第19話

「何を突っ立っているんだ、林崎。ここに来て座れ。遠慮はいらん」


 相変わらずの武士。

 いくら美人でりんとしてて、カッコよくて――需要あるのか? まぁ、俺的はこんなにしっかりしてて、ポンコツなんて需要しかない。

 いや、待てよ。つまりそこか。この男まさりの立ち振舞が、女子の女子な部分に刺さるわけか。

 中八木さんも、そっちじゃないと言っておきながら、ざわつくと言ってた。それって強引に先輩が迫ったら……


「先輩」

「なんだ、林崎?」

「試しに中八木さんにせまってください。そうですね、ここはベタに壁ドンで」

 中八木さんが「コイツマジか…」みたいな顔で俺を見るが、これはあくまでも興味であり、実験。そして素直な先輩は首を傾げながらも、俺の言葉通り動く。


「迫れと言われてもなぁ……こんな感じか?」

「ちょ、い、委員長! 林崎君!? 君って子は――」

那奈なな

「は、はい……」

「ちょっと、静かにしろ」

 なんか先輩、めちゃくちゃ男前。注文してない、あごクイまでしてくれた。


「い、委員長、私――

 もう、見てられない。中八木さん「前から」ってなに? 顔真っ赤な上に、目閉じてますが? キス顔ですが?

 そして先輩迫真はくしんの壁ドン。


 ***

「林崎。これでよかったのか? なんか意味あるのか、これに」

 意味はどうかわかりませんが、眼福でした。はい。学年で6番目に可愛い中八木さんのキス顔見れただけで、今年は乗り切れそうです。


「ちょ、ちょっと林崎君」

 風紀委員室の隅に中八木さんにちょいちょいと呼ばれた。怒られるやつだ。それは仕方ない。それくらいのことはした。


「ごめんね、なんか急に。先輩の人気確かめたくって」

「それはいいんだけど、その――」

 ハンカチで額の汗を押さえるように拭う中八木さん。


「なんか、!」

 真顔でお礼を言われた。まずい、これはなんか、とんでもない扉のカギを壊した予感。この実験は失敗だ。しかも取り返しのつかない失敗をしたような気もする。

 後は若いふたりに任せて帰るか……


「それにしても、意外だな」

 ここで助け舟。先輩が話題を振ってくれる。


「何がですか?」

「いや、君があの中八木兄と交流があるとは」

 先輩と中八木さんは中学の先輩後輩。そうなると、シュン兄さんは自然先輩と同級生。

「先輩はシュン兄さんと仲いいんですか?」


「これまた意外だ。君らは『シュン兄さん』と呼ぶ間柄なのか。アイツ、人を寄せつけないだろ? 悪いやつではないが」

 いやそれはどうでしょう。出会って2秒で「弟よ!」と肩を抱かれましたが。この場合の抱かれるってそういう意味じゃないですからね?

 百合の上にBLと来たら色々渋滞するんで、一応。


「いや、ちょっとした頼まれ事をされてから、それからですかね、うん」

 あんなのを見せられた後なので、なんか変な言い訳をしてしまう。百合があるなら、BLもあるなんて思われるかも、いや思われんか。先輩は基本にぶちんだ。


! きょ、今日、林崎君、シュン兄と約束してたよねぇ? してた、よね?」

 急に閃いたみたいな顔した中八木さん。そこからなんか、めちゃくちゃ押してくるんだけど……ブツを持ち出したいのはわかるけど。

 ちょっと意地悪をする。


「そんな約束してたかなぁ――」

! してました! ほら、カメラの使い方わかんないなぁーじゃあ俺教えてやるよ、家に来いよ! みたいな? ほら、シュン兄から借りてるカメラバッグ持ってシュン兄宅へゴー!」


「シュン兄宅ってお前の家だろ、那奈なな(笑)」

 微笑ましそうに目を細めて笑う先輩。なんか、言われてみたら確かに尊い。その尊さにあてられたのか、中八木さんは、急に罪悪感の波にさらわれた。

 先輩に見えないように俺の背中をツンツンする。


 もう、この子。

 やたらツンツンするけど、やめてね。そういうの陰キャは「こいつ完全に俺に気があるから」って心のなかでドヤり出すよ?

 あと、完全に勘違いさせてるからな。もう恋のルーレットグルングルン回ってるぞ。


「どうしたの?」

「うん、罪悪感が半端ない」

 ふるふるとした目で俺を見る。これ完全に壁ドン効果だ。恋する乙女だ。風紀委員室に、女子2名、男子1名いるにもかかわらず、女子2人の恋が始まろうとしていた。


 しょうがないなぁ。ここは陰キャが陰キャである特性を活かしてやろう。つまり、君やっぱ陰キャだわ、みたいな決めつけられたイメージを使おう。そう、空気読めない感じの例のやつ。


「先輩。実は俺、嘘をついてました」


「林崎君!? い、委員長! 私もです!」

 いや、恋する乙女‼ 君もゲロったら意味ないじゃん! 陰キャの活躍の舞台奪わないで‼

「どういうことだ?」

「「実は……」」


 ***

「ふむ。ではアレか。那奈ななが校則にを校内に持ち込んだと。それをバレないように林崎が隠してやったと言うわけか?」

 おおむね合ってる。


 ただ、より正確に言うなら校則に触れるのではなく、中八木さんの人生の危機に触れるような物品だと付け加えよう。

「一応、私もこの風紀委員室のロッカーの使用を許可した手前、まったく責任がないわけではない。なので、一応確認だけしておこうか」


「!?」

 中八木さんは何か生き物が踏み潰されるような声を出した。

「どーせたいしたもんじゃないんだろ、ほんのちょっとエッチなマンガとか。その程度なら私が注意したということで、無罪放免だ」


 ちょっとエッチ?


 俺は中八木さんと向かい合う。そして合図したように首を振った。エッチでは収まらないです。あの尻尾。割と上級者向けです!

 ふたりとも背中に滝のような汗を流しながら、遠くから聞こえる吹奏楽の音色を聴いていた。















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