第30話
「ごめん、折り返し遅くなって」
いくら準備してもしたりない。だから、もう余計なことは考えないで、中八木さんに電話した。
『あっ、こっちこそごめん! 何回も……」
上ずった声。相手からしたら、そんなふうに思うのか。
「全然大丈夫。ごめん。風呂――入ってて。すぐかけ直そうって思ってたんだけど、その……」
『き、緊張するよね、なんでだろ。いや、あんなこと私が言ったせいか、ははっ』
自嘲気味に乾いた笑いが起きる。
「実は掛けようとして、固まってた」
『そ、それわかる。あの、あんなに着信しといて、なんだけど、あと1回だけいいよね? みたいな……ははっ、どうしちゃったんだろ、私』
言うかどうか、ためらったけど言うことにした。
「さっき」
『うん』
「着信あって。中八木さんだと思って見ないで出たら先輩だった」
『あっ……そうなんだね、うん』
明らかに声のトーンが下がった。こうなるのはわかってたけど、なんかコソコソしたくなかった。
『お邪魔だった?』
「そういう意味じゃないんだけど」
『けど?』
「うん、その……中八木さんのことが気になって。先輩の話が入ってこないっていうか。先輩に悪いことしたかなぁ……」
『そう、なんだね、ごめん。ちょっと、なんか……変な気持ち』
その気持ち『なんか……変な気持ち』ってのはなんか、すっごくわかる気がした。
「俺」
『うん』
「私の方が先に好きだったのに、なんて言われたの初めてだから。ほら、陰キャだろ、
『私も、そんなこと言ったの初めて。そういう自己主張苦手。実は』
電話口に照れ笑いがこぼれる。ちょっと学校に行ってもいいかもになってきた。不思議だ。
「きっと、この先聞くことないと思う」
『そ、そうかなぁ、私が見たところ……いると思うよ、約2名』
約2名? そんな奇特な方が現れますか、陰キャな俺に。あれだ、リップサービスというやつだろう、これ。
『あのね、話出来てよかった。明日どーしようかと』
「どーしようって?」
『いや、やらかしたから学校行きたくないーって(笑)』
同じだ。女子でもそんなこと思うんだ。
「それ俺も。逃げたから、明日合わせる顔がないって、さっきからお母さんに体調悪いアピールしてた。サボりやすいだろ?(笑)」
そうなんだね。
うん。
そんな感じの会話が続いた。時間を忘れて誰かと電話したのはいつぶりだろう? 記憶にない。これも初めてかも。盛り上がるとかじゃない、淡々とした落ち着いた会話。
先輩は意外にたんぱくだ。要件を告げるだけ。連絡網に近い。いや、たまに先輩、単発で暴走したっけ?
そんな事を何となく考えて、そろそろ寝ようか、みたいな会話になったとき、中八木さんは「あと、ちょっとだけ」と言ってある会話を続けた。
『あのね、うん。聞いてほしいの。そのちょっと言ったけど。うれしかった。言ってくれたじゃない?』
「えっと、学年で6番目にって、ビミョーに失礼な、あれ?」
『全然失礼じゃないよ、むしろ光栄というか、うん。嬉しかった。信じてもいいのかもって思えた』
「でも、1番とか言う場面じゃない?」
『ん……言ったけど、逆にリアルでうれしい。1番じゃないのに、現実離れしたこと言われたら、
それもそうだ。見るからに、イケメンでスポーツマンでもないのに、スポーツ出来そうなんて言われても『ん?』になる。
『あのね、イメチェンした林崎君に、私も影響受けて、イメチェンします。って言っても見た目じゃなく、行動イメチェン。第一弾が『私の方が先に好きだった』伝わってるとうれしいけど、これ私史上かってない行動なんだからね?』
なんとなくツンデレ風味。そういえばツンデレの傾向あるよな。でも第一弾があるってことは――
『あのね、今月末あるでしょ、校外学習』
あぁ……陰キャ的には魔の企画。校外で親睦をはかろうぜ、みたいな見え見え行事。可能なら休みたいが、休んだら休んだで目立つ。確か少年自然の家みたいなところで、
『2-C』で
アレは、柚香のせいで江井ヶ島先輩に迷惑を掛けたから。
校外学習――渋々行く感じになるんだろうなぁ……気が重い。
『知ってる? A組とB組混合で班作らないとなんだよ?』
「えっ⁉」
なに、その修羅のような企画。入学早々、柚香自作自演の
死よりつらい企画。いやいや、相手に申し訳ないって! 絶対気まずい自信すらある!
『私、組んだげようか? 謎の上から目線(笑)私、B組だよ』
「マジで⁉ それは助かる! でもいいのか?」
『なんで? まさか、告った私に、俺陰キャだし……なんてまだ思ってたり? それとも――『私の方が先に好きだった』じゃ、告白っぽくない?』
「一応聞くけど」
『私も一応聞くだけ聞くね(笑)?』
「どっきり?」
『なんでやねん! って言って欲しいの? 君は私の好きな物否定しない、これメイドコスのことね? あと、春休みのほんの少しの優しさ。そんな君に対して
判官びいき――
通話後、ネット検索すると――弱者、敗者に同情するような感情。陰キャな俺にはぴったりな感情かも知れない。
□□□作者より□□□
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