第28話

 中八木那奈なな視点。


 結局。これ以上、会話続行不可能と判断した林崎君は逃げるように帰宅した。気まずかったわけじゃないけど、あの後のことを思い出すと……


 明日休みたい。やらかした。思い出したくない――


 でも、思い出すんだけどね。


 私はその、探した。入学してすぐに林崎君を。お礼が言いたくて。隣のクラスだった『1―A』

 声をかけようとした時、隣に、彼の隣に誰かいた。女の子。ハーフツインにした目を引くような女子。それが伊保いほ柚香ゆずかだった。


 あれだけ優しいんだから、彼女いるよね。 春休み抱いた恋心。恋が始まる前に終わった。思ったより春は短かった。

 しかし、すぐに驚くような噂話が飛び込んできた。


 林崎君の彼女――伊保柚香の噂話。寝取られたって話。しかも、相手は委員長の――藤江先輩の彼氏、江井ヶ島先輩だった。


 江井ヶ島先輩が?

 正直信じられなかった。中学の時から知っている。正確には小学校も同じだ。

 サッカー以外――委員長を除いて、まったく興味を持たない人っていうのが、印象。

 実際ほとんどの時間、サッカー部の仲間と一緒に行動してたし……人の彼女を欲しがるような人には見えなかった。


 伊保柚香がたぶらかした。

 そうとしか思えない。委員長を傷付け、江井ヶ島先輩をたぶらかし、あんなに親切な林崎君を傷付けた。


 伊保の印象は最悪だった。

 あの時、親切にしてくれたから、その半分でも返したかった。教室で見かける彼はいつも、机に突っ伏していた。

 寝取られたって噂が、入学して間もない彼の居場所を奪っていると思った。居ても立ってもいられない。そんな気持ち。


 それで委員長に話した。

「同じ苦しみを持つ者同士、話をしたら楽になるかもですよ」って。

 それは本音。だけど、それだけじゃない。もしかしたら、林崎君と委員長の間に接点が出来たら、彼と林崎君とお近づきになれるかも、って思った。


 下心があった。

 委員長は、強いから結局のところ自分自身で立ち直ると見ていた。だから、私はほんの少し面識を持った後に、彼の失恋の辛さを、私がいやせれば――なんて思ってた。


 だけど、思惑が外れた。

 委員長は私の知ってる、いつもの委員長ほどは強くなかった。自分で立ち直るかと思っていたが、自分の苦しみを、辛さを素直に林崎君に打ち明けた。

 思ってもなかった。委員長あの人が他人に、ましてや年下の男子に寄りかかるなんて。

 そして、同じ苦しみを持つ者同士、信じられない速さで接近してしまった。


 私のほうが先に好きだったのに――


 この感情を口にしないでウジウジする脇役は物語にたくさんいる。ほんの少しのズル。

 委員長をダシに使って近付こうとしたのをズルと呼ぶなら、そうだろう。ズルをした後ろめたさから、黙ってしまう。感情にふたをしてしまう。

 そしてふたりの恋の行方を、舞台の端から見てるだけ、なんてドラマ、飽きるほど観てきた。


 チャームポイントが私にあるとしたら、なんだろ? たぶん、素直さだけじゃないだろうか。じゃあ、その素直さマックスで戦うしかない!

 私はヒロインじゃないかもだけど、決められた台本だけしか演じちゃダメなんてことはない。


「あのね、林崎君。突然なんだけど、聞いてね。実は私ね――」


 春休みに助けてもらったこと。そんな些細ささいなこといいよ、と彼は言った。でも、その時の気持ちを感情を、うれしさを聞いてほしかった。

 ちょっとした優しさが、どれだけ暖かかったか、知って欲しかった。


 入学して彼を探したことも言った。すぐに見つけて、彼女がいることもわかった。

『すぐに寝取られたけどね』

 君は本当に自己評価低いね。そんなの絶対伊保が悪いに決まってるのに、自虐的で。

 でも、だから、見つめ続けたことも伝えた。机に突っ伏してるところ。昼休み、学食に行くのも人目を避けて、遅く行くのも知っていた。


 居心地が悪いからだけなの?

 自分の存在が周りに気を気をつかわせてしまうから、じゃないの? 新しく始まったばかりの高校生活。

 そんな中、自分の『寝取られた』話が雑音になるから、周りから距離を取ったんじゃないの?

 陰キャだから、人と関わるのが苦手――そう言えば、周りが自分を気にせずにいられるからじゃないの?


 入学してからずっと私は君を目で追ってきた。

 だから、少しはわかる。君はすっごく、気遣きづかいの出来る人。だから、ごめん。その君の純粋さ――

 いまだけ利用させて。


「林崎君。私ね、あの時から君が好きだったの。委員長に引き合わせたのも、口実というか、話しかける言い訳というか、理由が欲しかったから。ふたりがこんな一瞬で仲よくなるなんて思ってもなくて……あきらめた方がいいかもって思ったりもしたけど、林崎君に話しかけるの我慢できない自分がいて。もしね――」


「なに?」


「うん。あの……犬耳メイドのコスプレでね、林崎君がドン引きしたら諦めようって決めてたの。いくら好きな人でも、自分が好きなことをわかってくれないと悲しいじゃない? それを言い訳にして、諦めようとしたんだよ? なのに君は――可愛いって。学年で6番目くらいに可愛いなんて、言ってくれた。私、地味で目立たなくて、委員長の傍にいる子って、名前をあんまし覚えて貰えなくって――でも、君は可愛いって言ってくれた。欲しい言葉全部くれたんだよ、ほんの少しの間に。委員長と比べたら――伊保と比べたら。悔しいけど見劣みおとりしてるけど――」


 君のせいなんだからね。

 君が泣かせたんだよ、こんな言葉で。


「中八木さんの何が見劣りしてるのか、俺にはわからないし、説明されても、たぶん理解出来ない。だから、そんなふうに自分のこと、言うのはやめない?」


 君のせいだよ、またそんなうれしい言葉くれて。まだつぼみだった感情に、陽をあてて花を咲かせたのは。

 だから――不戦敗はしない。君がそう決断させたんだよ。









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