第14話

 泰弘視点。


 週末先輩と過ごして迎えた月曜日の朝。玄関先には当たり前のように柚香ゆずかが待っていた。


「おい、まさか、一緒に登校するつもりじゃないだろうな」

「なんで? 誤解も解けたし。なんていうの? 雨降って地固まる? だいたいさぁ、元はと言えば泰弘が悪い」


「なんでだよ」

「わからない? 最初っから私の気持ち、受け止めてくれたらよかったのよ」

 コイツの言う『私の気持ち』とは具体的に手を出せということ。


ぜん食わぬは男の恥』という言葉がある。


 ようは女性からの誘いは応じないと恥だぞ、みたいなヤツ。よく知らんが。いや、大前提、俺、陰キャだからハードル高いちゅーの。

 しかし、口ではどうあがいても、コイツに勝てない。なので事実を淡々と述べる。


「お前さぁ……あんだけのこと全校生徒にやらかしたんだろ?『寝取られました私』みたいな。俺にどーしろっての」

「大丈夫、大丈夫。人の噂も七十五日。もっとポジティブに受け止めな?『あんなことがあってもオッケーなの!? 林崎うつわでけぇな!』感動した! みたいな称賛しょうさんの嵐。まさに全米が泣いた大作戦!」


 あっ、やっぱ口では勝てんわ。わかってた。そんな訳で我が家の最終兵器――先生、どうぞ。


「あらあら、ダメよ。柚ちゃん、そんないつまでも追いかけちゃあ、柚ちゃんも早く――見つけないとだね?」

 玄関先で膝から崩れる柚香をお母さんに任せ、俺は自転車で学校へ向かった。


 ***

「あっ、おはようだ!」

 学校の近く。

 ほんの少し見知った顔に出会ったので、思い切って自転車を降り、声を掛けた。陰キャ脱却大作戦の橋頭保きょうとうほにと。それが例え小さな一歩だったとしても。

 そして俺は秒で後悔した。


「――あの……中八木なかやぎさんだよね?」

「そうだ、どうかしたかだ?」

 どうしよ、な女子の知り合いの中八木那奈ななさんが、いきなり語尾がワンになってる。


「その……なんかな語尾だけど、なんかあったの?」


「……ん? んん? んんんんんんん⁉ 林崎くん‼」

「は、はい……林崎ですが。な、なんでしょうか


「いま、イジった? 私の自己同一性アイデンティティ……バカにした?」


「いや、バカにはしてない。強いて言うなら……せた?」

「寄せて……くれたの⁉ もしや⁉」

 自転車を押しながら、並んで歩く俺の手を両手でつかんでブルンブルンと振る。見たことある。痴漢の現行犯捕まえた時やるヤツだ。

 一応言うが中八木さんのお尻はまだ触ってない。この冤罪えんざい。どう言い逃れるか考えてた俺に中八木さんは――


「同士林崎‼ 昼休み、屋上に来いや!」

 昼休み風紀委員の呼び出された。なんでだ?


 ***

 四六時中。教室内で柚香がチラ見してくる。柚香の視線につられてその都度、何人か俺の方を見るクラスメイト。

 はっきり言って居心地は最悪だ。柚香のヤツが何がしたいって、答えは簡単。


『私、こんなに気にかけてるのよビーム』みたいなやつ。それをえてクラスメイトの前でやって、なし崩し感を出す。

 アレ、あのふたり、元さや? みたいな? そんな空気を絶賛構築中なんだろうが、間に合ってます。


 しかし、困ったワン。今から中八木さんの呼び出しに応じて、屋上に向うワケたが……

 何か怒らせたんだろうかワン。いや明らかに語尾を真似たのが、気に入らないのだろうワン。


 しかし、スルーも出来んだろ、あのタイミングで。まぁ、平謝りは陰キャのスキルのひとつだ。なんとかなるだろ。


「どこ行くの? お昼。一緒しようよ」

 またまた柚香だ。どの口が言う? 策士柚香の奔走。朝からたったこれだけの短時間で、クラスの空気が「なんかふたり、ワンチャンあるんじゃね?」になりつつある。


 これ以上噂に燃料を与えたくない。何か適当な言い訳はないか。

 先輩。藤江先輩をダシに使うことを一瞬考えたが、それは人としてどうだろ。

 とはいえ、無言で立ち去るの、噂に変な信憑性しんぴょうせいを持たせないだろうか「あと一押しなんじゃ……」みたいな。


 しかし、ここで言葉に困っていると、それはそれで柚香との復縁を迷っていると取られるかも。

 仕方ない。陰キャスキル最大奥義――急な腹痛を使うか。陰キャ基本的に気が弱い。そのせいで精神的な負担が掛かった際、すぐに胃腸にくる。


 うん。これにしよう。

「悪い。俺ちょっと――」

「なに、用事?」

「いや、用事と言うか……腹――」

 そう言いかけた俺の視界に飛び込んだのが、ダブルピースをした中八木さんだった。

「林崎君。つのる話が山ようにあります! さぁ、お昼屋上でご一緒しましよう!」

 そして俺にだけ聞こえる声で「――だワン」と付け足した。


 まったく意味がわからない。


 ***

 にこやかに泰弘の傍で笑い掛ける中八木那奈なな。そんな彼女を探している人物がいた。

「那奈のヤツ、どうしたんだ。風紀委員室で昼を一緒に食べるといっていたではないか……」

 そう、風紀委員長の藤江伊澄だった。偶然にも並んで歩くふたりを目にしてしまった。


 ぎゅっと胸の前で握りしめられた手。食いしばる唇が白くなる。

 嫉妬。彼女の中に嫉妬の火がついたのかと思いきや――


(さすがは、林崎! とおるの魔の手から私が頼むまでもなく、那菜の身を案じて、傍にいてやってくれてるのだな! なんと、気遣いの行き届いたヤツだ。透とは学年も違う。長い昼休みだけでも目を光らせてくれてたら、私は安心だ)


 よくわからないまま、林崎泰弘の好感度が爆上がりしていた。







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