第13話

「あらあら、三人とも仲よしなのね~~」


 呑気な声でお母さんが飲物を出してくれた。

伯母おばさんの目にはこのが仲よく映るんだ)

 俺の膝をツンツンしながら柚香ゆずかが苦い顔する。残念ながら同意だ。


 さっきから先輩はチラチラ見るし、柚香は一向に帰ろうとしない。スエットに着替えて俺の隣に陣取る。先輩的にはそれも気に入らない。

 何回か場所を変えるのだけど、その都度ついてくる。


「なになに、ゆずちゃん、お兄ちゃん取られたみたいな感じなの?」

 ボフッ!

 柚香は何気ないお母さんのひと言に吐血しながら倒れた。俺と柚香は従兄妹。お母さん同士が双子の姉妹。

 お母さんや叔母さんからしたら、俺達が付き合っているイコール交際とは少しも思ってない。

 お母さんからしたら、柚香が俺のことを誰にも取られたくない、妹的なヤキモチ位にしか思ってない。思春期の一過性のことだと思ってるようだ。いや思春期とすら思ってない幼年期の延長線くらいかも。


 それは叔母さんも変わらない。この姉妹。基本呑気なのだ。だから多少露出が多い格好かっこうで俺の部屋に柚香が出入りしても、暑いのかなぁ〜〜程度の反応。

 柚香があわよくば、なし崩しを狙ってるなんて露ほども思ってないだろう。


 それは柚香が巧みに隠してるとかではない。むしろ、柚香的には自分の気持ちを周りに気付いて欲しい、認知してほしいさでワザとやってる面すらあるが、残念な双子の姉妹は呑気な上に鈍感だった。


 もう、生まれの不幸を呪うしかない。

「ふたりはどうやって知り合ったの?」

 ボフッ!

 柚香本日2度目の吐血。うらめしそうな目で見る。言いたいことはわかる。こんなにも鈍感な母親に対してなんでマザコンなのか。


 いや、別に母親に敏感さを求めてない。それに母親を大事だと言うと、一括ひとくくりにマザコンと呼ばれるのは、どうかと思う。

 別にお父さんと不仲というわけではないし。普通に家族仲がいい。


「そうですねぇ、伊保さんが、でしょうか」

 ボフッ!

 3度目ともなると、命にかかわる。悪気はないのだろうが、先輩が言うように確かに、俺と先輩の仲を取り持ったのは柚香と言えなくもない。

 自らの行動が不本意な方向に向いてしまったので、今回の吐血となった。


「ごめん、伯母さんなんか今日寝不足みたいで、帰るね。邪魔しちゃ悪いし」

「そう? またね〜〜」

 フラフラになった柚香は、心にも無いことを言い残して、戦略的撤退をしていった。ここに居座ってもあるのは誤爆のみ。


 ***

 伊澄視点。


 伊保が去り和やかな空気が訪れた。林崎はこの年齢の男子には珍しく、母親とよく話す。お姉さんといい、仲の良い家族なんだろうことは容易に想像がつく。


 だからこそ、この光景だからこそ私の中の疑念は再燃する。

 そう――やっぱり林崎は人が良すぎる。ここに来る前、うちの近所の一級河川の河川敷で話してくれたこと。


 透が私を振り向かせるための嘘だったという、与太話よたばなし。いや、これは決して林崎を責めているのではない。

 むしろ逆だ。人の良い林崎につけ込んで、うやむやに出来たと思ってないか。


 透。そして伊保。

 ふふっ、残念ながら私はそんなに甘くない。いやむしろここに誓おう。優し過ぎる林崎の心が、これ以上傷つかないように、私がしっかりしないと。

 ここからは仮説なんだが、恐らくあの二人組。はじめは林崎を脅そうとしたのだろう。


 例えば透の所属するサッカー部の連中を使い私を――あんなことや、こんなことではずかしめて、挙げ句抵抗出来なくなったところを思い通りにさせる、みたいな。

 私とてちょっとくらい、えっちなマンガは読む。この展開は、定番中の定番。


 あと、どうしても気をつけないといけないのが、中八木なかやぎ那奈ななのことだ。私のかわいい風紀委員の後輩。

 恐らく那奈ななにも危害を加えることをほのめかしたはず。


 しかし、奴らは卑劣ひれつなことに方向転換をした。それは恐らく奴らが考える以上に林崎が頑強に抵抗したのだろう。

 何が何でも私や那奈ななを守ると宣言したのかも知れない。そしてひるんだ奴らは、次は汚くも林崎を懐柔策かいじゅうさくに出た。


 そう、透が私のことを好きで気が引きたくて、一連の寝取られ騒動を起こしたと捏造ねつぞうしたのだ。

 よく出来ている。

 これなら同時に、伊保の潔白も主張出来るし、何より人の良い林崎をだましやすい。


 きっと「私のこと、そんなに信用出来ないの? きゅるん」みたいな顔して泣き脅しをしたのだろうな!

 従兄妹だし、家も隣。家族同士も仲がいい。まさに、林崎の信じたい気持ちにつけ込む卑劣極まりない策。


 しかし、私も考え過ぎかもと思ったよ。この信じる気持ちにあふれた林崎を見て、自分はいかに小さく、心の狭い人間だろうと反省もしたさ。

 しかし、私が正しい。そう、正しいよと教えてくれたのは、他でもない林崎のお姉さまの言葉だ。


『柚香は信用ならない。弟を頼んだよ』


 そうだ、私は傍にいたくても、いれないお姉さまに、林崎を託されたじゃないか! そうだ、私はこの林崎や、お母さまの笑顔を陰ながら守れる唯一の存在なんだ。

 それを見越してお姉さまは私に……


 なら、私は良い人ぶってる場合じゃない。大丈夫だ。私は手を汚す覚悟ならある。林崎の笑顔を守るのは私だ。

 しかし、真っ向勝負は上手くない。相手は頭のキレる伊保だ。もし、正面切って抵抗しようとするなら、必ず他の手を打ってくるだろう。


 その辺りを考えると透とは完全に距離を取るのではなく、まだ怒ってるくらいの距離を保つのが正解か……


 しかし、問題はある。林崎と負けず劣らず警戒心の低い後輩、那奈なな。あの子を守る方法を考えるのが急務か……

 私はにこやかな表情を浮かべながら、内に闘志を燃やしていた。









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