第58話

グイッと引っ張られていつの間にかハルの膝の上に移動されてしまった。

そして、私の腰をしっかり支える。


「ハル?」


ハルを呼んでみたが黙ったままだ。

急にこんなことをするのはいつものことではあるが。

無反応は初めてかもしれない。


『ルンさーん。これ、報告書でーす』


まだ若い男がルン爺に何かの資料を渡しているところが見えた。


『ご苦労じゃったな。どうだ?そろそろ客が付いたのではないか?』


『何人か』


『定期的に顔を見せるんじゃぞ。客が付けば客が勝手に紹介するじゃろ』


『はーい』


私と同じ年齢かもしれない。

聞こえてしまう話からすると、まだ闇市に来てそんなに経っていないようだ。

ここに来る前はきっとロクなことをしていなかったのは間違いないと思うけど。


『ルンさん。これ、お裾分けしてあげまーす。お客からもらったクッキー』


『いらん。そんな怪しいもん』


『見た目は凄くかわいーのに』


『もう用がないなら帰れ。今日は遊んでやれんぞ』


『遊んでもらったことないでーす』


『世間話もお遊びじゃ。仕事の準備でもしておれ』


『はーい。でも、そんな気分じゃないでーす。だって、今日はあの人がいるから』


男は笑顔でこちらを見た。

何が楽しいのか分からないが、お目当てはハルのようだ。

だって、ハルから視線外さないから。

ハルは全く男を見ていない。

何を見ているのか何も見ていないのか。

よく分からない。

というか、何も興味を示していない。

ここにあるもの全て興味が唆られない物なのだろう。

そんなハルに近寄って来るのは先ほどの男だ。

まさか、こんな状態のハルに話しかけるの?

凄い度胸があるらしい。


「ハルさん。こんにちは!今日は日中からいるなんてびっくりしましたー。お仕事ないんですか?暇なんですね!」


喧嘩売ってるのだろうか。

言い方にトゲがある。

チラッとハルを見るとさっきと変わらない。

念のため、周りを確認してみる。

他の闇市は気にしていないように見えるけど、チラチラと視線を飛ばしているようだ。

ルン爺を見ると煙管を吹かしながらこちらを見ていた。

その目から感じるのはあまりよろしくないものだ。


「その人、女ですか?優雅に女遊びですか?いいですね。暇そうで。ルンさんもなんでもっと厳しく言わないんですかね?なんかー、面白くないでーす」


入ってきたばかりだからハルのことよく知らないのだろう。

こんな機嫌が悪い時に言うべきではない。


「あれ?ハルさんが素顔見せてるってことは、その人お得意さんですか!?そっか!たくさん依頼したんですね!ここに連れてきたってことは遊んじゃーー…………」


男は最後まで言えなかった。

ハルは男の腹に向かって蹴りを入れたのだ。

かなり力を入れて蹴ったのか男は後ろに吹っ飛んでテーブルに突っ込んだ。

アレは、骨折ったな。

ハルは私を隣にある椅子に座らせ、痛そうに腹を押さえている男に近寄る。


「ねぇ?なんで、お前が決めるの?ねぇ?なんで?俺のお遊びを決めるって何様なの?ねぇ?何?お得意さん?なんで、そう決めたの?ねぇ?」


ハルは男の髪を鷲髪にしてズルズルと部屋の中央まで引っ張る。

そして、その場にいた闇市に男を投げつけた。


「お前、ソイツを持て。んで、そこのお前は殴れ。参加型って楽しいよねぇ」


ゾワッと鳥肌が立つ。

どうやら、みんなを巻き込むらしい。

私はそれを見せられるの?

本当にやめて。

こんなこと見せるためにここに連れて来たのだろうか。

周りの闇市はハルの指示に従い、男を殴りつける。

だが、ハルはそれには混ざらない。

口から血を吐く姿を見ているだけだ。

もう自分の力で立つことができないくらい痛めつけられた男は、抑えている男に身体を離されて床に倒れる。


「本来ならもっと楽しいことするんだけどねぇ。君は、本当に運がいいよねぇ。俺が違う機嫌の悪さだったら君を玩具にしているところだったのにぃ。だけど、いつまでもウロウロされるの嫌だなぁ。そうだ!このまま焼いちゃおう!で、そこのお前。これ、焼いてこい」


ハルは近くにいた闇市に指示を出す。

その指示通りに倒れている男をズルズルと引っ張りながら外へと連れ出した。

床には血の道が出来上がっていた。

ハルは何事もなかったようにこちらに戻ってきて隣に座った。

チラッとさっきの現場を見るが、そちらも何事もなかったようにしている。

ただ、床は血で汚れてしまっているが。

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