第31話

「叔母さん、ついでだから捨てて来るよ」

 翌朝、ごみ捨てに家を出て、隣に住む叔母さん――柚香ゆずかのお母さんに出会った。


泰弘やすひろ、おはよ。じゃあ、お願い」

「うん」

 叔母さんとウチのお母さんは双子の姉妹。見た目は前髪の分け方以外、たぶん家族以外では見分けがつかない。

 声のトーンが少し、叔母さんの方が低い。数少ない、俺のことを呼び捨てしてくれる女の人。あとは姉さんの同級生の凪沙なぎささんくらいか。


「ありがとね」

 ゴミ捨て場から戻るまで、待っててくれた。今朝は早く目が覚め、いつもなら、ぐずぐず布団の中で粘るのだけど、今日は何となく起きることに。そんな関係で時間に余裕がある。

 叔母さんに散歩に誘われた。時間に余裕があったので家の前にある公園を歩く。


「ユズと、なんかあった?」

 不意に聞かれた。本気で怒られると打たれ弱い柚香。家でもしゅんとしてるのだろう。


 ざっくりと事情を話すと「自業自得ね」と鼻で笑い飛ばした。


「でも、反省してると思うよ」

「でしょうね、そんだけ大規模にやらかしてるんなら。そのお相手の先輩はどんな子? 怒ってる?」

「江井ヶ島先輩ですか? いい人です。一応、俺も謝ったから」


「また? ダメよ、そうやってあんたはすぐ、ユズ甘やかすんだから」

 俺が柚香を甘やかしてる――そんな感覚はなかった。


「どこが?」

「どこが⁉ 何もかもよ。世間の男子があんたみたいに、優しいなんて勘違いしたら、将来不幸よ? なに、あんた、まさかもう、許そうとしてない?」

 お母さんとは姉妹の叔母さん。双子だから似てるのだけど、性格が少し違う。同じ声で叱られると、お母さんが怒ってるようで焦る。


「でも、ほら……かわいそうじゃない?」

「かわいそう? どこが? そういう恋の駆け引きなんて、30過ぎてからでいいの。だまして振り向かしてどうなるの?」

 確かに。

 今回は多くの人を巻き込んでしまった。藤江先輩や江井ヶ島先輩。それに柚香が余計なことした結果、中八木さんが完全な柚香のアンチだ。


「でも、江井ヶ島先輩はフォローしないと、かわいそうというか」


? どこが? その先輩、自分の意思でユズの悪知恵に乗ったんでしょ? あんたが気に掛けることないの。そういや女の子、あんたのとこに最近来てたでしょ? 乗り換えた?」

 にししっと笑う。この笑い方、柚香とホント同じだ。


「その人、江井ヶ島先輩の元カノです」

「あんた! またなんで、わざわざ、そんなややこしいトコ手出すの?」

 ごもっとも。叔母さんは直球なんで、言いたいこと言うが、的を得ている。


「同じ傷みを持つ者同士っていうか――」

「あんたね、そういう傷の舐め合いみたいな恋は30過ぎてから! その歳で事ある毎に元カレの影が、見え隠れして楽しいワケないじゃない」


 おっしゃる通りです。きのうも、先輩の元カレ御用達の美容院行きました。ざわざわしたけど、今朝はそうでもない。

 これって――中八木さんのおかげ、なんだよな。


「あんたにはさ、普通の子がいいよ、あんたの優しさがわかってくれる、そうね恋愛初心者? 叔母さん、そう思いますよ、と!」

 背中を叩かれ、笑顔で別れた。

 お母さんはどちらかと言えば癒し系で、叔母さんはモチベーター。背中を押してくれる感じの人だ。

 おかげで、完全復活した俺は無事、ズル休みすることなく登校した。


「家、遠いの?」

 学校前のバス停。偶然、中八木さんの背中を見つけ、声を掛けた。あの春休みのように。


「ん……そこのバス停だけど、鞄持ってくれたらうれしいよ?」

 にこりと笑いながら、俺の自転車の荷台に鞄を置いた。


「男子と登校なんて照れる……」

「おい、妹、兄もいる」

「シュン兄、空気読むか、空気になって」


「弟よ、酷くないか? いいのか、まだクーリングオフ期間だが?」

「林崎君はそーんなことしません、ねぇ、林崎君? 変なこと教えないで」

 兄妹の軽快なトーク。歳が近いとこうなのか。

 瑞姫みずきちゃんとは、10歳離れてるし、姉ということもあって、仲はいいけど、こんな感じの掛け合いはない。

 どちらかといえば、若いお母さんみたいだ。


「なんだ、このメンバーは?」

 今朝は立ち番ではないはずなのに、藤江先輩が立ち番をしていた。俺と中八木兄妹を見ての感想だ。

 立ち番をしていると思ったが、足元に置いていた鞄を、すぐに持ったところを見ると、立ち番をしていたわけでもないないのか。


(弟よ、スマン。俺は藤江は苦手だ。それとなく去る)

 そう耳打ちし、ベタに靴紐をなおすフリをして「先に行っててくれ」と離脱した。


「先輩、今朝も立ち番ですか?」

 中八木さんも、藤江先輩も話をする感じがない。気まずいので口を開いた。


「そういうワケじゃない。その……君を待っていたと言ったら笑うか?」

「委員長、私は待ってくれないのですか?」

 そういう意味じゃないだろうが、中八木さんが軽く突っかかる。先輩の見えないところで、俺の腕にツンと触れる。

 イタズラ……いや、犬耳メイドだから甘噛あまがみ――だろうか。


那奈なな、どうした? そんなワケないだろ?」


「どうだか。じゃあ、委員長は林崎君が先に来たとして、まだ来てない私を待ってくれますか?」

 困り果てた先輩も同じように反対側で俺の腕をツンとする。


「委員長、。どーなんでしょうか、風紀委員長自ら、校門周辺で異性といちゃつくというのは」

「い、いちゃついてなどいない! な、林崎?」

 これは……中八木さんの宣戦布告なのではないだろうか。中八木さんは意味ありげに、俺の顔を覗いた。いや、意味あるんだろうな、これ。











 









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