第29話
俺は。
なにをやってしまったんだ!? 中八木さんの部屋を飛び出すような勢いで、走り去り、一目散に自宅に帰り着いた。
熱いシャワーを浴びながら思い出す。泣いてる中八木さん。何かしてあげれないか、考えたのは事実。しかし、不意に反射的に手を伸ばした。彼女の頭に、髪に。
それはまるで――頭ポンポンのように……口を開きシャワーのお湯を口いっぱいに含み、声にならない声で叫んだ。
――死にたい!!
頭ポンポンなんて、イケメン、リア充、運動部だけが許される特権。陰キャな俺がやっていいことじゃない!! これは、もはや――犯罪行為なのでは!?
学校行きたくない。
委員会なんて、なんで入ったんだ。イメチェンのつもりが、より悪い方にイメージ変わってる。陰キャな立ち位置なのに、それ以上悪い方向ってあるんだ。知らなかった。
そうだ、今のうちにネタ振りしておこう。なんか、こう……体調悪いかもってお母さんに言っておこう。そうしたら、明日休みやすい。
そうと決まれば風呂上がりに、さっそくお母さんに言おう。善は急げと言うしな。これはズル休みじゃない。俺の精神を安定させるための休養なんだ。心が疲れてる。
俺は嘘をつくんじゃない。だからきっとバレない。怒られたりしない。
いや、大丈夫。普段からお母さん、怒ったりしないじゃないか。何を心配してるんだ。そう言い聞かせ風呂からリビングに直行した。
「泰くん。ちょっと座りなさい」
いきなり怒ってる!? なんでだ? 何もまだ言ってない。親子だからか? 以心伝心とか、虫の知らせってヤツか?
「泰くん、中八木さんって、誰? 女の子?」
なんで中八木さん知ってる? もうエスパーの域なんだけど。
「えっと、そうだけど……」
「そう。お金借りたりしたの?」
「お金? いや、なんで?」
するとお母さんは俺のスマホを差し出した。
「さっきから鬼のように鳴ってるの。着信とかメッセージとか。お母さん、泰くんがお金借りて返さないのかと心配しちゃった」
お母さん。俺のイメージそんななの?
「ところで、中八木さんってどんな子?」
「えっと……委員会が同じ」
「委員会? じゃあ、伊澄ちゃんと同じ?」
「うん、先輩の中学からの後輩」
ふーん、そうなんだ。みたいな反応。それより中八木さんなんだろ? もしかして「2度と話しかけないで」とかかなぁ、さすがにそこまで言う子じゃないと思うけど。
「中八木さんとはどんな関係なの?」
「えっと、どんな関係? なかよしだったと思う」
「『だった』ってケンカでもしたの?」
目が怖い。女の子には優しくっていうのが、お母さんの教育方針。腕組みまでして次の言葉を待っている。
このままじゃ、ズル休み――じゃない、体調不良の話なんて、うまくいかない。
「えっと、前から――」
「前から?」
「その、好きだったって」
「えっと、泰くんのこと?」
「うん、なんて言ってたっけ『私の方が先に好きだった』かな?」
聞いておきながら、お母さんはボカンとした顔。どうしよ、かけ直した方がいいかなぁ。それより、明日のズル――じゃない、体調不良のネタ振りしとかないと。
「えっと、お母さん? なんかちょっと頭痛いっていうか、体調悪い。明日ひょっとしたら……」
しかし、俺の言葉を遮るように言った。
「泰くん。それはね『恋の病』って言うのよ?」
いや、絶対違うから!! なんか期待満々な感じの空気に、いたたまれなくなって、部屋に帰ろうとする。
「ちゃんと、連絡してあげなさいよ、そういうのすっごく大事」
クギを刺された。
***
ベッドの上で正座。
もちろんスマホを前にして。これ以上の精神的な負担を増やさないために、バルコニー側の窓の鍵は閉めた。柚香の相手なんて今はムリ。
「おわっ!?」
不意にスマホが鳴った。なんて話すか考えている内に、先に中八木さんから連絡が来た。そう思いながら、緊張して電話に出た。
「もしもし……」
『あっ、すまない。いま、大丈夫だろうか』
この声、話し方、武家の娘さん――じゃなくて、先輩? スマホの画面を見ると、先輩の名前が出てた。
「あっ、えっと……はい。大丈夫です。どうしました?」
『いや、たいしたことじゃないんだが、その……あれから考えた。少し強引だったのかもと』
あれから? って、ヘアサロン『アンディのお店』でのことだろうか。つまり、江井ヶ島先輩と同じ美容院に連れて行ったことを、気にしてるのだろうか。
正直、もうそんなちっちゃな事、今はもう、どうでもいい。中八木さんのこと――『私の方が先に好きだった』という言葉。思ってもない――これって告白されたのか、俺?
いや、陰キャだぞ? 陰キャに告白イベはないだろ? でも、からかわれてるなんて、感じじゃない。あまりのことにおどけて、冗談で済ましていいことじゃない。
真剣に向き合わないと。
「あっ、いえ。全然です。俺の方こそ、自分で振っておきながら、ちょっと態度悪かったです。すみません。気にしないでください」
中八木さんのことで、それどころじゃないから、謝っておけ――そんなつもりはない。
中八木さんのことで感じた。
人が人に寄せる思いや、誰かを思って行動することは、なんていうか、とても貴重で、尊いもののはず。だから、今は中八木さんから目を背けたり、恥ずかしいからって、逃げていいはずがない。
「先輩、すみません。ちょっと、用事があって、また明日学校で」
そう言って電話を切った。
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