第11話

 伊澄視点。


「ふたりは……知り合い?」

 とおるに、そんな間抜けな質問を朝からされるとは思ってなかった。


「あぁ。透ので私たちは知り合ったわけだ、感謝を言って欲しいか?」

 私は狭量きょうりょう――心が狭いのだろうか。いや、私と付き合っていて、彼氏のいる女子とラブホに行くヤツに寛大かんだいになれという方が無理だ。


 そのラブホに行った伊保ヤツの彼氏が林崎で、私と同じ痛みを抱えていた。同じ痛みを抱えてるのに、寄り添ってくれる。


「林崎君の家に行くと聞いたけど」

 探るように聞く意味が理解できない。苦情なのか? だけど、ラブホにあの伊保と行くヤツにとやかく言われたくない。


 しかし仲裁に入ったのは林崎だった。彼は気を使ってるのだろう。小声で。

(先輩、伝えないといけないことがあります。喧嘩はそれを聞いてから)

 辛そうな声、合わそうとしない視線。

 理解した。君は私に耳障りのいい言葉で透のところに私を返そうとしているのだな。


 どうしてだ。君は少しは私を好いてくれているものと……はっ、まさか、私と釣り合わないなどと君は。

 いや、確かに君はそういう男かも知れない。わかっている。今から君は私に自分といるデメリットをことさら強調するんだろう。


 そしてそんな自分より、一度だけの浮気を許して透といることを勧めようと……

 はっ⁉

 違う、違うぞ! 何という卑劣ひれつな‼ おかしいと思ったんだ、林崎からこんな早朝にメッセージが来るなんて。


 おどされたのか⁉ 伊保柚香経由で透に⁉

 でもなんと言って? 

 ふふっ。考えるまでもないか。私から手を引かないと私に危害を加えるぞ、そんな風に言われたに


 いや、もしやサッカー部の連中を使い私に卑猥ひわいな――


 はっ⁉ それだけじゃない‼ 透、貴様なんてクズなんだ‼ そうか――陰キャを自称する林崎だが気概きがいのある男だ、私ひとりならきっと守れる!


 那奈ななだ。中八木なかやぎ那奈なな。私のかわいい後輩。透は那奈を凌辱りょうじょくすると脅したに違いない……

 体はひとつだ、ふたりは守れない。そうなれば林崎は泣く泣く、那奈を見捨てるだろう。それが彼にとってどれほど辛いことか!


 何という卑劣漢ひれつかん、そこまで落ちたか……これも伊保柚香の色香に迷わされた結果か……

 そんな怒りに体を震わせる私の肩に林崎は添えるように手を置いた。


「すみません、先輩が来るまでに江井ヶ島先輩に余計なことを言ってしまいました」


 なんと、私か来る前にひと悶着もんちゃくあったのか。失礼だが林崎は帰宅部。運動部、しかもサッカー部のエース相手となると、恐ろしくないわけがない。

 それでも、君は私のために、かなわぬまでも一太刀ひとたちでもの精神なのか。

 君は私にどうしろと? これ以上、君を好きだという感情でいっぱいにしろというのか? よし、私はその気持ちに答えよう。


「そんなこと、林崎、君が気にすることではない。とおる――」

「どうした?」

「林崎はとても不器用な男だ。いや、私も変わらない。私は彼に好意を抱いている、それはもう好きでは収まらない――お前はお前の道を選んだんだ。これからは別々の道を歩もう」


 ***

「なんで怒るんだ、私はただこの胸の内を語ったに過ぎない」

 我が家の近くには一級河川が流れていて、その河川敷に私は彼を――林崎を連れて来ていた。

 朝のこの時間帯、ここから見る景色がとても好きだから彼にも見て欲しい。そう思ったのだが――怒ってる。しかもあからさまに。もう拗ねてるに近い。

 ――そういうわかりにくいところも……好き。


「では先輩――先輩、伝えないといけないことがあります。喧嘩はそれを聞いてから――そういいましたよね? 俺」

「まぁ……で、でも……」

「でもじゃありません」

「だって!」

「だってもありません」

「――いじわる」

「はい、俺はいじわるです。だから江井ヶ島先輩の方がいいと思いますよ」


 ***

 泰弘視点。

「それは――ホントのことなのか?」

 柚香から聞いたことを先輩に伝えた。出来るだけ私見を入れずに情報だけつまんで。


「本人はそう言ってます。嘘をついたやつの言うことが、どれくらい信用できるかは別として、こういうこと昔からするヤツなんです」

「そうか……それより驚いたのはふたりが従兄妹だってところだ。その……まるで似てない。見た目というか性格。君の何百分の1でも誠実さというのを分けてやれんもんか」

 先輩は割と真剣に呟いた。言ってる意味はわかる。


「それで君はどうしたい」

「それは俺のセリフですよ、先輩。先輩はどうしたいんです。見ようによっては、江井ヶ島先輩は先輩が好きすぎての嘘なら、水に流すのも手だと思います」


「ん……私のことは……その悪いが決まってる」

「決まってる、ですか?」

「ああ。仮に君が言ってるのが事実だったとして、だからどうなんだ? 私と君はひどく傷付いた。そしてその時に寄り添ってくれたのは君だ。私の今の興味というか、心配事は君が元さやに戻りたがってるかどうかなんだ。もしそうなら」


「そうなら?」

「言わせるのか? それはさみしいし、悲しい。でも……」

「先輩。でもじゃないです」


「でも! でもはでもなんだ! 君が望むなら、そうしてやりたい。でも、なんていうか言葉にできない感情が、そうしたくないと私に言わせようとしている。私は幼き日から聞き分けのいい子と言われてきた。周りはそう見るし、私も出来る限りその期待に応えてきた。でも……」


「先輩。でもじゃないです」

「でもはでもだもん! 君は私に何を言わせたいんだ。駄々をこねさせたいのか? みっともなく、一緒に居たいとせがませたいのか? もし、君が言ったことが――あいつらが言ったこと全部が嘘だったとして、私はひとりで、ひとりぼっちで……どうしたらいいんだ。私は君といたい。うそとか真実なんてどうでもいい。どうか私の願いを聞いてはくれないか」


 朝日が差し込む穏やかな水面。先輩はポロポロと涙を流して、自分がいうように駄々っ子のように俺のシャツの袖を引っ張った。


「俺もです。俺も先輩といたい」

「き、君はズルいぞ!! 君はなんか、ズルい!! 私にはこんなみっともなく、恥ずかしいことを言わせておいて、君からの言葉はそれだけなのか? なんて酷いヤツなんだ、君は私のこの好きだという気持ちを甘く見てないか? うぅ~〜も、もう知らないからな‼」


「先輩?」

「なんだ、なんで君は半笑いなんだ!?」

「先輩みたいな人を世の中ではなんて呼ぶか教えましょうか?」


「どうせまた武士とか、武家の娘とか言うんだろ。さすがの私も君のからかいにはいささ免疫めんえきが出来たから聞いてやろう」

 泣いてスッキリした先輩は不敵な笑顔を浮かべたが次の瞬間、世にも情けない顔した。


「世間では先輩のことちょろインって言うんですよ(笑)」

「ちょろ……!? わ、笑うな! バカ者、私はちょろくなんかないんだからね! もう知らないぞ! あっ、でも知らないぞと額面がくめん通り取らないでくれ……うぅ〜〜っ」

 拗ねた。拗ねた横顔もまたかわいい。






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