第42話
泰弘視点。
「ヒヨりました?」
「はい」
ヒヨる。つまり怖気づいた。柚香と一線を越えてしまうこと、そうなったらふたりの関係はどうなるのか、考えたら怖くなった。なので――正座。
別に正座しろって言われたんじゃないけど、正座した。柚香のベッドの上で。理由はここぞって時に、ヒヨったから。怒ってると思いきや――
「もう……仕方ないなぁ許す。うん、私も許してもらったんだし……私だけ心狭いのは違うと思うし」
どうした、柚香。お前がまともなこと言うなんて……熱を計ろうとすると、睨まれた。睨まれたけど、額には手を当てさせてくれた。
うぅ……っと言いながらも。
「今日は内緒で泊まっていって。あと、狭くても一緒に寝る。それくらいならいいでしょ、対価としては」
ヒヨった対価。その初体験の肝心な時に、逃げたことを言われてる。柚香じゃなかったら、きっと恥をかかせたことになるんだろう。いや、それは柚香も変わらないか。
「わかった、朝イチに帰る」
「朝帰りだー不良(笑)」
そう言って柚香は俺の鼻の上をツンとした。それ恋人同士しかしないヤツでは?
いや、なに言ってる。下手したら、というか順当に行ってたら、もう、今頃はその、恋人同士だったんだよなぁ……
「ごめんな」
「いいよ、別に嫌われてないってだけで、今のところはヨシとする。はい、来て」
柚香は自分の隣の寝床を、トントンした。ルームライトは消えたままだけど、目が慣れてきて、柚香の顔もわかるくらいになっている。
「でもさ、あそこまで行ったわけでしょ、それなりのことは覚悟しなさいよね」
柚香はするりとスウェットの下を脱いで布団の中に入った。俺のはかせ方が悪かったのか、ピンクのパンツが少しズレてる。
俺、たった今、このパンツ脱がせたんだよな……胸が高鳴る。
「はい、背中向く」
柚香のトントンとした場所に横になると、背中を向くように言われた。そして俺はいとも簡単に、スウェットを脱がされることになる。
これは柚香の大好きな「生足抱き枕」だ。説明も不要だろうが、単に生足で後ろから抱きついて寝るだけ。しかし、されど、生足。ご存知の通り柚香はパンツ。俺もだけど。背中には柚香の胸が密着するし、首元には柚香の息がかかる。
俺からは何もできない、地獄のような、まさにデスロックだ。しかも、柚香のささやきボイスは妙に艶っぽい。
伯母さんに似て、少し低めの声が妙に落ち着く。
「イメチェン、したんだ」
「うん……まぁ」
柚香としては悪気はないが、ちょっとチクリとする。
「どうしたの、納得いかなかった、イメチェン?」
付き合いが長い柚香。俺の微妙な反応は隠せない。
「うん……っていうか、連れてかれたんだ、先輩に」
「先輩……藤江先輩?」
「そう。その……江井ヶ島先輩の行きつけの美容院」
そう言うと柚香の腕が、俺の体に回した腕の力がぎゅっと強くなる。背中から強く抱きしめられてる感じだ。
「ごめん、私があんな事したから、傷付けてるんだね。泰弘のこと巻き込んで……なにしたいんだろ、私」
俺の背中に顔を押し付け、グリグリと擦る。今はこういうのがいい。なんか、癒されるというか、救われてる。
「私は鈍感じゃないよ」
確かにそうだ。比べちゃダメだろうけど、先輩は鈍感だ。それがいい時もあるから、どちらがいいって話じゃない。
「私、たいがいかもだけど、泰弘を傷付けたくない。だから、あの事はごめんなさい。どうしても、見て欲しかったんだ、私のこと」
俺は背中にしがみつく柚香の体に手を回す。手はちょうどお尻の辺りで、今までそんなことしたことなかったけど、パンツの中に手を入れ、お尻のほっぺたの部分を触った。
(もう、変な声出ちゃったらどうするの)
冗談っぽく笑う柚香。きっと冗談じゃないんだろう。
(変な声ってどんな)
(聞いてみたいの、私の変な声)
聞いてみたい気がする。いや、その声を出させたい思いが持ち上がる。違うか。俺以外にそんな声を出させたくない、聞かせたくない。そんな願望というか、嫉妬心がまた湧き上がる。
(本当に、行っただけなんだな)
何が聞きたい。何を言わせたい。何を言ってほしいんだ、バカなのか? こういう言葉が疑ってるって思わせるんだ。こんな言葉、意味ないのに。
(誓う。私たちの思い出全部に誓う。江井ヶ島先輩とは何にもしてない。江井ヶ島先輩に何もさせてない。ただ行っただけ。大丈夫、信じていいよ)
俺たちの思い出全部か。大きく出たな。それなら信じないわけにはいかない。何か、ふっと重たいものが取れた、そんな気がした。でも気のせいじゃなかった。夢ではなかった。
柚香は俺の服をめくり上げ、背中に胸をくっつけた。
(柚香、これってまさか……)
(まさかよ、まさか。なんで私こんなエロマンガみたいなことしてんだろ、でも仕方なくない? 泰弘は触りたくても触れない。私は触って欲しいけど、これが限界なんだから。べ、別に誘ってないし、ビッチとかじゃないんだからね、誤解しないでよね)
背中からぎゅっとしてくる手の力、震える体。手慣れてるとは全然思わない。
(あと、この事は黙ってる。これは、うん。ズルだから。その……あのふたりからしたら。もう泰弘からズルいヤツって思われたくないし。でも、だけど、今は我慢したくないから……わかってくれるよね?)
言いたいことはわかるが、陰キャの俺にどうしろってんだ。だいぶ前からキャパオーバーなんだけど。今はただ、背中に触れる柚香の胸の形に集中したい。
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