第40話
時間的には21時を少し回ったところだ。柚香は寝る時間にバラツキがある。この時間に寝る時もあるし、深夜1時まで起きてる時もある。部屋の灯りがついているので、今日は起きているだろう。
「あいつ、いつもこんなトコから来てるのか」
俺と柚香の家は戸建ての建売住宅。同じ形の家で、バルコニーからバルコニーへの距離は……遠くはないが、近くもない。
柚香のお父さんが、何度言ってもバルコニーからの移動をやめない、娘のために板で簡易的な橋を作っているが、まぁまぁ
これ、普通にやめさせないと危ないんじゃないか? それとも、柚香の体重なら大丈夫なのか?
あいつ雨の日でもここ使ってる。俺はおっかなびっくり、簡易の橋を渡り無事に柚香の家のバルコニーに着地した。今のこの状況、普通に通報されるんじゃないだろうか。
俺は速足で柚香の部屋の窓を目指した。忍び足で、耳を
柚香の部屋の窓。少し開いている。ちょうどいい、中の音がする。動画を再生してる音以外、これといった音はない。話し声も聞こえない。江井ヶ島先輩と通話中ということもなさそうだ。
えっと……柚香はいつもどうしてた? ノックとかは――しないよな。いつも気付けばそこに立ってる。そんな感じだ。同じでいいか。俺は半開きの窓を開け、まとわりつくカーテンに絡まりながら、柚香の部屋に入った。
カーテンの間から顔を出すと――そこには……
「「あっ……⁉」」
幼馴染。しかも従兄妹。同級生。家が隣。幼い頃から一緒に育つ。しかし、ありそうでなかったこと、それは――
柚香の着替え中の事故。
着てるものはパンツだけ。しかもピンク。いや、ピンクは関係ない。幸い、背中向きだが、柚香の言葉にならない叫び声で叔母さんの声がした。
「ユズ、何よこんな時間に。どうかした?」
「えっ⁉ あ……っ、いや、なんでもない‼ その……足、ぶつけた」
「またなの? 気をつけなさいよね」
扉越しの会話。柚香は慌てて着ようとしたTシャツで胸元を隠し、俺の手を無言で引っぱり、自分のベッドに俺を押し込んだ。
これは叔母さんから、俺を隠すためだ。そして自分自身も、着るものも着ないまま布団に入ってきた。俺の口を指先で押さえて――
(しーっ、声出さないで。いい? この状況ウチのお母さんに見つかったら、ホントに入籍するか、一生会えないかだからね!)
大げさなようで、実はそうでもない。叔母さんは普段はそうでもないが、極端なところがある。一線を越えなければ、聞く耳を持ってくれるが、この状態――我が娘が半裸というか、ほぼ全裸でベッドに従兄妹といる。
従兄妹という関係上、遊びで済まされるなんて、
俺自身、叔母さんの考えはある意味正しいと思う。覚悟があってそんな関係になってるならいいが、今は誤解。だけど、言い訳のしようがない状況。
(悪い、そんなつもりじゃ)
(わかってる、わかってるけど、声出さないで‼ 怒られるなんて生易しい結果じゃないよ!)
柚香の奥歯がカタカタと鳴った。叔母さんのマジ説教は確かに怖い。俺たちは布団に頭を埋め向かい合う。柚香はパンツ以外なにも着てない。
部屋の灯りはついたままで、布団を被ってるとはいえ、うっすらと柚香の胸元が浮かび上がる。
身近な関係。だけど、ここまで何も着てない状態でこの至近距離は初めて。
(電気、消さなくていいのか?)
(あっ、待って……えっと……)
(おい、待て!)
柚香はおもむろに上半身を起こし、ルームライトのリモコンを探す。探すはいいが――自分が今どんな姿か忘れていた。
「⁉」
声を押し殺した小さい悲鳴。上半身、
幼馴染で従兄妹――そして今どんな関係か、はっきりわからないけど、元カノの裸を俺は見てしまった。
それは柚香からしたら、見られてしまったわけで……柚香に出来ることは、俺の息の根を止めるか、布団で俺の視界を塞ぐかしかない。
幸い、柚香は俺の顔に布団を勢いよく被せ、トンと跳ねてルームライトを消し、音から慌てて何かを着て、布団に飛び込んだ。
布団の中をまるで小動物、フィレットやリスみたいに潜り、顔だけ俺の目の前につき出した。
うっすらと残るルームライトの灯りの中ですら、柚香の顔は真っ赤だった。完全な事故。ワザとじゃないのはお互いにわかる。わかるけど、恥ずかしくないわけがない。
(見たよね……見えないわけないよね)
(えっと……うん、ごめん)
(謝らないで、こっちこそ、ごめん)
いつもと違うしおらしい言葉。でも、実はこれはこれで柚香なんだ。
いつものアレは、幼馴染で従兄妹だからという甘えがある。だけど、それは俺に対してだけで、他の人相手だと常識的な行動は取る。
一部、例えば藤江先輩に対しては、行き過ぎた防衛本能で、イジワルをしたりもだけど。
だからこそ、不安もある。江井ヶ島先輩を巻き込んだ、あの偽りの寝取られ事件。
アレは俺にだけする甘えのように思えてならない。だからか。だから、アノ事を考えると俺は不安になるんだ。
□□□作者より□□□
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