第7話

 泰弘視点。


 今日はいい日だった。ここ最近ではずば抜けていい日だった。

 今日は誰かが誰かに、寝取られることもなかったし、先輩は少し泣いたけど、昨日なんかに比べたら全然ちょっとだ。


 まぁ、いつも誰かが寝取られてるわけじゃない。

 偶然身近にふたり。俺と先輩だけ。かなりの確率だ。そう言えば先輩は『寝取られネットワーク』を結成しようなんて言ってた『ネトラレネットワーク』みたいな感じ。


 見た目かっこいいが、寝取られた事実はかっこいいとは言えない。将来『寝取られ』の方向性の違いで解散しそうだし。

 姉さんにも会えたし、凪沙なぎささんも久しぶりだ。凪沙さんは相変わらずだった。


「そんないい日の終わりに何の用だ」


「ご挨拶じゃない? 嫌ならバルコニー側の窓のカギ掛けないとねー泰弘。実は来て欲しいんでしょ」

 寝ようとして寝付けなかった。

 無理やりどうもなかったフリをしようとしていた。藤江先輩の手前、心配を掛けたくなかった。

 これも全部――柚香コイツのせいだ。


「なにしに来た――って言わないんだ(笑)」

 ガキの頃から変わらない。いたずらっぽく笑う顔。嫌いじゃない。

 嫌いじゃない分――今回のことは重い。


「重い」

「えぇ~~いいじゃない。乗るの泰弘にだけだよ?(笑)」

 精神的に重い時に、全体重かけて乗られたらたまらない。柚香はベッドに寝転ぶ俺の上に――正確には胸の上に座った。

 さすがに全体重は掛けてないけど。


じゃないなら――あるのか」

言い回しねぇ。もしかして気にしてる?」

 重いと言われ体の位置を変える。今度は俺の胸を枕のようにして俺を見る。悪びれることもなく。そして近い。覗き込むような目で。


「別に――」


「言うと思った『別に』(笑)めちゃくちゃ気にしてる時に出るよねぇ」

「かもしれない」

「それも(笑)」

 にんまりと笑う。俺や先輩がどんな気持ちでいたのかお構いなしか。別れても高校生。そんなことで引っ越しなんて出来ない。

 顔を合わせたくなくても、家が隣なら会うし、ましてや柚香コイツ専用ショートカット――バルコニー側の窓のカギを閉めてないなら、なお更。


「なにか言うこと、ないのか」

 釈明しゃくめい余地よちを与えてるつもりだけど、最後通告になる。

 俺にとっての、だけど。


「気付いた?」

「先輩が――だけど」

「そう、じゃあで、ファミレスの割引チケット渡した甲斐かいがあったってワケか」

 迂回うかい。また意味ありげなワードを散りばめてけむに巻く気か。

 ラブホまで行っといてそれは通用しないだろ。


「――にしても驚いた」

 なんだコイツはケムケムの実の能力者か?

 生まれての方の付き合いになるが、コイツが言わんとすることが未だにわからん。迂回の話はどこに行った?


「何に?」

 驚いたのか。言葉が少なめでも伝わるのが幼馴染の唯一の利点。


「そうねぇ……藤江ふじえ伊澄いずみ――ご存じの通り超絶美少女。しかも言葉遣いがまるで武士。りんとしたたたずまいが学園に咲く一輪の花百合。交際相手もサッカー部エースでイケメン幼馴染の江井ヶ島とおる先輩」

 知ってる。まぁ、のおかげなんだけど。


「だから?」

「いや、それがまさか各年代の陰キャ代表に選出された、一族が誇る陰キャ代表の君、泰弘やすひろがこーんなにも早く、見つけるなんて」


「なんだよ」

嫉妬ジェラシー。妬けちゃう、かも(笑)しかも相手は武家の娘(笑)」

 武家の娘。言いみょうとはこのことか。


「もしかしてバカにしてるのか、先輩のこと」

「私が? まっさか! 確かに出会いがしら『好きなんです。私――彼が』なーんて言われた日には、さすがの私も動揺どうようしましたよ? いや実はここだけの話――行くかぁーってなったのはホント。想定外っての?」

 よかった。コイツがバカにしてるのは俺か。


「で、寝たの?」

「お前が言うか」

 目の前にある頭を払い除けた。ニヤニヤと探るような顔が気に入らん。

「それはそう(笑)」

 いや笑えない。いや、ここだけの話、泣いた。


「で、なんなんだ迂回って」

「気になっちゃったり? もう、わかった! わかったからお布団入れてよ。湯冷めしちゃう」

 湯上りに捨てた男子の部屋に来るな。

「ちな、ノーブラ」

「聞いてない、っかいつもそうだろ。胸、持ち上げようとするな」

 先回りをされると、柚香は拗ねる。拗ねた挙句――

「押し付けようとするな、セクハラ」


「いいじゃん、サービス~~まっいいか。さて、愛する人の質問に答えるとするか。そうそう『お前誰だよ?』って聞いて!『探偵さ……』ってニヒルに決めるから! いや、ここは物憂ものうげかなぁ……どう思う?」

 どーでもいいわ。

 いや、ひとまず謝るという文化はお前にはないのか。


「迂回ね、迂回。覚えてますよ。うん、じゃあさ、ひとつ聞くけど。ファミレス行ったでしょ、先輩と。その時、席は自分たちで選んだ? それとものバイトちゃんに席案内された?」

 何が言いたいんだ。そんなこと覚えて……いや、確か特徴的な声の女子に案内された。

 っていうか、先輩とファミレスに行ったのなんで知ってる?

 先輩が話したのか?


「高校生かわからんが、確かに女の子だった」


「でしょ? 迂回ね、迂回。えっと『中八木なかやぎ那奈なな』彼女が藤江先輩と関係が深いのは知っていた――ヒント1」

 ヒント1? クイズ形式か? 

 いや、なんでお前が中八木さん知ってる? 

 学年で6番目くらいに可愛いから、男子たる俺は知っているが、彼女は基本清楚。言い換えれば目立たない地味な感じだ。クラスも違う……

 わからん。


「ここは私の勘なんだけど、中八木さん。頭いいでしょ。だから私が前面に出たら――ヒント2ね?」

 気のせいか。ヒント1から2にすすむ毎に、柚香の顔が近づく。

 コイツ……もしや『メリーさん形式』か?


 電話の度に近づいてくる『メリーさん形式』を採用してるのか?


「意外ににぶチン? 鈍感スキル発動? ファミレスの割引チケット。悩み事を持つ先輩。夕食時――家が隣の幼馴染。帰宅時間が被りそう、会いたくない――ヒント3」

 顔があごのすぐ下まで来ている……

 お前、もうこういう事――する相手俺じゃないだろ。からかって面白いのか?


 待てよ……


 ヒント1

 中八木さんと先輩の関係を柚香が知ってる。

 ヒント2

 中八木さんは頭がいい。自分が直接割引チケットを渡したら――勘ぐられる?

 ヒント3

 先輩の悩み事。共通の悩み――彼氏彼女を寝取られた。

 夕食前。腹が減る時間帯。ファミレスの割引チケット。

 家が隣なのも俺と同じ。顔を合わせるのは気まずい――帰宅時間をずらしたい?


 待てよ。

 ファミレスの席を自分で選んだんじゃない?

 高校生くらいのバイトちゃん? 

 なんで知ってる?


「最終ヒント。ファミレスの窓辺から歩道をさえぎるような街路樹はない」

 おい、お前まさか……


「大サービス。泰弘がくれたピンクのパーカー。目立つでしょ?」

 つまり……俺たちが尾行してたのを知ってた?

 じゃない、ワザとつけさせた? 

 俺たちがいるのを知っててラブホ?

 アピール? 

 なんの? 邪魔しないでアピール?

 もしそうなら、ここに来るか? 

 いや先輩をコンビニで挑発する必要あるか?


「お前、まさか……かまってちゃん⁉」

「ピンポーン♫」

 そう言って柚香メリーさんは俺の鼻先に唇をくっつけ上目使いで拗ねた。


「この浮気者」と。

 どっちがだ。

















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