第46話

「先輩。バカですね」

 場所は俺達の高校。

 江井ヶ島先輩の試合当日。試合といっても、練習試合なんだけど、相手は港工学。通称港工学みなこー県内を代表する強豪校で、昨年県大会を制し全国大会に駒を進めた公立高校の星と呼ばれた高校。


 サッカーに詳しくない俺でも知ってるくらいだから、相当有名な話。そして、この先輩のポンコツさも、そろそろ有名になりそうな予感。


 今まで「バカなんですか?」とやや疑問の余地を残していたのだけど、今回は「バカですね」と言い切ったのには訳がある。


「失礼な、私のどこがバカなのだ」

 スカーフで頭を隠し、サングラス。マスクを着用。そしてお父さんのものだろうか。トレンチコートに身を包んでいる。


 映画に出てくる女スパイそのものなんだけど、初夏とはいえこの時期にトレンチコート、スカーフはどう考えても、熱がこもる。

 そして、そんな時期外れで、的外れな女スパイが目立たないハズはなく、それとなく様子を見に来てくれてた中八木さんが遠目で呆れてるのさえわかる。


「暑いでしょ」

「暑くなんてない」

「そうですか、愛の力ですね」

 そう言った途端、先輩はトレンチコートとスカーフ、などなどの変装道具を脱ぎ捨てた。あくまでも、江井ヶ島先輩との間に恋愛感情は皆無だと言いたいのだろう。


 そして遠くで中八木さんが拍手をしている。恐らく、先輩の扱いが上手くなったのを褒めてくれてるのだろう。

 柚香は……例の俺が誕生日にプレゼントしたピンクのパーカーにスポーツメーカーのキャップを被ってぽつりと観戦していた。


 親友とはいえ、タルミンは朝が弱い。休みの日の朝に連れ出すのは無理だったのだろう。そういや、中八木さんも朝が弱いハズ。先輩に対しての義理なんだろうか。なんやかんやと、先輩思いだ。


 しかし、彼女は彼女で隠れてるつもりなんだろうな。木の陰でチラチラこちらを見ている。どこで拾ったのか不明だが、小枝で顔の辺りを隠してる。先輩も先輩なら、後輩も後輩だ。


「それより、なんだ、林崎。お前は変装もせずに来たりして」

「普通サッカー観るのに変装しません、なにかやましいことでもあるなら別ですけど」

 ぬぬぬ……っとベタに黙り込んだ。やましい気持ちがあるらしい。柚香がチラリと視界に入る。あいつは昔っから輪に入るのが苦手だ。入ってしまえば、大丈夫なんだけど、入るまでは一苦労する。


 しかも、あの後だ。寝取られ騒動の後。しかも江井ヶ島先輩はサッカー部のエース。5名もいるマネージャーから、ガン見されてる。いつもなら助け舟を出すのだけど、いつまでも俺の傘の下に入れてやれないしなぁ……頑張れ。


 そして俺はチラ見してくる中八木さんに手を振った。すると中八木さんは慌てて小枝で顔を隠した。どうやらバレてないセンで行くらしい。


「相手のあの小さい選手いるだろ『85』を付けた」

 先輩は不意に俺にそんな事を言う。


「いますね、1年生ですか?」

「いや、2年だ。透と同じ。中学は別なんだが、ライバル……いや、憧れていたんだと思う、透が」

 憧れる……同級生に。スポーツに無縁な俺にはわからない感情だが、そういうことがあるのだろうか。

 ん……待てよ。港工学は全国に行くレベル。しかも、去年久しぶりの全国大会のキップを手に入れたハズ。そうなると『85』番の活躍の可能性が高い。


「誘われたんだ、一緒に港工学みなこーに行かないかって」

「江井ヶ島先輩が『85』にですか?」

 先輩は寂しそうな顔をして頷いた。それってつまり、工業高校だし、港工学みなこーはここから電車で1時間は掛かる。それはつまり、藤江先輩と同じ高校に通えないことを意味していた。


 でも、待てよ。

「先輩、ウチって」

「あぁ、予選リーグ敗退のレベルだ」

 サッカー部のエース。しかし、それは校内での話。上にはもちろん上がいて、しかもサッカーはひとりでするんじゃない。

 つまり、言い換えれば、嫌な取り方をすれば、江井ヶ島先輩は藤江先輩を選んだ。選んだことにより、サッカーより先輩を優先したってことか。


 サッカー強豪校で揉まれた相手チームの『85』と江井ヶ島先輩。中学卒業時点では差はなかっただろうが、今では追いつけないほどの差が出来ているだろう。強豪校は強いだけでは恐らくない。練習量も強豪校なのだろう。


 しかし――

 それは、藤江先輩にとって重い縛りになる。息苦しさを感じてしまうだろう。自分のせいで、もし、あの時江井ヶ島先輩の背中を押して『85』の誘いを受けて港工学に進ませていたら……


 それでか。それで先輩は江井ヶ島先輩の試合を観に来ないのか。周りからではわからない、辛さや重さがふたりの間にはあるのかも。恐らく先輩のことだから、江井ヶ島先輩に一緒に高校に来てくれとは言わないだろう。


 言わないから、江井ヶ島先輩が合わせるしかなかったってことか。そこまで思ってるのに、まるで伝わってない。いや、伝わってるかもだけど、曲がったことが大嫌いな先輩に伝わるだろうか――うん、無理だ。


 とはいえ、ここまで考え思う。江井ヶ島先輩って、あまりにも決断とかを先輩任せにしてないか? 先輩はたぶん、高校進学で引け目を感じている。

 それはいくら隠しても、感じさせている江井ヶ島先輩がいるわけで、高校進学の時、一か八かで港工学に先輩を誘うという手もあった。


 結果はどうあれ、今と同じにしろ、ふたりの関係は少なくとも違っていた。そして再び思う。


 人のこと言えねー


 俺だって決断を柚香任せにしてきた。にも関わらず煮えきらないから、寝取り騒動を引き起こさせたのだとしたら、俺たちは同類だ。











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