてなぜか、あの偽りの寝取られ事件後もこの呼び方のままだ。なんでだ?
突っ伏したまま俺と先輩はお互いの顔を見る。
「言い方って、あるよな。林崎」
「そうですね、伝え方って大事ですよね、先輩」
するといきなりの台パン。そして跳ね上がるふたり。なぜか鬼の形相の中八木さん。恐怖のあまり俺たちは抱き合いそうな勢いで震えあがった。
「その、なんだ。えっと……那奈、今はその……そっとしておいてほしい時期っていうか、な? 林崎?」
「そうですね、そういう時期を乗り越えて、みんな大人になると申しましょうか……」
そして大きなため息と共に「悪いけど、その時期とっくに終わってる」と
「なんですか、ふたりとも。幼馴染ロスですか? いいじゃないですか、いつかはそんな日も来ます。だいたい林崎君に至っては従兄妹じゃない。いや、別に従兄妹がダメってワケじゃなくて、最初に出会う同年代の異性な訳ですよ、従兄妹って! そして気づいた『これは恋じゃない』ってね?」
「那奈の肩を持つワケじゃないが、一理あるぞ、林崎。伊保は前に進もうとしてる、お前がそんなんじゃ、安心して次の恋に向かえないじゃないか」
「委員長、あなたもね?」
再びの台パンに先輩は小さく悲鳴を上げる。
「で、でも透は毎朝『おはよ』のメッセージをくれるぞ」
「柚香だって毎朝『起きた?』のメッセージくれる」
俺たちは力を合わせ、中八木さんに対抗しようとするが――
「それただのスタンプじゃないですか?」
「「どきっ」」
「あのね、おふたりさま。もうそれ単なる『業務連絡』か『生存確認』の域を出ないからね? いいじゃないですか、考えてみたらあのふたり、まぁまぁお似合いじゃないですか。何がダメなんですか?」
俺たちは更に顔を見つめ――
「ダメっていうか……」
「うん、詰めが甘いって言うか」
「そういうのは、若いふたりに任せたらいいじゃないですか! 何をうじうじと!」
すると恨めしそうな顔で先輩が反論に出た。
「お前はいいよな、そうなれば林崎がフリーになる」
「べ、別に私はそういうつもりじゃ……ね、林崎君?」
「はぁ⁉ 何が『ね、林崎君?』だ! 私がいなければ今頃、指先でツンとかしてるだろ!」
「別にそんな『ツン』なんてしませんし! そりゃ……したさはありましゅけど……そんな傷心につけ込むなんて、ね?」
先輩はクッと俺を見て『ね? ってなんだ⁉』と目で言う。俺に言われても……
「では100歩譲って、お前が言うようにしよう。そうしたらどうなる? お前は晴れて林崎とラブラブになる。そして私はそのラブラブを、ここでひたすら見せつけられることになる! いまなら、そう今なら共通の苦しみという名の元で、林崎が構ってくれてるが、どうせ『もうそろそろふたりだけの幸せ、考えてもいい時期じゃない?』とか言う気だろ、那奈‼ しかも、たぶん2週間もしないうちに‼」
「――そ、そ、そんなこと、あ、あ、あ、あるわけないじゃないですか、いやだなぁ~」
嫌なのは私だ、と目で訴えかける先輩だったが、中八木さんの言うのもわかる。このままでは、陰気過ぎて風紀委員室になんか新種の苔が生えてしまいそうな勢いだ。
先輩の言う『共通の苦しみ』があるというなら、向き合えるのは俺しかいない。だけど、何があのふたりにあったのだろうか。ふたりから目を背けようとしても、わかるくらい関係を進展させていた。
その事がいいことなのか、そうじゃないのか、まだ俺にはわからないでいた。
□□□作者より□□□
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