第9話
紅茶の香りとクッキーの甘い香りは好き。
メアリの淹れてくれた紅茶は格別だ。
優しい香りで味も最高。
だが、目の前の奴は気に入らない。
総皮張りのソファーに座り騎士なのに優雅に紅茶を飲む姿が気に入らない。
まるで王子様のようだ。
まだ婚約者もいないから令嬢たちはその席を狙っている。
もうハイエナのように群がって。
夜会になるとそれはそれは恐ろしい戦いが行われる。
誰がダンとダンスを踊るのかの争奪戦が開幕する。
ダンもそのことに気づいているが気にしていない様子。
というか婚約者という存在に興味がない。
今は殿下の護衛で忙しいようだ。
男色なのでは?と噂されているが。
「それで?何か?」
「いや、その、本当に申し訳ございませんでした。大臣や一部の司書が納得してくれなくて。このようなことに」
「もういいです」
「軍力も政治も興味がないアメリア嬢が盗むとは思えない。見事な赤点でしたからね。用紙は全て埋まっているのに、全てデタラメ。せめて騎士構成くらいは覚えて欲しいところです。陛下もびっくりしておりました。心配して家庭教師も付けさせるほど。その家庭教師もお手上げ状態。興味がある生物はピカイチでしたが。アメリア嬢は好きと嫌いがはっきりしてます。嫌いな物は求めない。政治関連の教科書を読まずに卒業したアメリア嬢が機密書を読もうとしますか?それに、あのような外し方をするとも思えない」
「外し方ですか?」
「機密書は何重にも鍵を掛けてました。扉の奥の奥に。鋼鉄で出来た鍵が真っ二つです。鋼鉄ですよ?綺麗に半分です」
「まぁ………………いい刃物をお持ちのようですね。どこの刃物かしら?草刈りにちょうどいいかしら?やっぱり、刃は大事ですわね。ちなみに、包丁の本を持ってましてね。もう、芸術作品ですの」
「申し訳ございませんが、コレクションの話は次回で。いい刃物を持っていてもあそこまで綺麗に切るには実力が必要ですよ。かなりの実力者」
………………。
今、一瞬ハルのことを思い浮かべてしまった。
他にもいるけれどかなりの実力者と聞くとねぇ。
「闇市の者でしょう」
「闇市ですか?そこまでしてその本が欲しかったの?そんな本より世界の料理本が面白いけど」
「は~ぁ。機密書という言葉を理解してます?この国にとってとても重要なものです」
「分かってますよ。それで?私にどうしろと?」
「分かってましたか」
「早く」
「本が盗まれたなら本に聞けと言うでしょう?」
「言いませんよ」
「本に詳しい人はアメリア嬢しか思い浮かばなかったので。どこかにいませんか?政治や軍事に興味がある者。お仲間さんの中で。読書家と本の貸し借りや交換なども行っているでしょう?」
「………………」
その質問なら知っていると答えられるけど。
言ってしまっていいの?
もし、ハルやあの人達のお客さんだったら?
怒られてしまうかも。
そして、殺されてしまうかもしれない。
「そうねぇ………………私のお友達は私と似たような方々ばかりだから。私、お友達は選んでいるの。政治や軍事に興味がある人とは話が合わないから切り捨ててるから」
「………………使えない」
今なんて?
失礼なこと言わなかった?
いつもいつも聞こえているからね。
あなた達を助けるつもりないから。
闇市に味方するから。
「ダン様。申し訳ございません。私のお友達にはおりません。ファンタジーが好きな人やお花を愛する人など。楽しい本を愛する人だけですから。そのような意味がない本を愛する人はおりません」
「………………分かりました。長時間ありがとうございました」
ダンは用が終わったと判断したのか早々と出て行った。
「メアリ」
「はい」
「塩」
「かしこまりました」
清めないと。
たくさんの塩で厄を払わないと。
「アメリア様。長時間お疲れ様でした」
「えぇ、本当に疲れた。疑いは晴れたかしら」
「大丈夫でしょう。それにしても、失礼な方々でしたね」
「本当に!!」
「機密書はどこにいってしまったのでしょう。闇市の者が持っていったのでしょうか?」
「さぁ、頑張って探すでしょ。今日も本を読むから。もうストレスでいっぱい!」
「かしこまりました」
徹夜で本を読むのがストレス解消だなんてね。
健康に悪そうとか思うけどやめられない。
本が無性に読みたくなる。
葉巻を吸いたくなる感覚と同じ。
中毒だ。
カウチソファーに座りながら読むのは最高。
令嬢らしからぬ体勢で読むのも最高。
自分の空間最高。
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