第22話

 昼休みは、あっという間にやってきた。反省したのか、きのうみたいな柚香ゆずかの熱視線はなかった。

 そして今、ここは『2-C』の教室前。

 藤江先輩と滝の茶屋先輩、そして藤江先輩の――元カレ、江井ヶ島えいがしま先輩の教室でもある。


 そんな『2-C』の前でスタンバイしてるのは、私、林崎はやしざき泰弘やすひろ伊保いほ柚香ゆずか。今からするのは、幼馴染がしでかした『ニセ寝取られ疑惑』の釈明しゃくめい漫才。

 陰キャには荷が重いが、先輩に会いに来るたび、気まずいのは嫌だ。


 そんなワケで――


 ***

「どうも~~さあ、今日も始まりました、えぇ、わたくしご存じ『1年生きっての寝取られボーイ、林崎恭弘』と――」


「私『1年生きっての寝取られたガール、伊保柚香』です! 元気出していきましょうって、、なにいきなり元気ない感じ? 気張っていかな、どうしたの?」


「いや、どうしたもこうしたもない。俺、入学早々、彼女寝取られまして」


「そりゃ大変! って、もしかして、その彼女って? なんか照れるなぁ~~テレテレ」


「いや、君。照れてる場合じゃないで、君が彼女ってことは、寝取られたのは君違うの?」


「えっ?」


「なんで『えっ?』になる? いや、なに自分だけ乗り切った感じ出してるの?」 


「だって、過去は過去。振り向いてもしょうがないでしょ、ほら前を向いて、ふたりの愛を育まないと!」


 そこで藤江先輩と目が合った。滝の茶屋先輩は興味津々。どこからか現れた中八木さんと藤江先輩はダブルジト目。

 なにキャッキャウフフしてんだ、こいつらみたいな。


 いや、これには理由がある。意味なくいきなり漫才を始めたんじゃない。柚香。伝統的にといっていいほど、これまで色々ヤラカシて来た。

 前にも言ったが、本気で怒られると打たれ弱い。それこそお豆腐メンタル。しかもおぼろ豆腐級の柔らか仕様。


 そこで幼い俺が思いついたのが、柚香のやらかしたことをネタに漫才をして、許してもらう感じだ。まぁ、身内限定だったんだが、今日までは。


 笑って許して、水に流してもらう。そんな意図もあるが、目的はそこじゃない。事前に先輩に相談してないのは、止められるから。

 でも、この場にいて貰わないと意味が半減してしまうので、昼休み教室にいるようにお願いしていた。


 あとひとり――江井ヶ島先輩。サッカー部のエースで先輩の元カレ。彼がいないと、目的のほとんどが失われる。

 幸い、いる。微妙に、驚いた顔して。そりゃそうだ。


「いや、愛を育むって、君。それ虫が良すぎん? 第一、君のお相手が承知せーへんでしょ?」


「ん~~、大丈夫」


「いや、それ君基準な? 俺的には納得してないし、お相手――なんて名前?」


「江井ヶ島先輩。江井ヶ島とおる先輩――ぽっ」


「何いまの『ぽッ』は? れてない?」


「そ、そ、そ、そ、そんなことナイヨ?」


「なぜ片言かたこと? 別にいいけど」


「別によくなくない?」


「いや、どっち?」


「よくない! そういうとこ直さないとだよ、泰弘は! そもそも君さ、私のことどー思ってんの?」


「どうって、幼馴染で従兄妹」


 従兄妹という言葉に教室はざわついた。従兄妹で付き合ってたということに、違和感があるのだろうけど、世間一般の付き合うと、俺たちの付き合うは開きがある。


 どうせ彼女出来ないんでしょ、私も彼氏とか面倒だし、告白されて断る口実になるし、一応付き合わない?

 家、隣だし、どーせ泰弘このまま誰も出来ないんでしょ。その時は結婚してあげても、いいんだからね?


 こんな感じ。

 俺は告白除けの御札か。確かに柚香はモテる。俺の御札効果も実はたいしたことがない。


「そ、そんなトップシークレット、この場でバラさなくてもいいでしょ?」


「いや、寝取られたこと全校単位でバラされてますけど?」


 ようやくこれが漫才だと気付いた『2-C』の先輩方。エンタメを見る目線に変わってた。


「いや、言ったよね。ここだけの話だけど」


? まあまあ人いますが?」


「細かいこと言わない、伯母さんに言いつけるわよ? あと、マザコンバラすわよ?」


 滝汗。

 いや、もうそれ覆水盆ふくすいぼんに返らずだからな。

 お前だってファザコンだろ、と思いながら目的はの方じゃない。


「――で、なに? ここだけの話って」


「実は、あの寝取られたって話なんだけど……」


「いや、そういうドロドロした話聞きたくないんだけど。家となりだし、法事で会うだろ? 従兄妹なんだから?」


「従兄妹は内緒! あと、法事以外もう会わない気⁉」


おおむね。わかった! 聞くからにらむなよ!」


「寝取られの根拠こんきょは?」


「今更ですか? いや、ラブホ入るの見ましたが、この目で! ね? 先輩見ましたよね?」


 ここでいきなり藤江先輩に話を振る。もちろん打ち合わせなし。先輩は戸惑いながらも答えた。


「あぁ、残念ながら私も見た」


「あの、君たちしつこくない? 説明したでしょ? あれは見られたんじゃなくて、見せたの! ですよね、江井ヶ島先輩?」


 俺のアドリブを真似た柚香は同じように江井ヶ島先輩に話を振る。


「あぁ……まぁ、そうだな」


「ほら!」


「いや何が『ほら!』なんだ? なに勝ちほこってる? 皆さん、どう思います? いい歳こいた高校生のふたりが、ラブホの料金パネルだけ見て『案外高いですねー』『そうだねー』で帰って来たなんて、誰が信じます?」


「そりゃ無理だ、私なら入る(笑)」


 滝の茶屋先輩、アドリブには感謝なんですが、副風紀委員長にもっとも近い人物なんですよね? しかも、こっちからしか見えませんが、藤江先輩に対する熱い眼差し――やめて貰っていいですか? 教室ですから。


「そもそも論――なんだけど、君が悪いんだからね?」


「俺のどこが悪い、陰キャだから? 泣くぞ?」


 失笑が起きる。陰キャの社会的地位の低さが身に染みる。


「そういう、陰キャの部分も含めて好き」


 中八木さん。あからさまに机蹴らないで。あと、当たっただけみたいな演技もいりません。なに、君たちどういう繋がりで仲悪いの?


「みなさん、聞いてください。このド陰キャ、酷いんですよ。私が、ガード下げてるにも関わらず、手すら握りません! 具体的にはボタンなんですけど、4つも開けて部屋に行くんです、でもなんて言うと思います?『お前、だらしねぇなぁーそんなんじゃ、嫁の貰い手が無ぇぞ』ですよ、いや、お前貰えよ、そのための口実作ってんだって。あと、なんかモラハラ」


 モラハラ関係ありますか? それと、藤江先輩? 宙に浮かせた机、どうする気です? 投げませんよね? そんな怪力お姉さんじゃないですよね?

 滝の茶屋先輩、笑ってないでそこは止めよう。


「あと、藤江先輩も悪いんですよ?」


「私が? 私のどこが悪いというのだ」


です『私は間違ってない、私こそ正義』みたいな彼女、手出せます? なんかしようとしたら正座させられそうですよね、江井ヶ島先輩?」


「まぁ……そうだな」


 そうか、江井ヶ島先輩は真面目なんだ。江井ヶ島先輩の目には藤江先輩はガードが超絶硬い系女子にしか映ってない。

 江井ヶ島先輩。悪いですが、たぶんポンコツ女子ですよ?

 いじり放題ですけど……


「前に、この件は林崎に説明された。にわかには信じられん。もし仮に信じて欲しいなら、自分の言葉で説明すべきだろ。林崎は自分になんの得にもならないのに――透をかばうような言葉を重ねる。林崎、君は私に元さやに戻れと言うのか? 私は君の邪魔をしているのか? 教えてほしい」


 先輩の性格を考えると、こうなるよなぁ……















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