第3話

 それぞれの自宅に帰ったふたりは偶然同じような行動を取る。熱いシャワーを浴び、自問自答を繰り返した。


『何がダメだったのだろう』

『何かいけないことを、気に障ることを言ったのだろうか』

『もっとこうしてたら、こんなことにならなかったのかも』

 自分の行動を責める言葉ばかりで相手を責める言葉はなかった。


 わずかにお互いの心の支えになったのは、林崎泰弘やすひろが藤江伊澄いずみを家に送った際に交換した、SNS通信アプリ『まいん』のIDだった。


 ***

 翌朝泰弘の自宅。

 ぴろんという音と共に『まいん』のメッセージが入った。柚香ゆずかからだと期待してしまう心を消そうとするがうまくいかない。


 そんなわけがない。

 きのう柚香は……きのうのこと、ラブホのこと。偶然誤解が解けるようなメッセージがあったら俺は飛び付くだろう。


 いや、柚香からメッセージが来るはずない。スマホを見ると――先輩だった。藤江ふじえ伊澄いずみ先輩。

 そう言えば昨日交換したんだ――なんてスカしたこと言うが、昨日の夜メッセージを送ろうか迷って結局やめた。

 寝てるかもとか、自分に言い訳をして。


『おはよう。朝早くに悪い。きのう立て替えて貰ったファミレスの代金を返したい。今日の予定はどうだろう?』

 しゃべり口調と同じ、どこかぶっきらぼうな言葉。間違いなく先輩の物だ。


『おはようございます。代金は月曜日でいいですよ』

 そう返信した。それだけで外出させるのは申し訳ない。すると――


『君はひどいヤツだ。私はこの言い訳を朝方まで考えたんだ。君に会う口実はこれくらいしか思いつかない。もし仮に会えたとしても、お金を返したら、もう帰らないといけないのだろうかと悩んでいるんだ、あわれだと思わんか』


 そんなこと言われても――いつもならそう返していただろう。

 だけど、きのう俺が持てなかった勇気を、先輩が出してくれたんだ。いま先輩に見捨てられたら、心は完全にくだける。それはたぶん先輩も同じ。それなら――


『すみません。俺もきのうメッセージを送ろうとしたんです。でも、勇気がなくて。寝てるかも知れないとか言い訳して出来ませんでした。予定はないです。どこかで待ち合わせますか?』


 そう送った。送ってすぐになにか物足りなさを感じてメッセージを追加した。


『先輩に会いたいです』


 後悔してる。

 もっとわかりやすく接していたら、柚香ゆずかとこんなエンディングにはならなかったかも。

 幼馴染だから知っててくれるだろう。そんな甘えもあった。たぶん、先輩も同じような境遇。同じような後悔をしてるだろう。

 それなら、今は俺から歩みってもいいんじゃないか、と思う。例え相手が違ったとしても。


『本当に君は酷いヤツだ。そんな急にアクセル踏まれたら、私はどんな格好かっこうで会いに行けばいい? かわいく見える格好なんて私は知らない。あと、目がれてる。あまり人と会いたくない。もちろん、君以外となんだけど……』


 そして頭を抱えるスタンプ。


 そうなると、どちらかの家になる。陰キャが女子の家となるとハードルが高すぎる。


『そうなると、どっちかの家になりますね。うちに来ますか? 位置情報送ります』


 オッケーみたいなスタンプが来た。不思議なことにこれから先輩と会うとなると、さっきまでのふさいだ気分が少し晴れた。


 部屋の掃除を簡単にして、それでも時間が少し空いてしまった。

 落ち着かない俺は、普段使ってる自転車の手入れでもして待とうと思った。外で待っていたら、先輩が来てもすぐにわかるし、位置情報を送ったといっても、ウチに来たことはない。

 なので迷ったらいつでも迎えに行けるようにしておこう。


 手入れと言ってもタイヤに空気を入れたり、油をさしたり、ライトが切れてないか見る程度。

 ほんの5分もあれば終わってしまう。しかし――そんな5分に事件が起きた。


 玄関先で自転車の手入れを終え、ついでなので玄関をき掃除していると『ガチャリ』と音がした。


「あっ……」


 もっと早く気付くべきだった。隣は柚香の家。しかも玄関が隣り合っているので、玄関先にいて出会わないわけがない。

 ちなみに今の「あっ……」は柚香のものだった。気まずさから柚香は言葉を続ける。


「その……久しぶり、だね。元気してる?」


 おかげさまでって言ってやりたいが、そこまでの気概きがいはない。曖昧あいまいに作り笑いをし「そっちは?」と返す。


 精一杯。

 これ以上はムリだ。きのうラブホに入るのを見かけた幼馴染で、元カノに何を言えばいい?

 俺に用事はないハズ。出来たら早く行ってくれ。しかし――


「今からコンビニに行く。色々切らしちゃってて。泰弘やすひろ、なんかいるものあったらついでに買ってくるけど?」


 どういうつもりなんだろう。

 きのうラブホに行ったことを、俺が知ってるとは思わないだろうが、自然消滅的に終わった関係。

 会話を重ねても、時間を重ねてもそれはなんの意味もない。

 いや、えてあるとするなら俺を傷つけるだけのこと。でも、そこまでうらまれる関係じゃなかった。


 実際恨んでいたらついでに買い物を引き受けようか、なんてない。

 もし呑気のんきに俺が何か頼んだら家まで、いや部屋まで届けてくれるかもだ。

 気付いてないから、前のままでいいや、みたいな感じなんだろうか。わからない。


「ありがと、大丈夫。気を付けて」

 そう言って無理やり会話を終わらせた。早く先輩に会いたい。

 この状態で会ったらまた泣くかもな、俺。なっさけない。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る