第36話

 B組の班分けの用紙に、目を通しながら、西新町先生がさっき言ってた名前に目が止まった。


 霞ヶ丘かすみがおかしずく――B組3班

 須磨浦すまうら周平しゅうへい――B組7班




 霞ヶ丘かすみがおかしずく

 言わずと知れた感がある。ゆるふわ系のヒロインの中のヒロイン。歩く2次元とでも言おうか。ちょっと2次元過ぎて、俺ボードランキングでは選外になっている。

 俺的には歩く映像。CG説すらある。

 まぁ、それくらいの別格感。だから、先生が『帰国子女枠』と言いたくなるのもわかる。なんらかのブーストが掛かっているのだろう、きっと。


 しかも、先生が言うように霞ヶ丘雫はフラットだ。実は俺の偽りの寝取られ騒動の際、真っ先に「気にしない!」と声を掛けてくれたのが、意外にも霞ヶ丘雫だった。


 クラスも違い、面識もない陰キャな俺に、だ。もしかしたら、西新町先生が言うように、帰国子女ゆえに、そういう当たり前にある偏見――陰キャだとか、キモオタ、非リアとかがないのかも。

 声を掛けられたとき、陰キャ代表の俺ですられかけた。


 幸い、霞ヶ丘雫があまりに、きらきら過ぎて目が覚めた。これは物の例えではなく、冗談なしで、彼女の周りはきらきら処理がほどこされている。

 油断したら、季節の花々が舞い散っている。昼休み、廊下ですれ違ったとき、天使の羽が舞い降りていた。


 なので――実質的に目がくらんだ。目がチカチカして見てられなかったので、俺は目が覚めたが、その熱病にうなされている男子は多い。


 須磨浦すまうら周平しゅうへい

 男バスのエース。さわやかイケメン。高身長で物腰が柔らかい。

 須磨浦すまうらは須磨浦で、例の偽りの寝取られの際、2番目に声を掛けてくれたのは、今でも忘れない。

『ドンマイ、次行きうぜ、次!』恋もバスケのノリだ。


 仲は悪くない、あまりに須磨浦を見る女子の視線が多すぎて、居たたまれないけど。体育で一緒になると話す。女子がいないので。意外とラノベとか読む。女子がよく「かざらない感じがいいのよね」なんてファンタジーな発言をする。

 いや、それ演出だからね? と言いたくなるが須磨浦は実際、その「飾らない」を地でいく。同じ制服、同じ体操服を着てても、なんか違う。次元が違い過ぎて嫉妬心もない。


 たぶん――日焼けしてない江井ヶ島先輩、みたいな感じ。須磨浦のことがあったから『2―C』での漫才謝罪会見を、俺はしたのだと思う。ふたりは似てる。だから江井ヶ島先輩に肩身の狭い思いはして欲しくない、そんな感じからあの謝罪漫才だった。


 その生きる奇跡ふたりを巡って、ドラフトによる熾烈しれつ争奪そうだつ戦がり広げられることになる。

 指名権を勝ち抜いた班は、晴れて校外学習を共にし、親睦しんぼくをはかれるという特典付き。


「柚香、先生のご指名だ。悪いな」


「別に、悪いとか……思わないで」

 なに口ごもってる。さっき、昼休み柚香は江井ヶ島先輩とふたりになる時間があった。その後これだから、それはそれは気まずい。


「もうひとりは、タルミンでいいよな?」

 俺は俺でなんか焦ってる。だから早口で話す。


「それ、確認しないとなのか?」

 ひょっこり現れたタルミンは、険しそうな顔で俺を見た。ちなみに俺は、完全にアウトなタルミンのパンツの事を考えていた。


「だいたいさぁ、君たちのギクシャクな空気、なんとか出来るのだけでしょ、ね? 伊保いほ

「別にーギクシャクとかないよね、泰弘やすひろ?」

 悪い、泰弘的にはめっちゃギクシャクあります!


「ところで、あーしさぁ、B組誰も知り合いいないんだけど」

「あっ、私も」

 柚香もどこの班を選ぶとか、こだわりはないようだが「男子少なめがいいかも」と、なんか女子みたいなことを言う。上目遣うわめつかいで。


「じゃあ、男子少なめで、俺が適当に選んでいいか?」

 つまり女子ふたり、男子ひとり班となると――ふたりの了承を得た。俺たちの班は案外ふつーに決まったものの、他の班はそうは行かない。


 つまり――

 選択希望選手? 第1希望を歩くCG技術。霞ヶ丘かすみがおかしずくを推したい――男子諸君。


 そして――

 須磨浦すまうら周平しゅうへいでも確保したい女子。この対立構造が、俺たちの班以外では起きていた。


 阿鼻叫喚あびきょうかん罵詈雑言ばりぞうごんの中、各班はじゃんけんバトルやら、くじ引きで決め、第1希望から第3希望を書いた用紙を西新町先生が回収した。


「よしよし、いい感じになーふふっ、これでまたリア充予備軍の芽が出ない内にめたわけだなぁ」

 先生。ひとりごとデカいです。そして思惑が、なんかセコい。しかし、この頃には、先生の思惑とは裏腹に、クラスの熱気が思った以上に盛り上がっていた。


「よし、頃合いだ。皆の衆! いざB組へ出陣じゃー」

 西新町先生が出陣のほら貝を口で吹いた。芸達者だ。

 悪い先生ではないのだけど、独り言がデカい。そしてその内容が思った以上に小さい。あと真紫のアイライン。それに新卒3年目という、なんていうか、まだ初々しさが残ってても、おかしくない時期――じゃないのか?


 なんでいつもジャージなんだ? 体育教師じゃないよな、現国だし。

 この間なんて、お気に入りのジャージが乾いてなかったからと、高校時代の体操服着てた。さすがに学年主任の先生に呼び出されたらしい。

 そりゃそうだ。少し考えたらわかる。


 そんなあまり物事にこだわりのない、西新町先生の後に付いて、俺たちはB組に乗り込んだ。








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