第17話

「林崎君、ど、ど、ど、ど、どうしよ⁉」

 事の重大さに気付いた中八木さん。目に見えるくらい手が震えてる。


「こっそり捨てる?」

「学校のゴミ箱に⁉ それこそ見つかったら大問題だよ‼」

 それもそうか。

「しかも!」

「なに?」

「5限目、体育‼」

「あっ!」

 いわくつきの尻尾から離れないといけない。かばんを誰かに、荒らされることは考えにくいけど、かばんを間違うなんてことはある。


 そして出てきたのが、いわくつきの尻尾となると――

 大問題だ‼


「風紀委員室は? 一時的に隠すってのは?」

「ダメ。この時間は藤江委員長いるし。結構見てるから、こんな挙動不審な私で行ったらそれこそバレバレ」


「中八木さん、ひとまず落ち着こう。ここは逆転の発想で行こう」

「逆転の発想?」

「いっそのこと、尻尾?」

「どうしてそうなるの⁉」

 素で返された。場をなごまそうとしただけなのに、本気のジト目が来た。


「俺が預かるよ」

「でも!」

「ほら、どうせ現状俺は陰キャで、1年生きっての寝取られボーイだろ。もしバレても――思い詰めてんだなぁ、なんか可哀そうだなぁ……とかになんない? それに清純派の中八木さんが持っててバレるより、全然ダメージ低いって」


 ホントにそうだろうか。いや、この場合俺が見つかったら、回復できないくらいのダメージを被る。

 中八木さんより2ミリくらいマシだろ、その程度。案がないわけじゃない。


「シュン兄さんには悪いけど、このかばんに隠す。最悪バレてもレンズ拭くヤツって言いとおす。中八木さんの名前は出さないから安心して」

 俺はそう言って屋上を離れようとした。押し問答はあったものの、時間がない。


「あの、林崎君。その……ごめん。正直助かる。ありがと。えっとね、その……今聞くことじゃないかもだけど、伊保いほさんとの復縁ってあるの?」


 ん? 確かに今聞くことじゃない気がする。

「いや、せっかくだし、なんていうか、自由を満喫まんきつしようかと。家となりだから、まったく無視は出来ないけど」

 従兄妹だという説明する時間はない。いわくつきの尻尾を隠さないと。


 今度こそ立ち去ろうとしたが、またまた呼び止められた。

「林崎君って、彼女いたり?」

「しない。寝取られホヤホヤなんだけど」

 藤江先輩の顔が浮かんだ。お互いの家まで行き来したが。


 どうなんだろ。寝取られあんなことがあったから、先輩的には一時的に共闘してるだけだとしたら、勘違いして熱を上げたら痛い目にあう。先輩が言ってくれる「好き」は額面どおりの「好き」なんだろうか。


「特にいないかな」

 だいたい、中八木さんが俺的ランキングで学年6番目に可愛いのに対して、先輩――藤江先輩は学園のマドンナ的立ち位置。

 いま、会話を交わしたり、俺の部屋に来てるのは――妄想?


 一瞬――ほんの一瞬。学園のマドンナというワードの時、柚香ゆずかの顔が浮かんだのは気の迷いだ。


 ***

 その頃。風紀委員会室。元教科準備室から物置を経て、風紀委員室になった少し埃っぽい部屋にせわしなく、ある音が鳴り響いていた。


 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……


 音は似ているがキーボードを叩く音ではない。ノック式ボールペンを落ち着きなくカチカチし続けている音。

 この部屋の主の風紀委員長藤江ふじえ伊澄いずみだった。


 言うまでもなく、落ち着かない。理由は明白。

 昼休みに、彼女の後輩中八木なかやぎ那奈ななと――林崎はやしざき泰弘やすひろが一緒にいるとこを目撃していた。


 最初は――彼女の元カレ、江井ヶ島えいがしまとおるから中八木那奈を守るためだと思った。

 ちなみに守るというからには、元カレ、江井ヶ島透によるなんらかの危害から、という意味だが、それは完全に伊澄の妄想だった。


 それが妄想なのも、実は薄々わかっていたが、残念ながら彼女は竹を割ったような性格。白か黒しかない。

 そして寝取り疑惑のある透が彼女からしたら、黒なのだ。


 そして今回の寝取られの一件で、林崎泰弘は同じ傷みを持つ者同士。

 信用してる後輩――中八木とはいえ、心配なのだ。また寝取られるのではないかと。気が気じゃない。


 だって、林崎、優しいもん。


 そんな乙女な一面もあった。


 実際のところ、透の場合も、泰弘の元カノ柚香の策略に乗せられただけで、寝取りは成立してないし、泰弘も急に親しくなったからとはいえ、付き合ってるとかじゃない。


 しかし、残念女子、藤江伊澄は思い立ったら前しか見えない。今現在、泰弘しか見えてない。見えてないのだけど、その事に自分自身気付いてない。

 漠然とざわざわする。それが手の内にあるボールペンの連打に現れていた。


「先輩、ちょっとお願いが……」

 弾けるように椅子から立ち上がり、いつもより高いトーンで返事をした。


「な、なんだ、林崎じゃないか、どうした、早いじゃないか。もういいのか?」

「早い……もういい?」

「いや、でもない」

 おおよそ隠し事が出来ない上に、好きという好意の対象にはチョロすぎる反応。幸い、相手の泰弘もなかなかの鈍感。絶妙なバランスが保たれていた。


「先輩、実は折り入ってお願いが」

だ?」

 別に後輩、中八木に対抗してネコ科を演じてる訳じゃない。つい林崎に話掛けられると、甘えた声を出してしまう。


「先輩。中八木さんのお兄さん、知ってます?」

「ん? 写真部の中八木兄か? 知ってる。中学同じだった。ヤツがどうした?」

「実はあることで、しまして。カメラを貸してもらったんですが、貴重品じゃないですか」


「この部屋に保管したいのか? 構わんぞ。責任もって施錠せじょうしよう。なんならロッカーを使えばいい」

「いいんですか?」

「あぁ、そうだな、条件がある」

「条件?」

「そうだ、現状副風紀委員長が空座なのだ。君がその席を埋めてくれるなら……いや、スマン。戯言ざれごとだ。忘れてくれ」

「空座……俺でいいなら別に構いませんよ、どうせ暇だし」

「本当か⁉ それうれし……助かる」

 期せずして、伊澄は泰弘との『公的な』時間を得ることになる。












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