第13話 今日は女友達優先
2日連続でお嬢様――九条院エルが校門前で俺を待っていた。
相変わらず注目を集める人で、校門を通る生徒たちが「なんだなんだ?」と奇異の視線を遠慮なく向けてくる。
中には昨日の出来事を見ていた生徒もいて、「え? また?」ともはや訳が分からないと首を傾げていた。俺も訳が分からない。
「えっと、なんでまた?」
「お礼、まだできてないから」
俺の問いに短く答える。こちらのお嬢様はたいそう義理堅いらしい。
「いや、俺ほんっとお礼されるようなことしてないから……」
「お礼しないと私の気がすまない」
「俺がいいって言ってるんだし、気にしないでも」
「私がお礼したいだけだから」
すごいお礼の押し売りである。
「今日の予定は? 昨日みたいに彼女さんとどこかへ?」
「か、彼女じゃないですぅ!」
隣で揚羽が否定すると、九条院さんは「そう」と短く頷く。
「もしよければ、お礼に奢る」
すちゃっと九条院さんは懐からカードを取り出す。金持ちが持っている金持ちカードだろう。そのカードが一度出されれば、ネズミーランドすら貸し切りにできると言われているとか……いないとか。
奢りというは、金のない高校生からするとありがたいところだが……昨日の今日だ。今日こそは揚羽と2人でラーメンを食べるという約束を果たさなければ。
「奢り……」
隣で揚羽が「奢る」という九条院さんの言葉に、心惹かれていたとしてもだ。
そもそも揚羽さん? あなたは奢りの対象なわけないですよね? 一応、俺にたいしてのお礼だからね?
「あ、あー悪いんすけど、今日は遠慮してもらえるとありがたいです」
「?」
「今日はこいつとの先約がありまして」
「……そう」
お嬢様があからさまに「しゅんっ」と落ち込んでしまった。すごい罪悪感を覚える。
「あ~修太朗くんが泣ーかせーたー」
揚羽が隣から煽ってくる。泣いてないだろ、九条院さん。
「……ボクのことを気遣ってくれるのは嬉しいけれど、別に2人きりにこだわる必要はないよ。ちょっと可哀想だしね」
「そうか?」
「あと奢り……だしね」
揚羽は目を背けながら、ぽつりと呟く。多分、それが一番の理由なんだろうな。
「私もいいの?」
九条院さんが尋ねると、揚羽は「ボクは構わないですよ」と苦笑を浮かべる。
まあ、揚羽がそう言うなら――。
「ごめんなさい、やっぱり今日は、こいつと2人でいきます」
揚羽は「え?」と目をぱちくりさせて俺を見る。
「まだ同じクラスになって日が浅いから。今はちゃんとクラスの友達と親睦を深めたいんですよね。だから、ごめんなさい九条院さん。今日は友達優先で」
「……そう。分かったわ」
九条院さんは少し落ち込む素振りを見せたが、すぐに笑って頷いた。
「あ、でも今日みたいにせっかく来てもらったのに断るのも忍びないんで、連絡先交換しますか? 来る時に言ってくれれば、俺の予定とか伝えられるし」
「うん、ありがとう」
そうして連絡先を交換すると、九条院さんは車に乗り込み、「それじゃあまた。次こそはお礼をさせてね」と帰っていった。
「えっと、修太朗くん。よかったの?」
「なにが?」
「断っちゃって。ボクのこと優先してくれるのは嬉しいけどさ」
「なんだ? そんなに奢ってもらいたかったのか?」
「そうじゃないよ」
むっと唇を尖らせる揚羽に、俺は笑いながら答える。
「いいんだよ。俺は揚羽のこと大事にしたいからな。九条院さんの好意は素直に嬉しいけど、俺にとっては揚羽との約束を優先する方がよっぽど大切だ。なにせ友達だからな」
「……」
「うん? どうしたんだ? 急に顔をむにむにとさせて?」
「別に」
しかし、揚羽は言いながらもずっと頬を両手でむにむにこねている。わずかに口元がにやけているようにも見えるが、一体どうしたのだろうか?
「ふんっ……ばーか」
「え? なんで急に罵倒されたん?」
「知らないよーだ。ばーかばーか」
揚羽は肩を俺にぶつけて、なおも罵倒してくる。加えて、相変わらず顔はむにむにさせたままだ。新手の小顔マッサージだろうか。
「君ってやつは、ボクのこと好きすぎじゃないかい?」
「うん? そりゃあまあ。好きだからこうして友達やってんだろ?」
「……」
おや? 揚羽の顔のむにむにが加速しているぞ?
そんなむにむにして大丈夫なのだろうか。
「ふ、ふんっだ。あのお嬢様とお近づきになれるチャンスを棒に振ってまで、ボクとラーメンを食べたいだなんて……フレコンだね君は」
「シスコンみたいに言うなよ。だいたい、お近づきって。俺たちはなんの同盟組んでると思ってるんだ」
「とかなんとか言って、もとはと言えば君が困っているお嬢様を助けたのが事の発端だろう?」
「それを言われると痛い」
「どーせ下心があったんじゃないかい? 美人な年上お嬢様とお近づきになれる! とかって内心で考えてたんだろう?」
「そんなことは……」
「同盟に誓ってないと言えるかな?」
「……」
「ボクにそのことを言えなかったのだって、少なからずそういう下心があったからだろう? 違うかい?」
にやにや。
揚羽が俺を攻めてくる。正直、この攻城戦は分が悪い。守ろうにも、こっちは門を全開放しちゃっているのだから。戦う前から負けているようなもの。
俺は降参の意を示すために両手を挙げた。
「そうだよ! めっちゃ期待したよ!」
「潔いなこの男」
「だって金髪美人だぞ! 金髪美人が前の中で傘もささず、捨てられた子犬の前に座っています。声をかけますか? それとも見て見ぬふりしますか? この二択だったら全人類後者を選ぶだろぅ!?」
「全人類を代弁しないで欲しいかな」
「まあ……下心があったことは認めるけど、ちゃんとラインは弁えたつもりだぞ? 名前は名乗らなかったし! それに子犬が不憫だと思ったからさ……助けてあげたかったのは……本心だし……」
「ふふ、分かっているよ。君がお人好しなことは」
「出会って間もないのに?」
「ああ、そうだよ? 君が人を気遣うことができる人間だというのは、この短い付き合いでも分かるさ。十分にね」
言いながら揚羽は少しだけ背伸びして、俺の頭にぽんぽんと手を置く。
「君は誰かをおもんぱかって行動できる。誰かのために怒ることができる。ボクはそれを知っている」
「……頭に手を置くだけなら、まあ許す」
「はいはい、照れ隠しご苦労様」
うっせ。
髪型が崩れるから撫でるのは許さないしぃ~。
「さて、そろそろ行こうか。ボク、お腹空いちゃった」
「そうだな……行くか」
そうして俺たちは、いつものように並んで歩き出す。ただ、今日はいつもと比べて少しだけ距離が近い。お互いの肩が微かに触れるくらいには。
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