第34話
「ごめん、待って! やっぱり、今のなし!!」
場違いな大声を上げたのは
「なんだ、伊保。理由を言ってみろ」
先輩、なぜ聞く? それで何回泣きを見た? 先輩って柚香に負けす劣らず、打たれ弱いですからね。
「理由はわかりません。でも、その……
ほら来た。またもや生殺与奪の権を俺に預ける。まさに他力本願じゃねぇか。実際は生殺されるの俺だからな。
なんですか、語尾の「よ?」は。かわいいじゃないか、チクショー!
「どうなんだ、林崎は?」
なんです、先輩は俺の敵ですか? なんか
だけど、俺のこのビミョーな気分って、わかりませんか? わかろうとすれば――わかりますよね? 先輩だって、ざわざわしてるんでしょ? 柚香を誘う江井ヶ島先輩に。同じですよ、同じ。
柚香のヤツ。
なんで、単純に断らないんだってことです。あぁ〜面倒くさい。でも、やるだけやらないと、後悔する奴なんで、俺。
「柚香。この時期さぁ」
「えっと、なに?」
おい、たいしたこと言わないから食い気味に来ないで。そんなに期待してるなら、自分で断れよ。わかってますよ、引き止められたいのが、女心なんでしょ、ホントにお前ってヤツは。
「紫外線強めだけど、大丈夫なのか。お前、肌弱いだろ」
そう言うと「ぽん」と手を叩いて、さっきまでの沈んだ顔が瞬く間に笑顔になる。
「そう、だった! えっと、私、肌弱くて日焼けスゴイしちゃうんです、そのもの凄い日焼け止めとかないと、ムリかも〜例えば
お前の演技もムリかもな。でも、まぁ、及第点。これで江井ヶ島先輩も引き下がるだろうと思いきや、ところがどっこい。
「これ」
江井ヶ島先輩が差し出したチューブ型の物。見覚えはあるが、俺と柚香は思考がフリーズしていた。チューブには謎の星条旗。
「前にユズちゃん言ってたから、その日焼け嫌だって。それで、マネージャーにオススメの日焼け止め聞いたら、偶然NASAが開発した日焼け止め売ってるって話になって、今月のこづかい吹っ飛んだけど、これで大丈夫かな?」
NASA!! 空気読んで! 日焼け止めなんか開発しないで、宇宙開発に集中して!
江井ヶ島先輩。大丈夫じゃない方に大丈夫です。どーするんですか、こんなカオスなトイレ前。しかも江井ヶ島先輩はとどめを刺しにきた。
「林崎君。これで君の心配事は無くなった訳だね」
無くなったのか、亡くなったのか、今の俺にはよくわからなかった。少なくとも、一ヶ月のこづかいを、日焼け止めにつぎ込むくらい、柚香に来てほしいんだって気持ちは、理解してあげないとダメなんだろうな。
***
「なんだ、透のヤツ、私には試合観に来てくれなんて、1度も言わなかった。しかも、日焼け止めまで用意して」
俺になんてコメントしろと? 試合行きたかったんなら素直にそう言えばよかったじゃないですか。
トイレの前で俺と先輩は、江井ヶ島先輩と柚香と別れた。なんか、そういう空気になってしまった。より正確に表現するなら、俺と先輩は取り残された。
ポツンと。
柚香のあの、困り果てて笑う横顔が気になって仕方ない。ここは教室で待とう。
そこに――
「ちょっと、林崎君。いい?」
「どうした、
「あっ、えっと……林崎君の親友さんの話なんで、ふたりでいいですか?」
「構わんが……」
またのけ者かぁ……あからさまに凹んでますよ、中八木さん。藤江先輩のフォローは誰がするのかな? もしかして、丸投げだったり?
ため息を我慢して中八木さんの後に続いた。
廊下。
人通りが途絶えたのを確認して口元を手で隠し俺の耳に
「林崎君。君の親友の垂水さんなんだけど……」
おっ、さっき機転を利かせて、中八木さんを足止めしてくれたマブダチ、タルミンな。
彼女がどうした? クセはあるがいい奴だろ?
「言いにくいんだけど、完全にアウトだったの」
「アウト? 何が?」
「何がじゃなくって、ほらパンツ」
「あっ……」
そういや、今日はいてるパンツがアウトかセーフか、風紀委員として確認して欲しいって話だったけど、あれ、中八木さんを引き留める口実じゃなかったのか?
えっと……アウトなの? タルミンのパンツ。
どう、アウトなんだろ⁉
「えっと、言いにくいんだけど、かすりもしないくらい、アウト。もうそれはパンツとしての機能をなしてない感じ?」
なに、それってすけすけなの? それとも布面積がやたらと小さいとか? いや、紐パン説すらある。
「――で、どうしたの? 没収したの?」
「没収って、なんですかご主人さま。脱がせろってことですか? 脱がせたパンツ見せろってことですか? ヘンタイですか? 甘噛みどころか、歯型つくくらい噛んだけようか? だワン」
ほんのちょっと冗談を言っただけだろ。噛まなくても……いや、噛まれてもいいような気がしてきた。
俺は中八木さんのおかげで、少し気分が晴れた。しかし――廊下のすみっこでどんよりとした空気がないわけでもない。
先輩のフォローは放課後だな。だけど、現実は俺に優しくなかった。
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