第9話

 俺はなんか馬鹿馬鹿しくなって、寝ることにした。この時間外は真っ暗。

 バルコニー側の窓から侵入してきた柚香ゆずかだが、同じルートで追い返すのは少し危ない。玄関から追い返したいものの、家の鍵を持ってきてない。


「狭いけど我慢する」


 それ俺のセリフな? 言ったが俺と柚香は従兄妹。つまりは親戚。だから泊ることに敷居は滅茶苦茶低い。


 柚香がSNSアプリ『まいん』でおばさんにメッセージを送るだけ。陰キャな俺が手を出すなんて1ミリもないという、一族そろっての絶大な信頼感。

 しかも同じベッド使うんだが?


 一応お母さんに、柚香ゆずかが泊まることを言いにリビングに行くも、そんなこといちいち言わなくても、みたいな反応。

 あの、思春期の男女なんだが? が起きてあとで文句言うなよ。いや、起きないけどね!


泰弘やすひろぉー見て見てー」

 部屋に戻ると間の抜けた声で呼ばれた。声の方を見る。


「おま、やっぱラブホ行ってんじゃん」

 口には例のなモノが包装されたまま、怪しげにくわえられていた。


「これ、に貰った。タルミンさぁ『林崎ハヤシンって意外に3つはいるんじゃない?』って3個くれたんだよ? 林崎ハヤシン系評価高め(笑)」


 タルミンこと垂水たるみ友里ゆり。ギャル要素強めの柚香の親友。遊んでる風を装うが、発言の端々から間違った性知識が垣間かいま見える。

 本人は否定してるが――

 明らかに処女ビッチ。しかもギャルっぽい見た目によらず警戒心が強く、門限を守る派だ。ちなみにお父さん大好き。

 中学が同じで柚香とのつながりもあるので、普通に話せる数少ない女子ではある。


 どうせ垂水のことだ。大手通販サイト『ミシシッピー』で怖いもの見たさで買ったんだろ。使い道がないから蛇口から水を入れて水風船にして遊んでそう。


 見た目がかわいいので人気がある。告白も結構されるみたいだが『一昨日おととい来やがれ』を決め台詞で振ることから、物理部を中心とした有志が『一昨日に戻るためのタイムマシン』を研究してるとか、しないとか。


「ところでお前ってさぁ……処女ビッチなの?」

「違うわよ。単なる処〇。私のどこにビッチ感ある? あふれだす清楚せいそオーラ感じるでしょ?」

 清楚と言われ、なぜか中八木なかやぎさんの顔が浮かんだ。清楚オーラは知らんが、今回の自作自演の寝取られ騒動。完全にお前ビッチ枠だけど? 

 それを聞くと――


「君が信じてくれるから……きらん!」

 いや、そういうのいらんから。それにまだ信じてない。

 それにコイツら……大事なことを見誤ってる。いや、頭ではわかってるが取り違えてる。


 先輩のこと。武士だと言っていた。それはある意味当たっている。いや、違う。面で当たっている。


『武士は食わねど高楊枝たかようじ』なる言葉がある。


 言葉の意味は――たとえ貧しくとも気位きぐらいを高く持ち、貧しさを表には出さない。


 みたいな意味だ。

 今回のことで、先輩の元彼が――江井ヶ島先輩が藤江先輩を、振り向かせるためにしたことだとしても、先輩はもう橋を焼いた。


 いや、橋を焼いたからって、対岸から戻る方法はいくらでもある。船を使ったり、それこそ橋をもう一度、架けなおしたり。

 でも、先輩はそうしない。

 それは先輩が先輩である存在意義みたいなもんだから。


『武士は食わねど高楊枝たかようじ

 やせ我慢や、見栄を張る意味もある。先輩は辛くても、やせ我慢して笑おうとするし、大丈夫だからと見栄も張る。


 武士なのだ。

 そんな武士な藤江先輩のやせ我慢。甘えるのが下手な先輩。やせ我慢な先輩を甘やかして、武士の欠片もないくらい骨抜きにしてみたい。

 いつか『やせ我慢の塊みたいな時、あったね』なんて言わせたい。

 その第一歩は俺からか――


「悪い、柚香」

「あれ? あれあれ? もしかして、わたくし……ましたか?」

 珍しく、本気で「マズい」みたいな顔をする。


 実はそうでもない。怒ってるのでも、許せないのでもない。表現が少し変だが、これはひとつのアイデアなんだと思う。


 柚香以外といる。

 これはたぶん、柚香がこんな寝取られ騒動を引き起こさなかったら、決して得られる発想ではなかった。

 ひらめきだったり、予期せぬ化学反応かも知れない。もしかしたら混ぜるな危険かも知れない。


「やり過ぎたとかじゃなくて」

「なくて?」

「俺に選択の幅を与えた?」


「ノ~~~~~~~~ッ‼ えっ、これってリアル策士策に溺れる⁉ なに、選択の幅って、もしかしなくても藤江センパイだよね?」


「かもな、でも違う

「マジか……あのね、言い訳なんだけど聞いて」

「どうぞ」

「私はただ、泰弘に私という井の中のかわずでいて欲しかっただけなの」

 うな垂れる柚香をベッドに残し、俺はリビングのソファーへと移った。


「どうしたの、喧嘩?」


 本当に柚香の母親と言っても、おかしくないくらいそっくりな、俺のお母さんが怪訝けげんな顔して聞いてきた。


 ほんの少し考えて。

「そうじゃないけど」

「けど?」

「ん……好きな人にメッセージ。送ろうかと。部屋、柚香いるし」


「ふーん、どんな娘よ?」

「武士みたいって言われてる」

「なに、剣道とか?」

「そういうんじゃないかな。先輩」

「なに、年上? 会いたい! 連れて来なさいよ」

 それも悪くない。お母さんにも俺の「選択の幅」を理解してもらうのも手だ。そうじゃないと、一族きっての策士柚香に外堀から埋められかねない。


「実は今日来てた。偶然みーちゃんとは会ったんだ」

「えっ、瑞姫みずき帰って来てたの?」

 あっ、言うの忘れてた。

「一瞬だけ。10分いなかった。年内にまた帰るって」

 お母さんはあからさまに拗ねた。ヤバい。これは我が家の晩御飯に影響しかねない案件だ。


「あの……お母さん?」

「ふぅーん。お母さんはやすくんのラブな先輩とも会えず、瑞姫はやすくんに会えたら満足なんでしょーねぇ。はいはい、母親なんてつまんないー」

 完全に拗ねた。マズい。明日から晩御飯カップ麺確定演出だ‼ しかも謎の味噌ラーメン一択! これは如何いかんともしがたい。味噌ラーメンは嫌いじゃないが、連続はキツい。


「明日――」

「なによ?」

「予定ないか聞いてみようか、その先輩に?」

「ホント⁉ あらあらどうしましょう。やすくんが柚香ちゃん以外の女子連れてくるなんて! お母さん緊張しちゃう」

 いや、ほぼ脅迫だから。晩御飯人質に取った脅迫ですよ? 先輩明日予定どうかなぁ……




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