第12話

「おはよ、やすひろ。私寝ちゃってた――」


「こ、こ、これはどーゆう状況なんだ、説明しろ、林崎! 嘘だと言ってくれ‼」

 お母さんにガチガチに緊張した挨拶を終えた先輩を連れ、自室に。扉を開けた光景に先輩が絶叫する。

 そこには柚香ゆずかが、俺の白い麻のシャツを、前をはだけた感じに着崩きくずし、アヒル座りで白い太ももをあらわにし、あくびしながら伸びをする。


「先輩。すみませんが慣れてください」


「な、慣れる⁉ なにに? この、ただよう、感じにか⁉ お前、まさかのか⁉ 私に会う前に致したのか⁉」

 いたしてないが先輩の焦りもわかる。でも慣れて欲しい。柚香コイツはこういうヤツなんだ。

「あの、この先もし先輩が俺と一緒にいるということは、それはすなわち――」

「即ち?」


「コイツの揺さぶりに耐える日々が始まるということです」


「ど、どういうこと?」

「よく見てください。それとない感じをよそおいながら――」

「装いながら?」

「コイツ、呼吸が乱れてますよね?」


「確かに。しかし、それがどうした?」

「先輩が来るまで寝てたわけです。よだれ垂らして。先輩の声が聞こえてどーでもいい、余計なことひらめいたわけです」

「どんな?」


「こんなあられもない姿でいたら、先輩が叫びながら飛び出すんじゃないか、追い払えるんじゃないか、みたいなことです」

 先輩は疑い深い目で俺と柚香を交互に見る。仕方ないので証拠を提示した。


「先輩、この部屋に入る前。階段を登るとき、なんか聞こえませんでしたか?」

「擬音? あぁ、なんか猫がしっぽ踏まれたような音なら」

「それがこれです」

 そう言って、俺は布団に微妙に隠れた柚香の足をさらした。もちろん、その過程で柚香の白い太ももがよりあらわになる。


「き、君はをしてるのだ⁉ 、まさか私の前でいちゃつく魂胆こんたんか⁉」

 どんな魂胆だ。

 全然違う、かすりもしない。ちょろインの上ポンコツなのか?


「見てください。柚香の足の小指」

「小指……赤くなってる。照れてるのか?」

 なんでだよ、なんで足の指が照れてんだ? まぁ、いい。ポンコツモード時の先輩相手に、真剣にいちいちツッコんでたら、何を話してるかわからなくなる。


「あと、目元」

「ん……眼の淵に涙……さては君はやっぱり力づくで――イテっ! いやスマン。今のは私が悪い」

 思わず「なんでやねん!」と先輩の二の腕を手の甲で軽く叩いた。


「総合的に、どういうこと?」

 ハテナマークを頭の上に浮かべる先輩に、名探偵ばりになぞ解きを披露ひろうする。

柚香コイツ見た目にらず、そそっかしいんです」

「そそっかしい?」

「はい、頭の回転は速いんですが、体がついてこない」

「ふむ」

「先輩が来たことをかんずいた柚香は考えました『どうやったら効果的に藤江先輩をさぶれる』かって。単純な柚香は『エロい恰好かっこうしてたらいいんじゃないの?』と」


「おい待て、いくらなんでも伊保いほ柚香ゆずかは、そこまでのアホではないだろ?」

 柚香は一瞬真顔になってぷーっとふくれた。どうやらそこまでアホだったらしい。

「それと足の指のれと、眼の淵の涙――なんか関係あるのか?」

「はい。どうせ慌てて、俺の服を引きずり出して、着ようとしたんでしょう」

「まさか、その際、足をベッドの端にぶつけたと? いや、そんなバカはいないだろ?」

 チラ見で柚香を見る。真っ赤な顔してそっぽを向く。もちろんふくれて。先輩、そんなバカいました。


「100歩ゆずって、そうだとしてもだ! こ、この姿はエロ過ぎだろ⁉」

 先輩は柚香の姿を頭の先からつま先まで見て抗議する。俺に抗議されてもなぁ……慣れてもらうしかないが、今日は仕方ない。


「先輩、よく見てください。柚香のシャツ」

「前が全開じゃないか! お前はいつも、こんなあられもない姿に悩殺のうさつされてるのか⁉」

 悩殺されてると決めつけないで。


「ボタン4つ外れてます」

「もう完全にポロリ待ったなしだろ⁉」

 先輩、少し黙ろうか? 話が少しも進まない。


「これはコイツが考えた黄金比なんです。つまり見えそうで見えない。しかもちゃーんと中にはキャミ着てます。しかもカップ付き!」


「キャミソールがカップ付きだと、なにかマズいのか?」

 あれ? 賛同が得られない……ここは男子ならいきどおるトコなんだが……

 仕方ないここは男女の温度差ということで。


「それにしても、おパンツ丸出しは、さすがに倫理観りんりかん崩壊してると思うのだが」

 あっ、先輩。まだ柚香相手に倫理観通用すると思ってるんだ……一周回ってなんか先輩はえらい。

「大丈夫です。これ柚香コイツにとってはらしいです。どの辺がその線引きかは本人しか知りませんが――なんかヒラヒラしたのが付いたのは、身内オッケーみたいです」

 すると先輩が柚香に向きを変えた。


「伊保、その質問していいか?」

「なんでしょう、武士先輩」

 先輩はくっと振り向いて「武士って言うの! この子」と情けない顔で抗議した。慣れようね、先輩。そういうヤツだから。


「その……見せパンと聞くが恥ずかしくないのか? その……他の男子やの前でもそうなのか?」

 先輩は知らず知らずのうちに柚香の急所を突いた。人のことマザコンというが、柚香は生粋のお父さん子。つまりはファザコン。

 ベッドから飛び出した柚香に、俺は部屋の端まで連れていかれ、ほぼ壁ドン状態。


(泰弘、この格好、そんなにダメかな、パパ悲しむ?)

(そりゃ、お前。嫁入り前の娘がパンイチはないだろ?)

(でも、泰弘だよ? パパ応援してくれるって……)

(応援はしてくれるかもだけど、パンイチは推奨すいしょうしてないだろ? 今度おじさんに聞こうか?)


(あっ……それダイジョウブですから)

 最終片言かたことの敬語でうな垂れた。

 もちろん、秒で脱ぎ捨てたスエットの下を穿いたのは言うまでもない。やればできる子なんだ。








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