第59話
「あの、これどうぞっす!果物のジュースとハルさんのコーヒーっす。そちらに立っている人もこっちに置いておきますのでどうぞっす」
にゅっと横から出てきたのは白い腕とトレーに乗った飲み物だった。
びっくりして振り向くと猫顔の男が立っていた。
男は用が済んだあとはピュンッと凄い速さでルン爺のところに戻って行った。
きっと、ハルの事が凄く怖いのだろう。
だって、焼いてってお願いした人だ。
まだ息があるのに焼かれてしまうなんて。
ハルなら、苦しみながら焼かれる姿を見るのが好きそうなのに。
私の隣をピタリと離れない。
「毒は入ってないよぉ。美味しいから飲んでみてぇ」
ハルに言われて一口飲む。
「美味しい」
「でしょ?爺が仕入れているものだからねぇ」
ルン爺が?
なら、これってルン爺が?
チラッとルン爺を見るとニコリと笑顔でこちらをみていた。
どうやらそうらしい。
「怖かった?ごめんねぇ。ここだと、ああいうのいるんだぁ」
「楽しんでるでしょ?」
「まぁねぇ」
ハルの機嫌は少しマシになったが完全に直ったわけでもない。
あれで、満足するわけがないか。
だって、ハルだし。
「ねぇ?リア」
「何?」
「頼まれて来ちゃったのぉ?」
どうやら、私の行動が原因らしい。
あそこにいたのは本当にたまたまだろう。
そこに私がいたってことだ。
「ごめんね。あの夫人だけ行かせるととんでもない請求が来ると思ったから。それに何も考えないで行きそうじゃない?実際、何も考えてなかったけど。あと少しで出られるのに、アホなことしちゃって計画が台無しになるの嫌だから。馬鹿な父親でも一応血の繋がりのある父親だもの。最後くらいは、ね」
「ふ〜ん。優しいのは良いことだよぉ。でも、あそこだけは行って欲しくなかったかなぁ」
「ごめん」
なぜ、あの死体売り場に行って欲しくなかったのかは分からないけど、ハルは凄く嫌がってるのは分かった。
「もう行かないから」
「約束だからねぇ」
「うん。約束」
約束をさせたからなのか、ハルの機嫌は一気に直った。
周りがパァッと華やかになるほどに。
「夕ご飯、食べていきなよぉ。俺、奢ってあげるからぁ」
「うん」
こんな上機嫌で断ったらまた機嫌が悪くなるかもしれない。
今度は意地悪されてしまうだろうなぁ。
「何食べたいの?なーんでもいいよぉ」
「ハルのオススメ」
「う〜ん。そーだねぇ。最近、新しいメニューが出てねぇ。見た目は悪いけど味はいいよぉ」
見た目は悪いの?
それを出しちゃったの?
まぁ、うん、ここら辺のお店だとしょうがないか。
料理を作っている人も普通の人ではないし。
「ねぇ?聞いてもいい?」
今なら聞くことが出来そうだ。
一応、確かめておくか。
「なぁに?」
「伯爵夫人を攫ったのはハルでしょ?私、ディアンナ様がトキに依頼している場にいた」
「あぁ、うん。そうだよ。アレは俺のこと心底好きだったらしいねぇ。だから、最後の表情は最高だった。あっ!あそこに売ったのは俺じゃないよぉ。仕上げたのは別ね。俺は気が済んだあと捨てたから」
「そう」
「あとは何か聞きたいことある?」
「ない。大丈夫」
きっと酷い苦しみ方をしたのだろう。
ハルが好きなことだ。
「ハルよ。お前さん、こんなところにいていいのかの?談話室で話をせんか」
いつの間にかルン爺が近くにいた。
ルン爺とは微妙な距離感。
きっと、ハルとの距離を気にしているのだろう。
「爺の弟子に頼んでよぉ。俺、ここから離れられないしぃ」
「アレはお前の使いっ走りではないがの。ここにいるのは変えんのか。しょうがない奴だ。まぁ、良い良い。これは貸しだぞ」
ルン爺はそう言って離れて行ってしまった。
ルン爺と全く話が出来なかった。
ハルの近くで呑気に話なんかできないか。
「リア。こっちに来て」
またもや、ハルの膝の上に乗せられてしまう。
私を小さい子供のように扱っているのだろうか。
それは凄く嫌かも。
馬鹿にされてるみたいで。
「メアリ。俺がいるから行っていいよぉ」
「はい」
メアリは大人しくその場を離れルン爺のところに行く。
この場には私とハルだ。
しかも、周りから結構な距離を置かれている。
関わりたくないのが全面に出ているなぁ。
「うーっ、リアからアイツらの匂いがするぅ。なんか嫌だなぁ」
ハルはクンクンと私の匂いを嗅ぎとても嫌な顔をした。
この匂いは愛玩奴隷の売り場のだろう。
怪しいお香の香りが服やら髪やらに染み付いてしまったようだ。
結構、歩いたからこのくらいの匂いはしょうがない。
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