第6話
伊澄視点。
林崎の玄関先。
驚きの光景が飛び込んできた。突然飛び出した林崎がサングラス姿の女性に抱きついている。明らかに年上の女性20代半ば。
林崎が『みーちゃん』と叫んだので、親しい間柄なんだろう、お姉さんと思うのが
自称、陰キャを気取る高校男子がこんな姉に抱きつくような、それもまるで子犬のような――そんなスキンシップを取るんだ。
でも想像がつく。
お姉さんだろうと思われるこの女性の服装。制服。そして乗ってきた車両――自衛隊の方なんだろう。
林崎のこのはしゃぎよう――本当に久しぶりの再会なのは想像できる。
私、邪魔じゃないだろうか。日を改めようか。そう思った瞬間、彼女と目が合う。小麦色した肌。後ろに束ねられた髪。鍛え抜かれた体。サングラスを外し――
「ヤスくん、こちらは?」
か、かっこいい……
「あ……っ、高校の先輩。藤江
「弟が世話になっています」
頭を下げるお姉さんに「いいえ、こちらこそ!」と言い返すのがやっと。
しかしお姉さん的には私の存在は気になるだろう。どう説明したらいいか、悩んでるとお姉さんが林崎にたずねた。
「ヤスくん。柚香とはどうなんだ」
家が隣同士。年が離れているとはいえ、お姉さんも当然伊保のことは知ってる。
この感じだと、付き合ってるのも知ってる感じだ。
「えっと……別れようかと」
「別れる? どうして」
「それは……」
しどろもどろ。言いにくいのか、色んな事があり過ぎてどう説明していいのかわからないのか。
後者だと託し、口を開いた。
「もし、構わないなら私から説明させてください」
「君が? お願いする」
***
「そうですか。説明ありがとう。誤解があったら謝る。つまりお互いの交際相手が浮気したと?」
「はい」
「そうか、ヤスくん。昔から言ってたよな、小さい頃から。柚香はダメだって。意味わかったろ?」
林崎は気まずそうに頷く。昔から、お姉さんの目では伊保は要注意人物だったらしい。
「それでどうするんだ。ふたりはお付き合いするのか」
飾りのない真っ直ぐ過ぎる質問。林崎は「みーちゃん、やめて!」と叫んだ。お姉さんがそんな姿を見て笑った。弟をからかっているのはわかる。
でも――
「あの、お姉さん! 私は……その付き合いたいです」
言っちゃった。お姉さんからしたら、弟の傷心に付け込む悪い年上に見えないだろうか。
「ダメ」
そうなるかぁ……
でも、ここで引き下がるわけにはいかない。せめて理由と、なんでダメなのかを知りたい。勇気を振り絞ってお姉さんを見る。
すると手を顔に当てて首を振っていた。そんなに私だめなのか……だけど違っていた。
「ダメ~~~~っ‼ そこのぽっと出の爆乳系女子‼ 私の目がプリチぃな内は、泰弘は渡さないんだからね~~‼」
お姉さんの後ろから、両手を天高く付き上げ、抗議する女性が現れた。服装から、お姉さんと同じ自衛隊の方みたいだ。
さっき「ダメ」って言ったのはこの人だ。
***
「ふふふっ、何を隠そう、私、
「覚悟するのはお前だ、凪沙」
自衛官とは思えないゆるふわ女子に、瑞姫さんはゲンコツを落とす。
「あっ、凪沙さん! お久しぶりです!」
「やすひろ~~寂しかったぁ~~お土産はもちろん『わ・た・し』痛っ⁉ き、勤務中の暴力⁉ しかも2発目! 上に報告上げるからね、瑞姫!」
「残念ながら今は非番だ。銃さえ使わなければ問題ない」
ゆるふわ大人女子。しかも林崎専属のショタ? ショタってあのショタコンの? でも……
「あの……失礼ですが林崎君、その……ショタって歳じゃあもうないかと」
「ちっちっちっ、だからにわかはこれだから困る。いい? 私、この子が生まれた時から一緒なの。もう姉なんかを通り越して母なの。もう完全に私が育てたも同然。いい? 私すでに各年代のかーいい泰弘を、脳内補完済なの。だから最強ですが?」
どうしよ、ダメな感じの最強が現れた。この感じだと、凪沙さんはお姉さん、瑞姫さんの幼馴染。育てたって……
「育てられたの?」
過去のことだ、育てたってえっちな意味じゃないよね。わからない。聞くしかない。
「育てられたというか……」
「そうよね、何もかも凪沙お姉さんが、教えてあげたんだものね~~あーんなことや、こーんなこと全部、凪沙お姉さんが教えてあげたのよね?」
何もかも⁉
この場合の何もかもって……その筆おろ……やっぱりえっちな教育な方だ!
「ホントなの⁉」
焦る私。まさに突然のダークホースの出現にビビる。
「そうですね、九九とか足し算引き算、あと漢字の書き取りとか?」
あぁ……教えるって本物の学習ね。だよね、筆おろ……そんなことしたら瑞姫さんが黙ってないだろうし。
「ところで凪沙さん、どこにいたんです? 自宅に寄ってたんですか?」
「やすひろ~~気になる? お姉さんの一挙手一投足、気になる? もうこれ
怖い。
この人、本気で林崎狙ってる。でも林崎は全く気付いてない。
「聞いてよ、やすひろ。瑞姫ったら酷いのよ! 私の食事に何か睡眠薬みたいなの盛ったのね、気付いたら後ろ手にくくられて後部座席にぽーいよ?」
「おい、聞き捨てならん。お前がサービスエリアでたらふく食って、爆睡したんだろ。後ろ手に腕をくくったのは、ヤスくんの安全確保だ」
腕はくくるんだ。
「今回はいつまでいれるの、みーちゃん?」
「悪いが今日は申請して移動中に立ち寄っただけなんだ。年内にまたひとりで戻る。父さんと母さんにはそう伝えて欲しい」
「やすひろ、私も次回は必ずひとりで帰る。そこの女子、その時は空気読んで自宅待機して」
「お前は永遠に基地で待機してろ」
そう言って車に戻ろうとして私は瑞姫さんに呼ばれた。
「藤江さん、弟をよろしく。気付いてるかどうかわからないから、
肩にポンと置かれた手にドキリとする。触れ方が林崎と同じだ。
力が抜けた私は、林崎の部屋でぐちゃっとなったモンブランを食べて、おしゃべりをして過ごした。
透の部屋以外で初めて来た部屋。ベッドに座って見たり、机に並んだ本を眺めたり。
笑ったり、はしゃいだり。
私じゃないみたいだ。ここに来なければ、私は自室のベッドで膝を抱えていただろう。
ひとりぼっちは嫌だ。
でも、ひとりになりたくないから林崎といるんじゃない。
この子。年下男子。自ら陰キャと自称し、自分も苦しいのに私のことを気に掛けてくれるような人。
優しさなんてありふれてると思ってた。そうじゃないよと気付かせてくれた。大切な人。
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