第27話
「ご主人さま〜ちょっとごめんだワン。触ってもいいかだワン」
学年で6番目に可愛い中八木さんの部屋でふたりっきり。犬耳メイドのコスをした同級生が、目の前で膝をついて、座る俺の頭に両手を伸ばす。
「な、中八木さん!?」
伸ばされた両手で、俺の頭を包み込むように触れ、切ったばかりの髪をくしゃくしゃっとして――
「ご主人さま。私の見立てどーり、かーいい……ワン」
ささやきボイス。あっ、もうダメだ。完全に脳が溶ける。同級生女子のためらいながらの指先。心臓がバクバクする。
「中八木さんも、その……かわいい」
「本当? 嬉しい。でも、私はほら、ね?」
地味でしょ? みたいな困った顔をする。中八木さん、知らないの? 世間は君を清楚って呼ぶんだよ?
「中八木さん、中八木さんはその……俺が思うに、学年で6番目くらいにかわいいと思うよ、誰の次とかじゃなくて、それくらいじゅーぶんかわいいと思う」
変な言い方をした。どうせなら1番かわいいと言った方がよかったかもな。
「学年で6番目!? 私が!? き、君、ご主人さま、私の評価高すぎない!? 1ケタ代なんて……ほら」
差し出された掌。震えてた。驚いて中八木さんの顔を見ると、目の淵に涙が浮かんでいた。うれしい、んだよな?
なんかすっごく初々しい反応。思考全部持っていかれそう、そんな感じ。
「ごめん、ほめるならここは1番って言うべきなんだろうな」
「ううん、逆にリアルでなんか嬉しい。あのね、ご主人さ――林崎君。私のこと、覚えてない?」
「中八木さんのこと? もしかして、お父さんの仕事の事情で、将来を誓い合ったのに小3の時引っ越しした?」
真剣に言うと「誰ですか、それ? もう、真顔〜~(笑)」と口元に手を当てて微笑んだ。いや、ごめん。可愛さ学年でベスト3だったわ。
ちなみに、将来を誓い合って引越した同級生女子はいない。陰キャだもの。
「うちの学校。教科書の配布、春休みだったの覚えてる?」
「うん」
クソ重い教科書を大量に渡された。それはもう、ひ弱な俺は肩が抜けるかと思ったくらいだった。
「私、その日ドジッちゃって。足、
「そして、そんな君を保健室に送ったのが俺と」
「あっ、いや自分で行ったよ? ボケてるよね? 真剣じゃないよね? そんな真面目な顔で言われたらわかんないって、もう……」
おかしい。あるべき春休みイベを
「持ってくれたでしょ、鞄。バス停まで」
あぁ……ごめん、それ俺の春休みにおける最大の黒歴史。校門で見かけた女子。なんか、明らかに足を痛めてて、持てそうになかった。陰キャな俺はスルーするのも、声を掛けるのも、苦手だった。
あと、密かに狙っていた。高校デビューとやらを。あれ、中八木さんだったんだ。
「『遠いの?』って聞いてくれたでしょ、そのぶっきらぼうに」
それは評価高過ぎ。実のところは片言『イエ、トオイデスカ?』みたいな。いきなり荷物持つとか、リア充スポーツマンしかムリ。
「あ……っ、人違いでは?」
「なんで、そんなビミョーな嘘つくの?(笑) 林崎君だったよ!『そこのバス停だから大丈夫です』って答えたの覚えてる?」
覚えてる。俺は声を掛けておきながら、思いのほか近い目的地に焦った。ひとりで行ける距離!! となった。恥ずかしくて、逃げたくて、俺は無言で鞄をバス停まで運んで、逃げるように――いや、逃げた。まんまだ。
「ねぇ、私の顔覚えてない? 地味過ぎて印象ないかなぁ……」
うぅ……違う。地味とかで印象がないんじゃない。陰キャだから、女子の顔を見れないだけ。覚えてないんじゃない。そもそも見てない。直視できない。
「ごめん、俺こんなだろ?」
「こんな?」
「えっと、その……陰キャというか、いや陰キャだ、うん。女子の顔。見れないんだ」
「えっと……?」
「あの……その恥ずかしいって言うか」
そうなんだ……意外。そう中八木さんは呟いた。
「あっ、でも今は話せてるよね?」
「えっと、それは中八木さんが話してくれるからで、その……実際はまだ」
「まだ?」
「がんばって話してる。その恥ずかしいのは、ある。でも……」
「でも?」
中八木さんの短い質問が続く。相変わらず、しどろもどろでキモくないだろうか。
「えっと、その……見たかったから」
「見たかった?」
うぅ……質問は続く。きょとんとした顔。悪気は全然ない。でも、柚香は慣れてるし、先輩は武士みたいだし。でも、中八木さんは普通の女子。相変わらず緊張するのは変わらない。
「コスプレ。見たかった。その写真可愛かったから。生で見たかった。目的、キモいなぁ、俺」
余計なことを付け加えた! どうする「うん」って短く答えられたら? ダメだ、もうダメだ。ここは壁を叩いてシュン兄さんに助けてもらおう。
『ドンドンドン〜〜!』
あれ? シュン兄さんへのヘルプの壁ドンドン。俺じゃない。壁を叩いたのは――
「ど、どうした、泰弘!? 限界か? 限界だよな、よく頑張った! 悪かった、こんな妹、お前ひとりに押し付けて、スマン……ん?」
壁を叩く合図と共に飛び込んできてくれたシュン兄さん。しかし壁を叩いたのは――
「私! 私が叩いたの」
「なんでお前が? もしや、エロいこと……? でかした、泰弘! これでお前は名実ともに弟だ‼ しかし、那奈どうした、腰抜けたのか?」
中八木さんは自分のベッドに顔を埋めたまま、ブルンブルンと首を振って、腰が抜けたようにアヒル座り。
「だって、林崎君、私のこと何回も可愛いって……シュン兄、私もうムリ……倒れそう」
そう言って中八木さんは空気の抜けた風船みたく、しぼんだ。それを見たシュン兄さんは呟く。
「泰弘。妹の女子な感じなところ。思ってる以上に辛いんだぞ、兄としては」
そう言って去っていった。去り際に――
「でも、なんか……ありがとな」
シュン兄さんは片手をかっこよく上げて、出ていった。なんか、かっけー!
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