第49話

「手当てをお願いしたい」


「んぁ?あー、あんたか。こっちに来い」


トキは椅子に座り腕を見せた。


「深いなぁ。まぁ、問題ないだろ」


白衣の男は手際よく手当てをする。


「トキは痛み止め効くか?」


「あぁ、大丈夫だ」


「よし、なら飲んでろ。また3日後に来いよ」


「分かった」


「しっかし、運が良かったな」


「良かったのか悪かったのか」


「生きてるから良かっただろ」


トキはガシガシと頭を掻いた。


「ちゃんとリハビリしろよ」


「分かってる」


早く手当てしてもらいたくて気付かなかったが、どうやら病人がいたらしい。

奥のベッドで寝ている。

誰だ?


「あー、ナキだ」


「………………戻って来ていたのか」


「家がないらしくベッドを1つ貸している。またすぐに出ちまうらしく部屋を借りないらしい。ハルに頼んでみたが断れたみたいだ。それで落ち込んでる」


出張仕事が多い奴だなぁ。

フラフラと突然戻って来てはすぐにいなくなる。

トキは立ち上がりドアに向かって歩き出した。


「ちゃんと忘れずに来いよ」


後ろから声を掛けられたがそれには答えることなく部屋から出た。

戻って来た時にトキに闇市の者は酒を頭から掛けた。


「よく生きてたな!!」


「もう終わったと思ったぞ!!」


「明日もちゃんと朝日が見れるぞ!」


心配したぞ、見たいな言い方だが絶対に心配などしていない。

コイツらは全員そんな奴らだ。


「よし!お前らもっと酒を飲め飲め!!今日はいい日じゃ!」


ルンの掛け声でみんなで酒を飲みまくった。



***



集会ではドンチャン騒ぎになっている頃。

伯爵家の地下牢ではまだディアンナがハルの顔を見ていた。


「本当に美しいですわ。私が今まで見てきた中で一番ですわ」


愛おしそうにハルを見つめるディアンナの顔は恋をする女のようだ。

情熱的な目でハルを見つめ、早くハルの瞳に映りたい。

早く私を抱きしめて欲しい。

早く調教して私だけを見つめて欲しい。


「気を失っている姿も美しいだなんて。この国の一番の美男子と言われている殿下より美しいなんて。もう、どうでもいいですわねぇ」


地下牢はとても冷え込む。

冷たい石畳の床からは冷気を常に感じて体温を奪う。

ここに閉じ込められた愛玩奴隷が何人も死んだこともある。

寒さで震えて低体温症で死んだ。

そんな場所にゴロンと寝かせられているのだ。

だが、ハルはこんなことで死ぬような男ではない。

ハルはゆっくり目を開けて目の前にいるであろうディアンナを見た。


「まあまあ、起きましたのね?カナリア」


カナリア、ハルが偽名で使っている名前だ。

ハルは眠たそうな目でディアンナを見つめる。


「あぁ、あなたの瞳に私が映ってますのね?素敵ですわ。あなたは今日から私のものですわ。私を心から愛しなさい。そして美しく着飾りなさい。私は美しいものが好きですの」


よく喋る女だなぁ。

これから何が起きるのか知らないからなぁ。

お前は俺の玩具にされてしまうのに。


「夫人。酷いな。僕のこと闇市を使って攫うなんて。乱暴な人だな」


「ンフッ、だって欲しくなったの。あなたのその美しさは私のものであるべきですわ。私のところにいるともっと輝きますの」


「具体的だと?」


「えっ?」


「夫人のものってどこまで?僕を愛玩奴隷にするのはいいけど、みんなと同じ愛玩奴隷ってことだよね?同じでいいの?」


「同じ?」


「夫人はその先を求めないの?例えば、愛人とか………」


「…………愛人」


ディアンナにとってそれはとても唆る言葉だった。

愛人は特別な存在。

愛玩奴隷と違って本当の愛をくれる存在。

ディアンナの心が震えた。

シュルッと紐が切れた。

いつの間にかハルの身体は自由となり鉄の柵に手を掛けた。

そして、やや上目遣いでディアンナを見る。


「僕がディアンナ様のこと愛してあげる。だって、僕もディアンナ様のこと愛しているから。最初から僕はディアンナ様のこと素敵な人だなって思っていたよ。こんな素敵な人が僕の恋人だったらいいなって。こんなことしなくても言ってくれたら良かったのに。僕に興味があるなんて嬉しいな。ズブズブになるまで可愛がってあげるよ。たくさん愛してあげる。ディアンナ様の好きな愛玩奴隷も一緒に可愛がってあげる。ねぇ?僕を見て。僕を愛してよ。僕と本当の恋人になろう?2人で朝から夜までたくさん愛し合おう。僕の喘ぐ声も聞かせてあげるからさ。もちろん、ディアンナ様の喘ぐ声も聞きたいな。ねぇ?僕と楽しいことしながら愛し合おうよ。ディ・ア・ン・ナ」


ブルブルとディアンナの身体が震えた。

まさか、言葉だけで感じてしまった?

あぁ、カナリアも私のこと好きだったなんて。

しかも、愛していると言ってくれたわ。

恋人ですって。

私もあなたの声が聞きたい。

愛玩奴隷の声ではなくカナリアの本心の声が聞きたい。

ディアンナは鍵を使って牢の扉を開けて中に入ってしまった。

そこは狂人はいる牢の中。


【あ〜ぁ、開けちゃったねぇ。本当、馬鹿な女】

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