第48話

 中八木さんの家。

 シュン兄さんと軽い挨拶――サッカー部とかが得点入れた時にするハグみたいなものを、玄関先でされた。これは、そういう意味じゃないからね? 中八木さん、鼻血出てますから。


 きっと、シュン兄さんは、君のコスプレ写真を撮らないで、済んだことが何より幸せなんだろうね。しかし、アレだけ可愛いのにもったいない。兄妹ってそういうもんだろうか。

 いや、妹に対してやたらテンション高めの兄も怖いけど。


「でも、よかったの? あのメンバーでファミレスなんか行かせて、大丈夫……じゃないよね」

 俺は中八木さんの部屋の外で待機中。中八木さんは、ただいまお着替えの真っ只中。


 ドア越しの会話。

 俺の気持を察してくれたのか、言葉の最後で納得したように自己完結した。藤江先輩と柚香、そして江井ヶ島先輩という闇鍋メンバーによるお食事会。そんな修羅場に俺や中八木さんが付き合う必要はない。


 柚香や江井ヶ島先輩は、あの寝取られの件を藤江先輩に、ちゃんと説明すべきなんだ。そして、藤江先輩も聞くべきことは聞かないと。色々、誤解や行き違いもあるはず。もう2度と会わないでいい相手ならそれでいいかもだけど。


 しかしまさか、あの漫才で全部終わりなんて思ってやしないだろうな、いや思ってる。しかも3人とも。アレは完全に俺が主役。だけど、あの事件自体はふたりの自作自演。


 藤江先輩が理解するかどうかは別にして、話をしないと。そして、例え割り切るにしても、藤江先輩は言いたいことを、言いたいだけ、自分の言葉で、声で、感情で口にしないとダメな気がする。


 結果はどうであれ、少なくとも藤江先輩にはスッキリしてもらいたかった。

 そんな場所に俺がいたら、藤江先輩も言いたいこと言えないだろうし、聞きたいことも聞けないだろう。


 付け加えると、俺はその内容を聞きたくない。きっと俺の中の柔らかい部分に刺さっていつまでも抜けないトゲになりそうだ。

 照れくさそうに、犬耳メイドに着替えた中八木さんは、ドアの外で待つ俺の手を引いた。


 相変わらず、ボディタッチが多い。勘違いしますから、ご注意ください。そして部屋に入るとなんの前置きもなく、中八木さんは語り始めた。えっと、俺とのことを。


「あのね、うれしかった。この格好をその、バカにしないで可愛いって言ってくれたこと、前にも言ったけど、私って地味で委員長といつもいる子って、名前覚えてくれないこと多くて。でも、林崎君は知っててくれて。あとね、あの鞄持ってくれたこととか、校外学習でね、あのドラフト。第一指名されたの、ほーんとの、ほんとに夢みたい。それと、今日来てくれたこと、そのスッパリ来てくれたじゃない? そういうの、優先されてるのって、今までなかったから、えっと……ちょっと泣きそう」


 言う端から中八木さんは涙を流してる。手で涙を隠すように拭ってるけど、うまくいかない。こういう時、どうしたらいいんだろう。肩にそっと手を当てて「大丈夫だよ」とか言うべきなんだろうか。


 それとも、頭をそっと撫でて「なに泣いてんの」とか茶化すべきか。どちらにしても、俺にそんなリア充イケメンムーブは出来ない、出来ないけど、不器用でもなにかしてあげたいと、思わせる中八木さんはきっと、俺の中で大きな存在になってきてるのだろう。


「あのね、勘違いさせ過ぎだよ、こんなの私みたいな子、勘違いしちゃうんだから。それとも勘違いしていいの?」


 言葉を詰まらせながら、上目遣い、しかも至近距離で俺を見る。この表情。前に無茶振りで送って貰ったキス顔の自撮りと同じ顔だ。心臓が、短距離走をした後みたいに高鳴る。全身に流れる血が信じられないくらい速い。


 口の中はカラッからで、唇もカサカサ。うかつに開いたら唇が割れてしまいそうなくらい乾いてる。でも、だからって、何も言わないでいいとはならない。


「――中八木さん」

「林崎君。あのね、その前から言いたかったんだけど、ふたりの時はそろそろ違う呼び方がいいんじゃないかなぁ」


 それはつまり、中八木さんではなく、中八木? んなわけない。つまり、つまり、下の名前で呼んでほしいと? そんなイベント俺に、俺の高校生活にあっていいのか?


 しかも、ふたりの時は――というなんか秘密めいたふたりだけ感。よし、呼ぼう。ここはまず那奈ななちゃんからがいいか。那奈さんは、ちょっとよそよそしいし。


「じゃあ、そこ……な…なちゃん」

「なに、聞こえないー(笑)」

 にこりと笑って照れて見つめ合うふたりを他所に、背後で大きな音がした。


「でかした、でかしたぞ! 泰弘! オレが知る限り、これが始めての下の名前呼びだな! よかったな! 那奈!」

 中八木さんは口を半開きで、額には汗が噴き出ていた。


「シュン兄……もしや、まさか、今の聞いてたのかな?」

「おう! 一部始終な! いや、めでたい! これでオレの肩の荷が下りたってわけだな、うん」


(林崎君、あのね、聞きたいんだけど、ただの一度でも私、シュン兄の肩の荷になってた?)

(えっと、言いたいことはわかるよ、でもきっと悪気はないじゃないかな? 

 たぶんって何? と軽く睨みながら肩をすくめる中八木さんはとても可愛い。














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