第2話 再会

 いつもより速く自転車で走ること10分。俺は倫が通う小学校へ到着した。詳しいことは聞けてないが喧嘩でもしたのだろう。あの子が一方的にけがをさせるとは考えにくい。喧嘩の原因がなんであれ相手に手を出したのであれば、どちらも悪いことだ。ちゃんと説教しなければならない。これが兄として、保護者としての務めだろう。

 職員室の扉をノックして、入室すると、俺に気づいた先生が一人近づいてきた。


「陽介、来てくれてありがとう、学校は大丈夫なの?」

真紀まき姉、久しぶり、倫がごめんね、学校は今日短縮授業だったから大丈夫だよ」


真紀姉こと渡辺真紀。俺の近所に暮らしているお姉さん。親同士が親友でその縁で知り合った。今年の春に、大学を卒業して、倫の担任を勤めている新米の教師である。俺にバスケを教えてくれた師匠でもある。中学生の時に俺の家庭教師としてバイトもしていたので、俺は姉さんの最初の生徒でもある。


「いきなり学校から電話あった時はびっくりしたよ、しかもかしこまって言うもんだから笑いそうになったし、てか思い出したら笑えて来る」


と、思い出し笑いをしていると、真紀姉が出席簿で俺の頭を叩いてきた。


「いって~、殴ることは無いだろこの暴力女、生徒の親族に手を出すとは何事だよ」

「あんたは弟みたいなもんなんだからいいのよ、お姉ちゃんにそんなことを言うのはその口かな、それに学校では渡辺先生でしょうが」

「痛い痛い!ごめんって悪かったから周りが見てるからその両手を放してください」


俺の頬から手を放した真紀姉に連れられて、倫の居る教室へと案内された。教室に入ると、倫、倫と喧嘩したであろう男の子の晴也、そして泣いている女の子、そしてその女の子の事を見てあげている女性の先生がいた。

晴也は倫の最も仲の良い今後親友と呼べる仲になると思われる友達である。放課後になるとよく倫が晴也を家に連れてくるので一緒に遊んだりする仲である。

そんな晴也君と倫を見て驚いた。二人が喧嘩したことに驚いたのではない、二人の怪我の損傷具合が違うからだ。倫に目立ったケガはなく安堵していたのだが、晴也は鼻に詰め物をしており花字を出したことが分かるし、顔や腕などに痣ができていた。明らかに倫が晴也くんの事を一方的に攻撃したことが分かる。

そして、泣いている女の子だ。見たところ怪我をしている様子はなく、泣いているだけであるのだが、倫の服の袖をずっと掴んでいる。倫はその女の子と頭をずっとさすっており、いったいなぜこんなことになったのかさっぱり分からず、周りに聞こえないように小声で真紀姉に事の詳細を訪ねることにした。


「ふたりの御家族の方がこれからお見えになるからその時に話してもいい?」

「分かったとは言い難いな、視覚だけの情報からだと10対0で倫が悪いように見えるし、晴也の親に謝罪をしないといけない立場にあるからね」

「そのことなんだけど、どちらかというと10対0で晴也君が悪いのよねでも倫君も手を出したことに変わりはないから五分五分かな、細かいことは後で言うけど、倫君が多央たおちゃんを庇ってできた喧嘩なのよ」

「あ~あれがお噂の多央ちゃんね、なるほどね、状況はなんとなく理解できたけど、倫のやつ一方的すぎるだろ」

「あら知ってるの?」

「倫があの娘のこと好きみたいでしょっちゅう話してくれたからおかげで耳がタコになりました」

「かわいいじゃない」


ちょっかいかけられてる好きな娘を守りましたってラブコメの主人公かよ。しかも、多央ちゃんも倫に気があるのかずっと見つめてるし、お前らまだ小学生だろ。羨ましい限りだぜ。てかよりにもよってあの娘が多央ちゃんなのか……。

などと考えていると俺に気付いた子供たち三人が近づいてきた。


「お兄さん、倫が」

「にいに、晴也が」

「倫くんのお兄ちゃん?」

「わかったわかった、ちゃんと聞くからひとりずつ話してくれ、お兄ちゃん聞き取れないから、まずは倫から」

「うん、晴也が多央ちゃん泣かせたのだから……晴也殴っちゃったごめんなさい」

「謝罪するのはいいことだけどちゃんと晴也にも謝ること、どんな理由があってもあ一方的に攻撃したら倫が悪者になちゃうよ、そしたら多央ちゃんに嫌われちゃうよ」

「うん、晴也ごめんね」

「う、うん、僕も多央ちゃんにひどいこと言っちゃった、多央ちゃん、倫ごめんなさい」

「多央ちゃんが許すならいいよ」

「うん、いいよでも次言ったら許さないよ」

「分かった、ありがとう」

「仲直り出来てよかったよかったと言いたいところだけど何があったのか二人の口から聴いてもいいかな?」


ふたりは事の顛末を話してくれた。事の発端は国語の作文発表での出来事らしい。

作文のテーマは家族についてで、倫や晴也たちみんなは両親について発表をしていたのだが、多央ちゃんにはご両親がすでに他界しており、面倒をいつも見てくれるお姉ちゃんのことを話していたのだが、まだ子供で親がいない環境を知らない晴也が、変なの、と呟いたことでそれを聞いた多央ちゃんが泣いてしまい、好きな娘を泣かせたことに怒った倫が晴也君に手を出してしまったことで喧嘩になってしまったようだ。


幼くてまだ物を知らなし無垢な子供による純粋な発言が時に悪になってしまうことはよくある話だ。今回は、親がいない環境をよく知らない晴也君が親がいない環境を知っている多央ちゃんを傷つける発言をしてしまった。子供同士での価値観の違いになんて言えばいいのか分からず、俺は何も言えずにいた。

俺と倫の父さんは海外で仕事をしており、長期休暇の時にしか帰ってこない。母さんは、去年倒れて寝たきり状態で今現在も目を覚まさず、病院にずっと入院している。

両親がいない環境と、両親がいるけど居ない環境は似てるけど似ていない。晴也は俺らの家庭環境を知っているはずだから分かると思っていたがそれが分からなかったようだ。晴也の中では俺たちの両親は居ることになっているからだろう。俺はどう説明したらいいのか俺には分からなかった。


俯いていると、多央ちゃんが声をかけてきた。


「お兄ちゃんわたし大丈夫だよ」

「そう?無理してない」


そう聞くと首を振りながら、


「うん、お兄ちゃんにまた会えたのがうれしくて元気になったよ、お兄ちゃんありがとう」


と、答えてくれたが、俺はその言葉を聞いてあることを思い出し少し顔が曇った。


「……。俺の事覚えててくれたんだね、ありがとう、久しぶりだね」

「お兄ちゃんが倫君のお兄ちゃんだったんだね、わたしびっくりしちゃったよ」

「そうだね、お兄ちゃんもまさか倫がいつも話している多央ちゃんが君だったなんて驚いたよ」

「お兄ちゃん!それ言ったらだめ」


と、失言した俺に右手と左手で俺のお腹をポカポカと叩いてきた。


「ごめんごめん」

「倫くん、お兄ちゃんのこと殴ったらだめだよ」

「うん、でもお兄ちゃんが」

「私の事いつも話してたの?うれしいな、わたしも倫くんの事いつもお姉ちゃんに話してから」

「そうなの!ぼくもうれしい」


多央ちゃんのおかげで倫の攻撃がやんだところで、多央ちゃんとお話を再開した。


「倫のこと話してるの?」

「うん、倫くんのこと――だから」


肝心なところが小声になって聞こえなかったが、言いたいことを察した俺は嬉しくなったと同時に少し複雑な気持ちになった。


「倫のことこれからもよろしくね、もし倫が何かしたらすぐに言ってね」

「うん、ありがとう、わたし今日お兄ちゃんに会えてうれしいけどそれよりももっとうれしいことがあるの」

「なにがうれしいの?」


そう質問したら彼女の耳が少し赤くなったのが見えた。多央ちゃんが周りをきょろきょろと見た後に右手を口の横に置いたので、俺は右手を耳元にあてて内緒話をする態勢を取った。

多央ちゃんは小声で話し出した。


「あのねこれは秘密にしてね、私が好きな人のお兄ちゃんがお姉ちゃんの好きな人と一緒なのがすごくうれしいの」


彼女がそう囁いたとき、


「多央!!」


という声と共に教室のドアが勢いよく開いた。

ドアを開けた人を見て、曇っていた顔がさらに曇った。

そして、俺にきずいた本人もまた若干気まずそうな顔をした。

それもそのはず、ドアを開けた人は、多央ちゃんのお姉ちゃんであって、俺と同じクラスに所属し、今日俺の事を振ったクラスのマドンナである白井真央だからである。

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