第16話

「お兄さんなの?」

 緊張でガチガチに固まった体。首だけ横に向けて中八木さんに聞く。


「はい。気軽に『シュン兄』と呼んであげてください。そういうの喜ぶタイプなんで」

 中八木さんいわく『シュン兄』は兄妹揃って忠犬顔で俺を見る。なに、この状況?


「えっと、シュン兄さん?」

「なんだ、弟よ」

 いや、弟じゃないです。なに、この展開早すぎる昼休み。ちょっと置き去りなんだけど。


 とりあえず、質問だ。

「あの……シュン兄さん。たくすって、どういう」

「ん? あぁ、そこな。ここではなんだから、ちょっと来て」

 俺は謎の中八木さんのお兄さん、通称(?)シュン兄さんに連れられ、中八木さんから数メートル離れた。


「それは那奈ななのスマホか。ちょうどいい。貸して――この写真、どう思う?」

 目元ピースな犬耳中八木さん。控えめに言ってもかわいい。


「かわいいと思います。お世辞抜きで」

「そっか、うん。そんな君に質問なんだが、これを兄の気持ちわかるか?」

 あ……これお兄さんが撮影させられてるんだ。この言い回し、嫌なんだろうなぁ。でも、なんかコメントし辛い。ここは無難に逃げよう。


「いや、俺は妹いないんで」

「それはうらやましい。お姉さんは? なんならお母さんでもいい。こんなメス顔した身内の写真撮るの辛いと思わないか? 思うよな!」

 むち打ちになりそうな勢いで肩を揺らされる。姉さんはともかく、お母さんがこれか……


「辛いですね」

「だよな! さすがは弟! うん、もし仮にウチの親父が君たちの交際を反対しても、俺は身をていして応援することを誓おう」

 いや、交際自体してませんが。


「その代わり、俺を助けてくれ、頼む! 君にしかお願いできない深刻な問題なんだ」

 うん、どうしよう。とんでもない問題に巻き込まれそうな予感しかしない。遠くから見守る中八木妹。目が合うと写真と同じように目元ピース。かわいいじゃねえか……


 でも、それ今必要なのかな? 学年6番目に可愛い女子の目元ピース。陰キャには過ぎた光。目がくらんでしまうが、そらすことが出来ない。


 一応。そう、一応話だけ聞こう。決して下心があるワケじゃない。


 ***

「要は俺に妹さんのコスプレ撮影をしろと?」

 おがむように、シュン兄さんに頼まれた内容を要約するとこうだ。


「理解が早くて助かる。もし君が快諾かいだくしてくれるなら、兄だから知りる、とっておき情報を提供するが、どうだ。ちなみにこの特典は今から30分以内に限ります」


 30分以内って、通販番組か? しかし困った。通販番組同様、お得な匂いがプンプンする。


 兄でしか知りえない情報……食べ物の好みとか、趣味、好きな映画とか? 確かに陰キャな俺にとって会話の切り口にはなる。陰キャにとって沈黙ほど怖いものはない。

 それに、生で中八木さんの犬耳メイドコスを見れるだけでも特典だ。

 生メイドコスなんて見たことがない。それが同級生。しかも学年で6番目に可愛いとなると……捨てがたい。


「うまく撮れるかわかりませんが」

「そうか、弟よ! 受けてくれるか! ならこの機材を君に」

「これは?」

 シュン兄さんから差し出されたのは黒のサイドバッグ。


「これはカメラだ。気にするな、俺の予備機だ。悲しいことに、なんの因果か俺は写真部なんだ」

 寂しそうな目でシュン兄さんは遠くを見る。

 それほど妹のメス顔がキツかったんだ。つまり特典というのはこのカメラのことか。貸してやるから自由に使っていい、ってことかな?


「ここだけの話。那奈ななめられるのに弱い」

 知ってます。なんてったって藤江先輩の後輩ですから、そこそこちょろいのは想像できる。


「そこそこ褒めたら、くらいいけるんじゃないか。悪用厳禁な?」

 いや、悪用しか出来ない情報では? 待てよ、30分以内の特典ってまさか⁉ 兄として教えていい情報じゃないですよね⁉


「そんなわけで、泰弘やすひろ。妹の未来は。カメラの使い方がわからなかったらいつでも写真部に来てくれ!」


 シュタ!

 みたいに手を挙げ颯爽さっそうとシュン兄さんは立ち去った。これ明らかに厄介払いだよな。

 だけど、中八木さんの生メイド姿は捨てがたい。厄介事の匂いはするが背に腹は代えられない。

 中八木那奈ななさんに直接オッケーの返事をしようと彼女のそばに戻る。


「林崎君。ちょっとスマホ」

 預かったままのスマホを返すと「これなんだけど」とある写真を俺に見せた。


「えっとね、実はこのメイド服と犬耳。自作なの」


「ホントに? すごい完成度じゃない」

「うん、がんばったんだ。えっと作り方の本とか型紙売ってるから」

 それにしても、これは凄い。それでか。中八木さんの指には無数の絆創膏ばんそうこう

 メイド服を作った時にケガしたんだ。好きなことにこんなに没頭する姿勢に感動すらする。


「でもね、尻尾だけは何回作っても納得できる物が作れなくて」

「そうなんだ。難しいの?」

「うん。でね、尻尾は市販品にしたんだけど」

 そこで中八木さんは首を傾げた。


「どうしたの?」

「うん、購入したんだ通販サイト『ミシシッピー』で。でも取り付け方がわからなくて」


 通販サイト『ミシシッピー』

 幼馴染で従兄妹の柚香ゆずかの親友のタルミンこと、垂水たるみ友里ゆりが先日、使う予定もないのに、ゴム的な何か買って、柚香に与えた例の通販サイト。

 なんとなく嫌な予感しかしない。


「これなんだけど」

 気楽な感じに、中八木さんは持ってたトートバッグから、そのいわくつきサイトで購入した尻尾を取り出した。


 見た瞬間――これ、ダメなヤツじゃないか? そう思ったが、言えない。


「これなんだけど、感じなんだけど、差し込んだらいいかわからなくて。林崎君ならわかる?」


「ははっ、に差し込む感じだよな、確かに」

 滝汗。いや、これ少なくとも風紀委員が学校に持って来ちゃダメなヤツだ。少なくとも、中八木さんが所持しちゃダメなやつです!

 あと、中八木さんがダメなやつだから!


「わかんないか。じゃあ、委員長に聞いてみようかなぁ」

「委員長⁉ まさか、藤江先輩⁉」

「うん。委員長意外に物知りなの」

 ごめん、仮に藤江先輩が物知りでもたぶん知らないし、お願い知らないでいて欲しい!


「ふ、藤江先輩は知らないんじゃないかなぁ……コスプレとかうとそうだし」

「それもそうか。それに委員長にはコスプレのこと言ってないんだぁ」

 嫌な予感が走る。もしや第一被害者が既にいるのかも……


「それお兄さん、シュン兄さんには聞いたの?」

「うん。なんか苦虫つぶしたような顔して『知らん!』って。ああ見えて家じゃ、ぶっきらぼうなんだよ」


 シュン兄さんを、ぶっきらぼうにしたのは、中八木さんだからね?

 つまり、シュン兄さんは、この尻尾の装着そうちゃく方法を何となく知ってたわけか。ということは、たぶん俺の考えは正しい。

 でも、それをどうやって伝えたらいい? 知らないフリをするか?


「林崎君が知らないなら、クラスで聞こうかなぁ」


「えっ?」

 めちゃくちゃ不穏なことを口ずさむ。

「いや、それはやめた方が……ほら、中八木さん、風紀委員じゃない?」

「そっか、だよね。不必要な物を持って来ちゃダメだもんね」

 そうそう、不必要にも程があるけどね。

「じゃあ、風紀委員の委員会で聞こうかなぁ」

 それ、ダメー‼ 絶対の絶対にダメー‼ 場の空気凍るから!


 探求心があり過ぎる。中八木さんはきっとこの尻尾を手に「これどうやって付けるのかなぁ」なんて聞くだろう。

 もし、間違った相手に聞いて「じゃあ教えてあげるから」なんてことになったら、どーすんだ⁉


 ビンタだな。うん。ビンタ覚悟で真実を言おう。ダメな人に付け方実践じっせんされるより、俺がビンタされる方がいい。

 出来たら往復ビンタは嫌だ。


「実はね、中八木さん。その尻尾ってお尻に付けるんだよ」

「まぁ、そうね。尻尾だもんね」

 そうじゃない。そうなんだけど、そうじゃないんだ。踏み込むか、踏み込むしかない。


「じゃなくて、実質的に――お尻に付けるんだと思う」

 中八木さんは手を組んで、きれいな形のあごに手を当てて体を少し傾けて考えた。


「実質的……実質的? ん? 実質的⁉」


 ボフッ‼

 中八木さんは爆発音と共に、顔中真っ赤に染めた。よかった。一応伝わったみたいだ。後はビンタを待つだけ――なかなか来ないけど、力溜めてる感じなのかなぁ……奥歯、折れたりしないだろうか。


 それにしても遅い。薄目を開けると中八木さんは真っ赤な顔のまま、フルフルしてた。怯える俺を見てハテナ顔なので、ビンタ待ちだと告げた。


「どうしてそうなるのよ。危うく私史上最悪の黒歴史になる所だった――」

 そう言って中八木さんは俺の手の甲に、ツンと触れた。








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