第49話

 結局。

 俺たち3人は――俺と中八木兄妹は中八木さんの部屋で話をした。

 シュン兄さんは、自他ともに認める閉鎖的な性格が災いしたのか、同性の年下との交流が物珍しく、俺自身、陰キャなので同性の先輩と話すなんて、ハードルが高かったこともあり、新鮮だった。


 意外に話が盛り上がった。話のネタは、ほとんどが中八木さんの恥ずかしネタ。コスプレに対して誠実で、前向きな中八木さんは、日常ではそんな相談を持ち掛けたりしない、シュン兄さんに対して――


『コスの時、このパンツとこっちならどっちかなぁ』とか

『ガーターベルトって、どうやって付けるか知ってる? 難しくて。お願い手伝って』とか。

『キス顔って、これでいいのかなぁ』とか。


 取り返しのつかない黒歴史な質問をシュン兄さんにしていて、それをここぞとばかりに、暴露された中八木さんが、大慌てで言い訳したり、大声で聞こえないようにしたりと、なんてことはない時間なんだけど、きっとこういうのが、かけがえのない時間だと後から思うのだろう。


「泰弘の出現で、オレはついに、妹のパンツ選びから解放されたわけだ」

 感無量。そんな表情の脇で、中八木さんは魂の抜けたような顔していた。否定するのに疲れたのだろう。白黒になって壁にもたれ掛かっていた。


 申し訳ないと思いながら、ダメ押しの質問をする。

「シュン兄さん。そのパンツなんですが」

「なんだ、オレはもう那奈ななパンから卒業した者なんだが」

「シュン兄、妹のパンツ『那奈パン』言うな、気持ちわからなくもないけど」

 完全に、何かを諦めたような表情で中八木さんはツッコんだ。こんなか細い声のツッコミ初めてだ。


「あの、あくまでも興味なんですが――」

「うむ、色とか形か?」

「あの……林崎君。私のパンツ情報、シュン兄を経由しないとなの? むしろ、身内経由するくらいなら、直接聞いて欲しいかなぁ」


「那奈、それは違うぞ、泰弘はオレを経由することで、より高いフェチズムの境地にだな」

「シュン兄、妹の――その……男友達のフェチに、そんなに理解示さないでね? 明らかに必要ない配慮だから。で、なに? 私のパンツがどうしたの? 言っとくけど、今回だけだからね?」

 なんか限定的な許可が出た。なので、遠慮せずに――


「その時のパンツって、アレですか。使ですか、それとも使?」

 俺のこの質問は、意外にも中八木兄妹双方にダメージを与えた。ここから考えて、洗濯してたとはいえ、使用済品を選ばされていた。

 シュン兄さんもだが、そこまで考えてなかった中八木さんにも、新たな黒い歴史として記憶に刻まれることになりそうだ。


 俺の質問で兄妹ふたりとも、灰になりかけたので俺は帰ることにした。

 中八木さんは、コスプレとなると常識が少しお休みになる所がある。例えば、記憶に新しいコス用にいかがわしいサイトとは知らず、購入した尻尾。


 しかも、その方法がわからず、無邪気に、なんの考えもなくクラスメイトや、委員会の先輩に聞こうとする危険な行動もある。今回のことに懲りて聞くなら、俺だけにしてもらいたいものだ。


 思ってたより早い時間にひとりになった。しかし、藤江先輩たちが行ったファミレスに行く気にはなれない。俺が関わる問題ではない。その話次第では関わることがあるかもだけど。


 関わることがあるかも――か。


 そんなことを考えながら、藤江先輩に連れて来てもらった河川敷に少し立ち寄って帰ろうか、なんて思った。中八木さんと先輩は同じ中学出身。だから、中八木さんの家から河川敷はそんなに遠くない。


 寄り道するにはちょうどいい距離と――しゃくが長くなりそうな後姿。


「なにやってんですか、ナンパ待ちですか」


「――なんだ、私に冷たい林崎じゃないか」

 あごを突き出して、河川敷の芝生の上に体育座り。ねてますと言わんばかりのその姿。誰かにナンパされるか、もしくはこのまま風化して化石になるしかない。

 どちらも嫌なので声を掛けた。


「話、出来ましたか?」


「林崎はあのメンバーで、話が成立するとでも思ったのか?」

「話、しなかったんですか?」

「いや、努力はしたさ。3人が3人とも『なにか話さないと』って空気があった、あったんだけど、わかるだろ? 空回りだ、3人とも」


 確かに。

 たぶん、藤江先輩はそういう気まずい時はぜーんぶ、中八木さん任せだったんだろう。柚香ゆずかも基本、同じ。俺やタルミンとは話せるが、それ以外が混じると俄然がぜん口が重くなる。コミュ障とかじゃないが、普段の軽口がりをひそめる。


 江井ヶ島先輩は、たぶんサッカー部の連中とは平気なんだろう、あと藤江先輩とも。しかし、3人とも問題なのは『誰か』をかいさないと会話が成立しない。


 その多くが不幸にも俺か中八木さんなのだ。そして不幸ついでに言うと、柚香は企み事がある時は、そんなこと忘れたかのように、饒舌じょうぜつになるし、積極的にコミュニケーションが取れる。


 しかし、何もない時は何を話していいかわからない感じだ。江井ヶ島先輩とうまく話せてたのは、寝取られ作戦をしてたからであって、目的を失った今となっては、藤江先輩と変わらないポンコツ。

 つまりはポンコツ3人組のお食事会。


「それはもう、大変だった。3人が3人、なぜか別々に鍋を注文してだな、早く帰りたいものの鍋だろ? しかもおひとり様鍋。煮えるのに時間は掛かるし、煮込む時間は沈黙だ。それに、あつあつだし、食べるの時間かかるし、またまた無言でふーふーだろ? それにこの時期に鍋はそもそも熱い。しかも、なんか謎の鍋フェアで、デザートと食後にコーヒーもセットだった、気まずいし熱いし、沈黙だし。デザート付きだし。それで、3人で話したんだ」

「何をです?」

「いや、次からは林崎と那奈を誘おうって」


 このポンコツ3人組。なんの成果も得られなかったんだ、何となくわかってた!










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