第4話 

 伊澄いずみ視点。

 散々悩んだ挙げ句、結局スポーティな感じのファッションにした。

 考えるまでもなく、自転車で林崎の家に向うわけだ。


 私の自転車はマウンテンバイクなのでスカートは無理。と諦めかけたがここは私も女子。可愛く見られたい。なので自転車に巻き込まないくらいの長さのスカートにして、中にはスパッツを履いた。


 いくらこんな飾りっ気がない私とはいえ、パンツが見えるのは恥ずかしい。

 これでも女子なんだから。

 林崎の家はそんなに遠くない。自転車で20分ちょいかな?

 でも、なんでだろ。スマホでルート案内中なんだけど、おかしい。迷った。


 たぶん、この辺りなんだけど……このコンビニを中心に右――右ってどっち? 東が右だっけ?

 ここは素直に林崎にヘルプを頼むか? それともコンビニで聞くか? あっ……私、手ぶらだ。簡単なお土産が欲しい。お菓子でもついでに買うのもいい。


 よっこいしょ。

 声には出さないがコンビニの駐輪スペースにマウンテンバイクを停めようとした時、声がした。


「あの……藤江先輩?」

 振り向くとそこには……伊保いほ柚香ゆずかがいた。


 言わずとしれた林崎の幼馴染で元カノ。あと……とおるを寝取った張本人。

「そうですが……」

 素知らぬ顔で返事するしかない。ちっちゃい自分が嫌になる。

「あっ、私。その――同じ高校の1年で伊保いほ柚香ゆずかと言います」


「そうなのか。すまない。藤江ふじえ伊澄いずみです。その――伊保さんでしたか。何か私に御用ですか?」


 今ほど大根役者という言葉が、自分のためにあるとは思わなかった。

 完全に棒読みだし、キョロキョロして挙動不審。


「いや、なんか探してる感じだったんで。うち近所なんですよ。よかったら」

 何て言う? 

 私は今から、寝取られネットワークの君の元カレとなぐさめ合いに行くところだ、なんて言えない。

 確か家、隣って言ってた。ここで下手な嘘をついてもすぐバレる。


 バレる?

 バレちゃダメなのか?


 この子は透とラブホに行ったんだ。私が林崎の家に行くのに、何の躊躇ちゅうちょがいる。

「いや……実はヤスヒロ――すまない。林崎はやしざき泰弘やすひろの家に遊びに行くんだ。い、い、私の家なんだが。その……初めてで道に迷ったかなぁ〜〜」


 かどを立てたい、思いっきり。

 私だって存在している。息をしてる。目の前のこの女子がとった行動で苦しんでいる男を知っている。私だって――苦しいのだ!


 でも――

 三文さんもん役者……ここまでの大根は世界広しといえど、そうはいない。


 ん……どうした? 伊保とやら。見る見る顔色が悪くなったぞ。まぁ、元カレの名前が急に出てびっくりしてるのだろう。


 少しくらい、気を病め。君の行動が生んだ結果だ。


「あの……泰弘とはどういった――」


 中々直球で来る。

「えっと、その……伊保さんこそ」

 質問を質問で返す。

 困った時の常套じょうとう手段。結構この手法は嫌われる。別にいい、寝取るようなヤツに好かれたくない。


「えっと、私は――幼馴染です。家、隣なんで」

「そうなんだ、それは偶然だ。初耳だな。アイツそういうこと言わないから」


「――で、その泰弘とは……」

 グイグイ来る。

 一瞬頭をよぎった。きのうふたりでラブホに消える後ろ姿。

 私だっている。存在している。寝取られるためにいるんじゃない。息をしている。痛みは感じるんだ


「好きなんです。私――彼が」


「えっ!?」

 そんなに驚くことか?

 別に林崎はブサメンでもなければ、気遣いもちゃんと出来る優しいヤツ。声もいい。林崎の話してる声は落ち着く。話し方も優しい。

 逆に何が不満なんだ? 

 わからない。とおるにあって、林崎にない物は運動神経くらいじゃないのか。


 それだって言ってしまえば個性。

 きのう救ってもらった。私でいいなら――


「あの……伊保さん質問なんですが」

「はい」

「泰弘君って彼女います? もしかしたら幼馴染さんならご存知かと」

 私はどういうつもりでこんな事を聞いてるのだろう。怒ってる。自分がされたこと。透を寝取られたこと。

 でも……林崎はすっごくいい奴だ。目立たないけど、そんなの関係ない。いい奴があんなくやし涙流していいわけない。


「えっと……。私、泰弘のです」


 さっきまでの顔色の悪さはなくなっていた。口元を押さえて微笑すら浮かべている。

 どういうつもりなんだ?

 もう、林崎のが寝取られたなんて話、2年生にも知れ渡っている。

 君が林崎の彼女を名乗るなら――私が寝取られた彼女です、と宣言してるに等しい。


 林崎がまだ知らないと思ってるのか? 

 うまく隠せてると思ってるなら――

 いや、待て。違う。違う、全然違う。そうじゃない。この子が周りの噂を知ってるかどうかの問題じゃない。


 周りの噂や評価なんて気にしてないのか?

 この子。林崎と透をうまく使い分けようとしてる。

 つまり二股。

 そんなこと。林崎か傷付くに決まってる。これ以上はやめてくれ。


 ごめん、林崎。


「あの、それ間違いじゃないですか」

「間違い? いいえ、泰弘言ってませんでしたか。彼女いるって。幼馴染の?」

 ここまで、すっとぼけるか。見た目かわいいのに、めっちゃ腹黒……そっちがそうなら考えがある。


 もう、出たとこ勝負だ。


「聞いてません。それより林崎を彼氏と呼ぶなら、の行動はどうなんでしょう、伊保さん」


「きのう、ですか?」

 まるでぴーんと来てない。しらばっくれてるのか、わからない。


「いえ、私の倫理観では、少なくとも彼氏と呼ぶ対象がいる女子が、学校の帰りにラブホには行かないかと。間違ってますか?」

 ここで舌打ち。

 いい感じに顔が歪む。へぇ。実はこんな顔なんだ。


「脅し――ですか?」


 開き直る。

 年下の女子とは思えない表情。こんななんだ。透、残念ね。

 君見る目ないわ。でも今は透のことはいい。彼は彼の選んだ道を行くでしょう。

 問題は私を救ってくれた、手を差し伸べようとしてくれている林崎。


「脅しも何も、一緒に居たの泰弘君。だから、今更脅す必要ないでしょ、知ってるのだから」

 彼女の反応が気になって見ていた。青い顔でもするのだろうか。


 でも違っていた。吹っ切れたように、にんまりと笑う。不思議とその笑顔が魅力的に感じた。


 *** 

「センパイ、ダメダメですね、全然わかってないです。ちゃんと選ぶ気あります?」


 林崎の元カノ伊保いほ柚香ゆずかとコンビニ前で遭遇そうぐう戦をり広げた。

 しかし、こんな所で時間を取られてる場合じゃない。

 林崎との約束があったんだ。

 私はコンビニで道をたずねるついでに、手土産を選んでいると、手に取るものすべてにダメ出しを喰らっていた。

 もちろん伊保にだ。

 頼まれもしないのに、林崎の好みや嫌いなものを店内でまとわりついて教える。


 これは親切心じゃない。

 アピールだ。私の方が泰弘を知っているんですよ。そう言いたいだけだ。

 そんなの当たり前だろ、君は林崎の幼馴染で家も隣。

 君の方が彼を知ってて当たり前――


 違う。

 この子が言いたいのはじゃない。

 条件は同じだ。

 この子と林崎。そして私と透。幼馴染で家は隣同士。付き合っていて……寝取られたんだ。

 この子が言いたいのは――ラブホで……

 私が知らない透を知ってますよ、そう言いたいんだ。

 えぐってくる。私の心の柔らかい部分を。

 嫌なヤツだ。







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