第12話 友達なら間接キスは当たり前?

「んーーーー」


 そんなこんなで揚羽の機嫌は、今朝からずっと悪い。

 今も「んーーーー」と伸ばし棒を4つくらい付けちゃうくらいには、機嫌が悪い。


 ここはなんとか機嫌を取らなければ!


「揚羽さん揚羽さん」

「はい、揚羽さんですがぁ~?」

「こちら購買で購入したあげパンでございます。どうかお納めください」

「食べ物でボクの機嫌を取ろうとなんて、ボクのことを安くみすぎじゃないかなぁ!?」


 言いながら揚羽は俺の手からあげパンを取ろうとする。


「だいたい、あげパンなんて食べたら太っちゃうじゃないか!」

「そう言いながら、俺のあげパンを取ろうとしているじゃないか」

「小学生の頃さ。給食であげパンが出る度に、ボクは心の中で小躍りするタイプだったよ」

「めちゃくちゃあげパン好きじゃん」

「というか、君? なんであげパンを放そうとしないんだい?」


 俺はあげパンを奪いとろうとする揚羽に抵抗していた。あげパンを包む袋が、俺と揚羽に引っ張らっれてぎちぎちと音を鳴らす。


「実はさ。俺も小学生の頃、あげパンが出たら心の中でサンバを踊るタイプだったんだ」

「でも、それを貢物として出したのは君じゃないか」

「やっぱり俺も食べたい」

「潔いなこの男」

「分かった。こうしよう。揚羽には、こっちのチョコチップスティックパンをあげるから。あげパンは返してくれ」

「やだ」

「……」

「すでにこのあげパンはボクに献上されているものだからね。絶対返さない」

「おい食い意地を張るもんじゃあないぞ」

「そっちこそ」


 ぎちぎち。


「「むぐぐぐ」」


 袋を引っ張り合う俺たち。


 ぎちぎち。


 やがて、両側から引っ張られる力に耐えかねた袋は引き裂かれ、中に入っていたあげパンが地面へ落ちていく。


「っぶな!?」


 反射的に身を伏せて、地面に落ちかけたあげパンを手で受け止める。もう少し反応が遅れていれば、あげパンは今頃地面に不時着していたことだろう。


 間一髪セーフというやつだ。


「よ、よかったぁ……」

「あーむ」

「え」


 あ、揚羽の野郎…!

 俺の手の中のあげパンを食いやがった!?


「もぐもぐ」

「お、お前っ」

「ふふん。もうあげパンはボクが食べちゃいましたぁ! あっはっはっは!」


 この野郎。

 俺の手の中には揚羽が食べた跡の残ったあげパンが1つ。


「まあ、いいか……あーむ」

「え゛っ」


 もぐもぐ。


 うん。やっぱり、あげパンってうまいなぁ。香ばしさとほのかな甘み、ふわふわサクサクのパン。すべてが絶妙なバランスで構成された神のパンと言えよう。


「き、君」

「うん?」


 揚羽のやつ、顔を赤くしてどうかしたのだろうか?


「そ、それ……ボクの食べかけのところを……」


 言われてあげパンに視線を落とす。たしかに、俺は今揚羽が食べたところを食べた。


「え? なにか問題が?」

「……だって、間接キスに」

「あ」


 そこで俺も気づいた。たしかに、これは間接キスではないだろうか!?


「あ、あー……わ、悪い。ぜんぜん気にしてなかったわ」

「い、いや……ボクが気にしすぎなだけかも。よく考えたら友達同士なら当たり前だよね。ジュースを飲み回したりするものだし!」

「でも、お前めっちゃ顔赤いけど」

「赤くないけどぉ!?」


 いや、赤いですよ。トマトみたいだ。


「ふん! 友達ならこれくらい普通さ! ほら! あーむ」


 揚羽は再びあげパンを食べる。それも俺が食べたところを上書きするように。


「えーっと」

「ほ、ほら! もう平気さ! 君と間接キスなんてへっちゃらさ! いくらでもしてやるとも! 次は君の番だぞ!」

「いや、これそういうんじゃなくね?」


 その後、あげパンは2つに分けて、一緒においしく食べました。



 さてはて、あげパンを貢いでご機嫌取りに成功――。


「それで? 九条院エルとはどこで知り合ったのかな?」


 成功していなかった。

 隣から揚羽の強い圧を感じる。


「わ、分かった分かった……話すよ」


 ひとまず俺は、先日のことを揚羽に話す。すると、揚羽は呆れたようにため息を吐いた。


「まあ……なんというか。君、ちゃんと分かってるだろうね?」

「分かってるって」


 俺たちは絶対恋愛しない同盟――忘れてなんかいない。


「あのお嬢様が君のことをどう思ってるのか分からないけど、君の方は――」

「だ、大丈夫だ! 俺だって下心なんてないって」

「なら、いいけどさ。一応、釘だけはさしておくよ?」

「お、おう」

「……分かればよろしい」


 揚羽は困った弟を見るような目を俺に向けた後、おもむろに頭を撫でてきた。俺はそれをいやがって振り払う。


「あれま」

「気安く頭に触れないでくれ。髪型が崩れる」

「え、女子?」

「俺、癖毛だから毎朝ここまでセットするの大変なんだからな」

「もふもふで触り心地いいね」

「だから、触んなっつーの」


 やめ、こら、やめ。


「昨日は結局、2人で邪魔が入った――という言い方はよくないけれど、今日こそは2人でどこか遊びに行こうか」

「そうだなぁ。どこに行く?」

「うーん、そういえば近くにおいしいラーメン屋さんがあるんだよね。一緒に行かないかい?」

「んーーーー」

「え? なに? どうかしたかい?」

「いや、お前って食べ物のことばっかりだよなぁって」

「へ?」

「結構食いしん坊キャラなの?」

「そんなことはぁ……ないんじゃないかなぁ……?」

「実は俺の地元でおいしいパンケーキを作る喫茶店があってな。パンケーキを三段も積み重ねた大きな――」

「なにそこ行きたい!?」

「……」


 揚羽は食いしん坊キャラ。メモメモ。


 そんなこんなで約束の放課後を迎え、一緒に昇降口を出ると、校門の前に見覚えのある車が停まっていることに気づいた。


 俺たちはお互いの顔を見合わせる。


「ねえ、修太朗くん。あれってさ」

「いや、ないない。ないだろ」

「例のお嬢様の」

「連日でありえないだろ」


 再び校門に目を向けると、車から誰かが降りてきた。というか、九条院エルだった。


「ねえ、修太朗くん」

「きっと俺たち以外の誰かに用があるんだよ」

「でもさ、こっちをじっと見てる気がするんだけど」

「気のせい気のせい。ウッドエレメンタル」

「木の精だけに?」

「は?」

「え、言い出しっぺが?」


 揚羽は「乗ってあげたのに……」と頬を膨らませる。そんな彼女を尻目に、三度九条院さんに視線を戻すと、がっつり目が合った。


「待ってた」


 なんなら声もかけられてしまった。


「おーん……」


 俺は空を仰いだ。

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