第47話

ルンは笑っているがトキはそれどころじゃない。

この件をハルに伝えないといけないのだ。


「いやぁ、すまんなぁ。面白くてなぁ」


「ハルのあの容姿を見て一瞬で一目惚れだ。愛玩奴隷より愛人として囲む気でいる」


「あの女は綺麗な物が好きだからなぁ。宝石もドレスも凄い数だと聞いておる」


「夫人は全く知らない。アイツがどんな奴なのか」


「まぁな。ハルは依頼主に隠すからのぉ。トキ、今日は機嫌が悪い」


ルンはチラッと目をハルに向けた。

トキもハルが機嫌が悪いことを知っている。

部屋に入った時点で分かった。

だが、今日中に言わなければならない。

依頼を受けてから時間が経っている。

そろそろ、ディアンナから連絡がくる頃だろう。


「待つか?どのくらい待てばいいのか分からんがな」


「2時間で機嫌が良くなればいいが」


「どうじゃろうなぁ」


トキもまた若手がハルの相手をしてくれないかと考えた。

そんな都合よくここには来ないか。

長期戦になりそうだと考え、酒でも飲みながら待とうと一歩踏み出したときだ。

すぐ目の前でコップが通り過ぎた。

そのコップは入り口付近で話をしていた女の頭に直撃した。

女をその場で倒れ頭から血を流している。

ゴクリ、と唾を飲み込む音が多数聞こえた。

コップが飛んできた方向をゆっくり見るとこっちに来いと人差し指をクイクイとさせるハルがいた。

ハルの目はしっかりトキを捉えている。


「トキ、行け。行かなければここで死ぬぞ」


ルンは小さく呟いた。

そこから絶対に聞こえない声量で話していたのに、聞こえたというのか?

トキは意を決してハルに近づいた。

ハルはテーブルに足を乗せたまま手に持っていたナイフを壁に向かって投げる。

ダンッ!大きな音で刺さるナイフを見てルンは「また穴が開いてしまったのぉ。機嫌がいい時にハルから修理費貰わんとな」と呑気に思った。

きっと、呑気にしているのはルンくらいだろう。


「ねぇ?」


たったそれだけの言葉なのにピシッと空気が張り詰めた。

これは、想像以上の悪さかもしれない。

みんなが「トキも終わった」と思った。


「何か俺に話すことなぁい?」


トキは手をグッと握り締めてハルを見据える。


「ある。伯爵夫人ディアンナがお前を愛玩奴隷にしたいから攫ってこいと依頼をしてきた。どうする?」


「ふ〜ん。あの女が、俺を愛玩奴隷にしたいって?へ〜ぇ、そうだなぁ………………攫われてもいいよぉ」


「俺は何をしたらいい?」


「お前は頭が悪いのかぁ?あぁ?俺は攫われてもいいって言ったんだよ。攫うんだよ」


説明不足なのはいつものことだ。

ハルは必要以上に説明をしない。

あとは自分で考えろ、と。


「今から来てくれるか?」


「………………まあまあ、かなぁ」


ハルはテーブルから足を下ろして立ち上がった。

ハルはトキを通り越しルンのところに向かった。


「爺、何?」


「誕生会のリストだ。渡しておくぞ。見れば分かるじゃろ」


ルンは分厚い紙束をハルに渡した。

ハルはその場でリストを確認してその中の数枚を抜き取る。

あとはいらないのかゴミへと処分された。

苦労して集めた資料があっという間にゴミになってしまったのをその場で見せられ、ルンは盛大なため息をした。

ハルはリストを折りたたみポケットの中に入れる。

そして、反対側のポケットから黒いペンを取り素早くトキ目掛けて飛ばした。

トキは急所に刺さらないようにギリギリ避けたが、ブツッと腕にペンが深く刺さってしまった。

ハルはそれを見てフッと笑う。


「君で遊ぶより夫人で遊んだほうが楽しそうだ」


ハルはそう言って部屋から出て行った。

トキは血が流れる腕からペンを抜き持っていた紐で腕を縛った。

慣れた手つきで応急処置をしすぐにハルの跡を追った。


「なんじゃ、機嫌直ったの」


「えっ!?今の直ったんっすか?」


「お前にはちと早すぎるのぉ。あの子なら気付くと思うがのぉ。闇市のもんが表側に負けてどうするんじゃ。もっと磨け」


「いや、その子もイカれてると思うっす」


「それ、ハルがいるところで言うなよ。死ぬからのぉ」

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