第39話
「1年だけズルいぞ」
風紀委員室。入るや否や、藤江先輩は
「これ、なんですか?」
「私は、これではにゃい!」
感情が揺さぶられると先輩の語尾が変になる。さすがポンコツ。
「かわいいだろ?」
「どこがですか?」
呑気そうに構える滝の茶屋先輩を二度見した。明らかに藤江先輩は駄々っ子モードに入っている。今日は疲れてるのでそういうのは、間に合ってます。
「お前たち1年生は校外学習があるだろ? さっき、中八木がフラフラでドヤりにきたんだ『林崎君に指名されましたー』って。からのアレだ」
中八木‼ なんて置き土産しやがったんだ。霞ヶ丘さん、一緒にいたんなら止めてください。 ついでに言うなら、滝の茶屋先輩。理由を聞いても、今の藤江先輩に可愛さを感じません。
「滝の茶屋先輩、可愛いなら何とかしてください」
「いやだよ、
「そんなフェチ今は捨てて!」
「バカを言うな。フェチは
悟りを開いた僧侶みたく言ってもなぁ……欲望に正直なだけだろ。通じるとは思わないが、仕方ない。正論で言い聞かせるしかない。
「藤江先輩」
「にゃんだ。どうせ
若いって、そりゃ、1年生ですからひとつ下です。それに、藤江先輩の藤江先輩な部分、デブとは言いませんが。しかし、そんなこといま言っても伝わらない。
「俺はいいと思いますよ、その……ぽっちゃり系」
カタン。
ん……藤江先輩の手からボールペンが零れ落ちた。嫌な予感。
「ほら‼ 聞いたか、滝の茶屋! やっぱり林崎のヤツ私のことを、ぽっちゃり系だと思ってるじゃないか!」
あっ……ぽっちゃり系って地雷ワードでしたか? そういや、江井ヶ島先輩もぽっちゃり系って言ってキレられてたか。
いや、デブデブって自分のこと言うから、俺は単にマイルドにしたんです、言葉を。いや、そんだけ胸あったら多少全体的に、グラマラスと申しましょうか、肉感はあるでしょ? 先輩はあくまで3次元なんですから。
どこぞの季節の花びらを自由自在に背負える、帰国子女とは違います。だいたい、
先輩は……デブ? いや、待てよ。そこまでデブを自称するなら、先輩の尊厳を否定するわけにはいかない。
「わかりました。今後先輩が、自分自身の事をデブと言い続けるなら、止めません」
「それ、どういうこと?」
「俺も全力で肯定します、先輩はデブです! まごうことなくデブです!」
「滝の茶屋~っ、林崎が悪いこと言う~」
藤江先輩が滝の茶屋先輩に泣きつく。滝の茶屋先輩は俺を見て『ビシッ』と親指を立てた。
(林崎、お前、やるじゃないか‼ いや~私はお前とならうまく、藤江をシェア出来そうな気がしてたんだ、ここはひとまず私に任せてくれ‼)
なに、俺は百合な先輩のかませ犬なの? さすがに本当に疲れた。もう、帰ろう。これ以上の事件が起こらないことを祈りながら、俺は家路についた。
風呂に入り、中八木さんに連絡をしようとして、考えた。
いくらなんでも、あれだけの鼻血を出した後。ここはシュン兄さんに連絡をして、様子を聞いてからにしよう。
するとやっぱり、大量出血で寝てるらしい。安静にしておけば、明日には回復するだろうとのこと。
とりあえず、命にかかわることはなさそうで、安心した。男子×男子の妄想で、命にかかわってもらっては困る。少し自重してもらわないと、俺の周りのまだマシな女子なんだから。
藤江先輩のことは滝の茶屋先輩に任せたし、中八木さんはシュン兄さんがいる。
――となると、柚香なんだけど。
柚香は柚香で、江井ヶ島先輩がいるじゃないか。ごろんと、ベッドに横になり寝返りをうつ。柚香用の通用口、バルコニー側の窓を見るが開く様子はない。
この先、いつかこの窓から、柚香が現れなくなる日が来るのだろうか。
意外とそうなる日は、遠くないかも。お互いの内、どちらかに相手が出来たりしたら、このショートカットは封鎖されるだろう。
そうだ、たまには俺から行ってみるか。
それでもし、柚香が江井ヶ島先輩と電話中だったりしたら、その様子を少しでも見たらわかるだろう。
柚香の話し方、表情、声の感じで。柚香には、俺がこれ以上必要じゃないかもって。その事を俺は確定したいのかも知れない。
いや、どこかで気を使わせてるのかも、そんな思いもある。その……顔色をうかがわれている、そんな状態なら、柚香のためにも自分のためにも、結論を出した方がいい、そんなことを考え始めていた。
もし、柚香の部屋に面した窓から、江井ヶ島先輩と電話してる声がしたら、何も言わず戻って来よう。そして少しづつ距離を置けばいい。
逆にひとりで何もしないでいるなら――
最近のこと、少しくらい話をしてもいい。そう言えば、長い間俺から柚香の部屋に行くことはなかった。いつも柚香が俺の部屋にバルコニーから来る。
俺はある覚悟と共に、バルコニー側の窓を開けた。
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