第44話

 俺は独り言のように、ふたりのことを柚香に話した。柚香と変わらないくらい大切な存在で、簡単に割り切れないことを伝えた。

 聞きたくない、柚香にとってはこんな話。もし、柚香が江井ヶ島先輩のことを、こんな感じで話してたら、俺はまたしばらく机に突っ伏して過ごさないとだろう。


 そういう意味ではデリカシーの欠片もない。話が終わっても柚香は顔を上げない。逆なら――俺がこんな話を聞かされる側だったら、逃げ出していたか、口を挟んで話を中断してただろう。


「――ひとまず、うん。ふたりと肩を並べるくらいには、仲なおりしたってことでいい?」


「それは、まぁ……うん」

「じゃあ、今は欲張らない。これはこれでよかったと思ってるんだ、実は」

「よかった?」


「うん。もしあのまま……何もないまま進んだら、たぶん私らいずれはそういう関係になる。そうなったら、泰弘のことだから結婚まで考えるでしょ」

 それはそうだ。従兄妹同士。ふたりの間柄を考えたら、簡単に一線を越えていい関係ではない。越えるなら、責任も発生するし、逆に柚香の人生の責任を持てる存在になりたい。


「えっと、それだとなんか問題?」

 ふと、疑問に思ったことを口にした。柚香は少し考えて、にこりと笑う。

「どうせなら勝ち取りたいじゃない。前だと単にそばにいたとか、従兄妹だったから、なんて感じじゃない。選んでほしいの、私じゃなきゃダメだって思わせたい。あと知ってるんだよ?」


 何を? なんか、とてつもないこと言いそうだ。例えるなら隠しホルダーに保存してる、中八木さんのキス顔の写真とか。

「私が江井ヶ島先輩のこと『とーるちゃん』って呼ぶたびに、泰弘。凹んでるの」

 そ、そ、そ、そんなことはないんだからね! か、勘違いしないでよね!


 慌てる俺に柚香はぴたりと体を寄せる。寄せながら「そういうの、実はうれしい。愛されてる感ある」コイツの笑顔は、その……たまらなく可愛い。

「だから、私もそうさせて。泰弘を選んだって思いたい。だから、江井ヶ島先輩の試合行くね?」


 そう言い残して、柚香は後ろ手に手を振り学校に消えた。


「にゃ、にゃんだ、早いじゃないか、その……は、林崎」

 校門でひとり先生に混じって藤江先輩は立番をしていた。その傍らに渋々感を隠すことなく西新町先生も立番をしている。


 今の時代、どうなの? と思いたくなるが、その手には竹刀が握られていた。しかし、その竹刀は別に生徒を叩いたり、威嚇いかくするのではなく、運動不足解消に素振りをするためのものらしい。

 実際は素振りする体力もなく、杖のように使う羽目。いったい何歳なんだ、新卒3年目。


「最近、先輩と話す機会が少なくて」

「もしかして、そんなこと気にして、早く来てくれたのか?」

「そうですよ、ダメでしたか」

「ダメに決まってるだろ! 林崎! 貴様、こんな朝早くから担任のライフを削りに来るとは、いい度胸じゃないか! あの日、ふたりで、この学校のリア充撲滅を誓ったあの言葉は嘘なのか!?」


 誓ってません。

あと、無駄な素振りであんなにへばってたのに、リア充の匂い嗅ぎつけて復活するとか、どんだけアンチ・リア充なんです、西新町先生。


 あと、どうなんでしょうね。その『3―B西新町』って書かれた体操服。また、学年主任に怒られませんか? 付け加えると、体操服とその真紫のアイライン。まったくマッチしてません。なんか、夜のお店のコスプレに思えてなりません。


 その界隈の人には刺さらなくもないかも。いや、まぁ……嫌いじゃないですけどね、うん。なんかよくわからない背徳感はあります。見ちゃダメみたいな。


「先輩。突然なんですけど」

「どうした?」

「江井ヶ島先輩の試合、見に行きましょう、こっそり隠れて」


「こっそり? なぜだ?」

「気になるからです。先輩は気にならないんですか? もしかして、冷たい人なんですか?」

「冷たい? いや、この事と冷たいとどう関係あるんだ?」

「ありますよ、俺ひとりで行かせるなんて、なんて冷たい先輩なんですか。ラブホまで一緒に行った仲じゃないですか」

「ラブホ!?」

「いや、これは、違うんです、西新町先生! 林崎が言ってるラブホとは……そう! あれです、プロレス技!!」


「プロレス技? プロレスの技にそんなのあったか? まぁいい、藤江。そのラブホなる技を林崎に掛けてみろ」

「えっ!? 私がですか!?」

「お前以外に誰がいる? 私は痛いのヤダけど、林崎はほら、喜びそうじゃないか?」


 先生的には俺はどんなヤツ認定なんでしょう。プロレス技掛けられて喜ぶとか。言い出しっぺの先輩は、もちろんそんなプロレス技を知ってるわけでもなく、実際そんな技ないので、仕方なく「やあ!」とか「覚悟しろ」みたいなことを言ってる。

 ホントに覚悟するのは先輩じゃないだろうか。


「藤江、掛け声はいい。ちょうどいい機会だ。最近、林崎がなんか、むしょーに調子こいてる。そのラブホなる技でとっちめてくれ」

 もう、発想が悪者ですよね、西新町先生は。


(ど、ど、どーしよ、林崎〜助けてくれ)

(助けるもなにも、適当にそれらしいのすればいいじゃないですか。ラブホなんでしょ? ラブホールドとか言って絞め技とか)

(絞め技? 首をか?)


(いや、首はダメでしょ。えっと、そうですね……頭を締め付けるとかどうですか?) 

(頭な! わかったやってみる。おい、林崎。これが私の人生初となるプロレス技だぞ!)

 なに、はしゃいでるんです、ホントに朝からポンコツなんですから。俺は先輩がその創作技のラブホールド。通称ラブホを掛けやすいように、顔を突き出した。


 すると先輩はキリッとした勇ましい顔で俺の頭を掴み、そのまま……ぎゅーと……先輩? 先輩、先輩! 当たってます! 先輩の先輩としてのアイデンティティ的な、豊満な先輩の部分に!

 しかも、先輩、豊満過ぎて息出来ません! っていうかこれ、単に抱きしめられてないか?


 いや、マジの力で来てる。来てるけど、傍目には頭ぎゅーとして、胸に抱きしめられてるだけ。確かに! これこそラブホールドだ! 息が出来んが、いやむしろこのまま昇天してもいい!!


 これはいいものだ。2時間くらいしてほしい。そう思った矢先に先輩の叫び声が聞こえた。


「痛い!! 痛いじゃないか! 何をする、那奈なな!」

 那奈……つまり、このラブホールドされてる姿をあろうことか、中八木さんに見られたわけか。

 ラブホールドから逃れた……別に逃れたくなかったのだけど、不本意ながら逃れた俺は、まさに仁王立ちの中八木さんと目が合う。


「お熱いことで」

 睨まれた。ほっぺたを膨らませながら睨まれた。これはこれで、かなりアリだ! いや、喜んでる場合じゃない。


「中八木さん。誤解があるかもだから、まず聞いてほしい」

「今のにどー誤解とやらがあるの? 校門のど真ん中でぎゅーされてるだけじゃない!」

「いや、待て。中八木、林崎の言う通り、藤江がラブホールドなるプロレス技を掛けて見せてくれたのだ」

 なぜか、謎に、しかもいつになく、真面目に西新町先生がフォローに入ってくれた。中八木さんは苦虫を何匹噛み潰せば、こんな顔になるんだろうって顔で俺を至近距離から睨む。


(へぇ~ラブホールドですか、あっ、そう。なんですか、ラブホールドはなんですか、の胸がないと成立しない技なんですか、私クラスだと、胸がゴリゴリして痛いって言いたいんですね、ラブですらないんですねー)


 中八木さんは、例によって俺の二の腕の柔らかい部分を、すっごい力でつねった。ここはアレかなぁ、中八木さんクラスでも大丈夫だよ、って言うべきなのかなぁ……と一瞬思ったがやめた。命はひとつなんだから。












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