第38話

 ドラフトを終え――

「なんだよ、林崎。オレを指名してくれるのかと思ってたのに」

 窓際で白い歯をきらーんとさせながら、男バスのエース、須磨浦すまうら周平が笑顔で肩をすくめる。

 イケメンは何をやってもイケメンだ。このイケメン、意外にラノベを読む。そんなこともあり、ラノベ関係でよく話をする。


「それも考えたんだが、競争率高そうだろ」

「みたいだな、正直驚いた。みんなバスケに興味あるんだな」

 いや、バスケの話がしたくて、みんなお前の班を指名したんじゃないが? 確かにお前の班、男女共にバスケ部みたいだけど。

 それより、俺はお前の自己評価があまりにフラットなところに、改めて驚いたが?


「あらあら、入学後、わたくしたち、親睦しんぼくを重ねてきたつもりなのですが、ご指名頂けず残念。まだまだ精進しょうじんが足りませんでしたか」

 霞ヶ丘かすみがおかしずくさんが、爽やかな春の風と共に現れた。おかしい、窓開いてたか? 風はどこから……

 霞ヶ丘さん、親睦を重ねるとおっしゃいますが、廊下で会釈えしゃくする程度の関係ですが。確かに霞ヶ丘さんの会釈の時、スカートの横を掴む仕草は優雅だ。しかし余りにも異次元過ぎて、俺ボードランキングでは選外となっている。いまだにCG疑惑もあるし。


 そんな事を考えてると、ゆるふわ美少女、霞ヶ丘雫がトンと距離を詰め、俺の肩に手を沿ささやく。

(やっぱり林崎さんは、わたくしの期待通り――『』属性の持ち主なんですね、

 そう言って、この歩くCG技術は、うっとりとした顔で俺と柚香ゆずかを交互にみた。

 おい、まさか、帰国子女枠……の住人なの⁉ いや、別に俺、ワザと柚香を江井ヶ島先輩に寝取らせてないからな? 

 どうしよ、ダメな女子の匂いがプンプンしてきた。


 思考停止してると、帰国子女の反対側の二の腕に痛みが走る。

(泰弘。、女子いらなくない?)

 あの、俺べつに霞ヶ丘さん狙ってませんが? だいたい柚香さん、その圧、今じゃなくてよくないですか? あと、なんで俺の周りの女子は、俺の二の腕の柔らかい部分つねるの?


 中八木さんに助けを求めたくても、鼻血の止血に集中してもらいたい。命に関わる。

 タルミンは――西新町先生となんか話してる。たぶんエロいパンツについてだ。身振りで何となくわかる。その話題、教師と生徒の間でする話題か?

「だから、最近のミシシッピ、熱いんだって! 西ちゃん!」みたいな、あのエロ系にやたら強い通販サイトを推す親友の声に少し泣いた。あと、西新町先生を「西ちゃん」って呼んでんだ。


 仕方ない。ここは、見た目女子だけど、何の因果か男子な塩屋しおや希信きしんを頼るしかない。


「塩屋君は――」

泰弘やすひろー、もう、希信きしんでいいよ、仲のいい女子にはね『のぞみちゃん』って呼ばれてるけど」


『もう』と少し拗ねた感じで、はにかむ笑顔。俺は無言で柚香を見る。

(だから、塩屋君は男子だって‼)

(どうしよ、柚香。俺、新しい扉開きそうなんだけど)

(止めないけど、それくらいにしとかないと、マジで中八木、死なない? 別にいいけど)

 中八木さんがフラフラで壁に手をついてる。


 鼻血で出血多量とかあるんだろうか。しかし、出血してる割には顔が真っ赤だ。青くなってないところを見ると、まだ大丈夫なのか。

 試しに――

「わかった、のぞむ

「いや、希信きしんだってーねぇ、聞いてる、泰弘?」

 俺はなんで男同士でキャッキャウフフしてるのだろう。するとどこかで物音がした。


 ドサッ。


「あら、たいへん。林崎さん。わたくし、保健委員なので、中八木さん保健室に連れて行きますね、彼女――なぜかによく鼻血出るの。体弱いのかしら……精密検査とかしなくていいのかしら……」

 えきれず、中八木さんが無事倒れたみたいだ。遠目でも彼女の顔は幸せそうだ。


 心配げな霞ヶ丘さんだが、心配ご無用です。ちょっと彼女、男子×男子でこじらせてるもんで。保健室で頭冷やしたら治ります。いや、ホントの意味で頭冷やせ、ここ学校な?


 ***

 放課後。

 保健室に運ばれた中八木さんが、今更ながら心配になり、保健室に行くと既に霞ヶ丘雫さんに付き添われ、帰った後だった。

 霞ヶ丘さん。行動も美少女なんだけど――

 まさかの『寝取らせ』趣味なのではないか疑惑。いや、そうだろう。あの恍惚こうこつとした視線、素人じゃない。いや、俺は素人です。

 保健室までのなんてことない廊下。


 これまで人生で、当たり前に隣にいた柚香が、また当たり前に隣にいる。その違和感。しかも黙り込んだままで。

 中八木さんのことは心配だけど、家に帰ったらシュン兄さんもいるだろうし、病気じゃない。いや、むしろダメな病気か?

 ひとまず、夜にでも連絡してみよう。


 そういえば最近先輩、藤江先輩を少し放置気味だ。あのイメチェン以来、何度か絡みはしたが、なんか指先に、棘が刺さったままな感じで距離をおいていた。


 理由は、柚香のこと。江井ヶ島先輩とのこと。ふたりが観戦デートすること。藤江先輩のこと。江井ヶ島先輩とどうしたいのか、俺自身どうしたいのかわからない。


 わからないので、そういう解読不能な要素を持たない、中八木さんといるのが心地いいのだけど、それでいいのかと思う、めんどくさい自分もいる。


「どうして欲しいんだ?」

 考えても仕方ない。隣に柚香がいるんだ。こんがらがった糸をほどく、きっかけにならないかと、口を開いた。


「わからない」

 そんな答えが来そうな気はしていた。付き合いはバカみたいに長い。下手したら、自衛官になって家を出た実の姉、瑞姫みずきちゃんより、延べ時間は長い。

 俺がわからないことを、俺の片割れみたいな存在の柚香が答えを持ってるハズもなく――逆に、同じように答えを探してるのだろう。


「エイヤーで、になったりしないか?」


「江井ヶ島先輩と? ないよ。信じて。私も信じてるからね……えっと、その……信じていいよね? 泰弘のこと……信じてるからね?」

 なに俺のことだけ、なんで急に信じていいの? みたいになる? そりゃ、返事しませんけどね? 男子だもの。

 何も答えがないまま、俺は柚香と別れ、あのホコリ臭い、元教科準備室の名残のある風紀委員室に足を向けた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る