第05話 自分の価値(2)- Side:黒猫 歌鈴(黒猫食堂)


 行き違いのあった祖母と母だけれど、それでも料理が2人をつないでいたようだ。

 祖母は娘が帰ってくることを信じ、年老いてもお店を続けていた。


 母はそんなお店を引き継ぐことで、祖母との絆を取り戻そうとしたのだろう。

 最後に祖母を看取り、静かに送り出すことも出来た。


 ハッピーエンドとは言えないけれど「これで一つの家族の物語に決着がついた」と言える。


(良かった、良かった……)


 振り回された私としては、色々と文句もあるのだけれど――今は娘として、孫として、そして家族として――もう少しだけ、この食堂の行く末を見守るとしよう。


(どうせ、母の介護もあるし……)


 北海道での暮らしにも慣れてきたことだし、私の日常にも平穏が訪れたようだ。

 まだまだ人生の先は長いけれど、ようやくスタートラインに立てた気がする。


 大人の事情に振り回されてきたけれど、これでしばらくは貧乏ながらも、学生らしい生活が送れる。


(そう思っていたのに……)


「ああ、歌鈴かりんさん。悪いけれど、キミを買わせてもらいました……」


 これで僕のモノですね♪――と星霞せいかくん。

 そう言って嬉しそうに私の手をぎゅっと握る。


 彼は店の常連で、私と年も近い。ダンジョン関係の仕事をしているようで、一週間の内ほとんどを外で過ごしているため、家庭的な味に飢えているらしい。


 私が手を振りほどかなかったのは、彼が常連だったからではなく「イケメンだった」というのが理由である。


 後のことを考えるのであれば、ここで振り解いておけば、私の運命も変わったハズだ。先程まで、厨房の母となにやら話し込んでいたようだったけれど――


「1千万でキミを買いました!」


 とワケの分からないことを言い出す。いや、話は理解した。

 母がホクホクとした笑顔で手を振っている。


(あのババァ、私を売りやがった!)


 あらためて言おう――私は人生のスタートラインに立ったばかりだ。

 それも親に売られるという形で。


 未だ状況の理解が追いつかない。それでも普段の言動が合わさり「普通にねない!」と直感で母をにらむ私に対し、


「これは失礼しました。自己紹介が先でしたね」


 と星霞くん。彼にこんな顔を見せては嫌われてしまうと思い、私は慌てて接客用の笑顔へと戻す。一方で彼は、


「僕の名前は『天霧あまぎり星霞』。こう見えて探索者シーカーなんですよ」


 そう言って微笑む。

 すみません、その情報はすでに知っています。


(お店にくるカッコイイ男の子がいたら、気になるのが普通ですから……)


 私は悪くない――と自分に言い聞かせる。

 彼は自分の年齢が18だということを教えてくれる。私よりも1つ上だった。


「ダンジョンに潜ってばかりなので、世間知らずな面があり、幼く見えるかもしれませんが、よろしくお願いします」


 などと言ったけれど、私の通う学校の男子生徒よりも大人びて見える。ダンジョン関係者だけが通える『ダンジョンハイスクール』に所属しているそうだ。


(確か、正式名称は『北海道ダンジョン防衛大学附属高等学校』だったかな?)


 私もダンジョンの適合資格があったので、O市に引っ越してきた当初、編入試験の案内をもらった気がする。


 当時の私の心境を察してもらえば分かるのだろうけど、当然、ゴミ箱行きだ。

 ダンジョン防衛大学のイメージといえば、大抵の人は「ダンジョンに対抗するための基地」といった認識だろう。


 関わるべきではない――というのが、私の判断だ。普通の高校と違うのは「異能を持つ人材だけを集めた」という点で、似たような施設が日本には全部で7つ存在した。


 どれも防衛省が管理している学校である。その関係からだろうか?

 私がダンジョン適合者だと知っていても、おかしくはない。


(いいえ、たぶん情報が漏洩した原因は母親ね……)


 状況を整理するなら、星霞くんは――祖母のお店であり、母が改装して再オープンさせたお店である――『黒猫食堂』の常連だった。


 自分で言うのは恥ずかしいのだけれど『看板娘』である私とも「顔見知り」というワケだ。つまり、これはスカウトというヤツだろう。


 星霞くんとしては、ただの店員として接してくれていると思っていたのだけれど、違ったみたいだ。これって両想い?


(すみません。いつも、お店に来てくれるのを楽しみにしていました!)


 と告白すべきか悩んでしまった自分が恥ずかしい。

 身長は同年代の男子と比べて「少し高い」といった所だろうか?


 もう少し大きいイメージがあったのだけれど、私の勘違いだったようだ。

 それでも、私より頭一つ大きいのは確かである。


(ううっ、距離が近いよ……)


 星霞くんの場合は、細身の体躯たいくで落ち着いた雰囲気をまとっている。優男やさおとこという表現がしっくりくる。髪の毛はサラサラで、女子の私よりも綺麗だ。


 ハッキリ言ってうらやましい!――じゃなかった。

 その髪質は、日本人のそれとは少し異なる。


 恐らく、ダンジョンの大気に含まれている『万能素マナ』が影響しているのだろう。

 理屈は分からないけれど、私にはキラキラして見えた。


 私が通う学校の女子からは『謎のイケメン』としてうわさになっている程だ。

 周辺の高校には通っていないようなので「ダンジョンアカデミーの生徒ではないだろうか?」というのが、女子たちの出した結論である。


(正解はダンジョンハイスクールでした。残念だったね……)


 でも、勘違いするのも無理はない。

 見た目が綺麗なうえ、雰囲気が大人びている。


 この辺の学校の女子たちの間では、ちょっとしたアイドル的存在なのだ。

 そんな彼と知り合いである事に、私は少なからず優越感を覚えていた。


 最初は緊張して上手く話せなかった私だけれど、今では簡単な世間話をする程度の仲である。まあ、客と店員なので――


(それほど、特別なことでもないのだけれど……)


 要するに事務的な対応である。コンビニの店員と変わらない。

 冷静に考えると、少し悲しくなってきた。


 それに「会話をする」という点においてなら、母の方が私よりも彼と良く話す。

 「いい甘エビが手に入ったの♪」「アスパラの天麩羅てんぷらが美味しいわよ!」「ほうれん草のおひたしも食べてみて」などだ。


 今日も「ブロッコリーが旬なの♪ ホッケもいいのがあったわ」と話していた。


(全然、うらやましくなんてないんだからね!)


 そんな彼が今、私の手を取って、私の瞳を真っ直ぐに見詰めている。

 ダンジョンへもぐる人間特有の万能素マナを帯びた瞳。


 それは星空のようにキラキラとしていた。吸い込まれそうになる。



🍽️ 🍽️ 🍽️ 🍽️ 🍽️



*:._.:*:._.:*:._.:*:._.:*:._.:*:._.:*:._.:*


ฅ^•ω•^ฅ「カリンと~♪」

(˶ᐢ. .ᐢ˵)「フーカのー」


ฅ^>ω<^ฅ&(˶ᐢ- -ᐢ˵)「ティーダンジョン♪」


ฅ^•ω•^ฅ「今日は男子の身長についてです」

(˶ᐢ. .ᐢ˵)「私は世界を救わない。ゴブリンから投げ銭をもらうだけだ」


ฅ^-ω-^ฅ「こらこら」

(˶ᐢ- -ᐢ˵)「うー」


ฅ^-ω-^ฅ「ゴブリン――じゃなかった。ゴロニャン♪ 現在の日本の男子は『低身長化の傾向にある』と言われているらしいね」

(˶ᐢ. .ᐢ˵)「誤魔化せてないけれど、その程度なら地母神様も許してくれるわ」


ฅ^-ω-^ฅ「データによると低出生体重児(出生時2500g以下で生まれる子)も増加しているとか――」

(˶ᐢ. .ᐢ˵)「つまり、星霞の身長が高いのではなく『周りの身長が低くなった』という考え方も出来なくはない」


ฅ^>ω<^ฅ「低出生体重児については、日本では1980年代以降から増加傾向にあるらしいよ」

(˶ᐢ. .ᐢ˵)「サラリーマンの給料と同じで『30年間伸びていない』と揶揄やゆされていたわね」


ฅ^>ω<^ฅ「発育や発達に影響が出るのは勿論もちろん、障害や健康に係るリスクも大きいみたい」

(˶ᐢ. .ᐢ˵)「残念ながら、日本は先進国でもっとも平均身長が低いらしいわよ……」


ฅ^>ω<^ฅ「さらに身長が低いと『高血圧』『冠動脈疾患』『脳血管障害』などを起こすリスクも上がって、平均寿命も短くなるみたい」

(˶ᐢ- -ᐢ˵)「闇バイトもするし――やっぱり、日本人のゴブリン化じゃないの?」


ฅ^-ω-^ฅ「…………」

(˶ᐢ- -ᐢ˵)「私にスパチャをするゴブリンだけが良いゴブリンだ」


ฅ^>ω<^ฅ&(˶ᐢ- -ᐢ˵)「またね~、ばいば~い!」


*:._.:*:._.:*:._.:*:._.:*:._.:*:._.:*:._.:*

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る