女子校の高嶺の花

第11話 お嬢様とじゃがばつくん

「なあ、揚羽さん揚羽さん」

「はい、揚羽さんですがぁ? もしゃりもしゃり」

「いい加減、機嫌を直してくれませんかねぇ」

「KI・GE・N~? 別に悪くもなんともないけど!?」


 揚羽は「もしゃりもしゃり」と言いながら、とても不機嫌そうな表情で持参していた弁当をもしゃりもしゃりしていく。


 もしゃりもしゃり。


 現在地は飛翔高校でもっとも開放的な屋上。本日の空模様は快晴。春の陽気を胸いっぱいに吸い込みながら、眼下の景色に視線を落せば満開の桜咲きほこる中庭。視線を動かすと、龍安寺よろしく整備されたグラウンドが視界に広がる。


 そんな景色が一望できる開放的屋上にいるのに、俺の隣人の空模様は芳しくないようだ。


 たとえるなら、今の彼女は雷雨。ゴロゴロと太鼓の音を鳴らす雷神様である。俺は一流の気象予報士。だから、99割気象を当てることが可能。99割当たるから99割外れないのである。


「君、昨日のあれはなんだったのかなぁ~?」


 ほーら来たぞ。雷が落ちた。

 俺は購買で購入した菓子パンを揚羽の横で、「もしゃりもしゃり」と食べながら口を開く。


「俺にも分からん」


 じとー。


 揚羽が半眼で俺を見つめてくる。わざとらしく照れて見せると、「はっ」と揚羽は鼻を鳴らした。


「ボクに見つめられて照れるたまじゃないだろう? 君は。誤魔化そうとしたって、そうはいかないよ?」

「なあ、忘れてるかもしれないから一応言っておくが……俺は童貞だぞ。女子に見つめられれば普通に照れる」

「童貞ってそうなの?」

「女子と3秒目が合えば、『もしかして俺のことが好き!? とぅんくっ』となる生き物だ」

「まるで君が童貞代表みたいに言うんじゃないよ。どうせ君だけだろそんなの」

「まあ、さすがに誇張表現だが、あながち間違ってないな」

「嘘でしょ?」

「てか、この話題まだ掘り下げる必要ある?」

「大ありさ!」

「え、童貞の話題が?」


 揚羽は、「そっちじゃなーい!」と箸先を俺に向ける。


「箸を人に向けるんじゃありません。舐めちゃうぞ」

「きっしょ」


 ドン引きされたぺろ(まだ舐めてはいない)。


 揚羽は嘆息しながら「あのお嬢様の話だよ」と付け加える。


「九条院エル。隣近所の籠乃女学院――通称、籠乃女子に通う大企業の社長令嬢」


 揚羽の口から出た名前を聞いて、俺は脳裏に金糸の髪を靡かせるお嬢様を脳裏に思い浮かべる。


「学業、スポーツにおいて優秀な成績を修める完璧超人。その容姿端麗さから、うちの高校でもちょっとした有名人だそうじゃないか。声をかけた男子もいるらしいけど、そのすべてが悉く玉砕。会話すらできなかったって話だよ」

「そうなんだ」

「籠乃女子に通うお嬢様の中でも生粋のエリートで、深窓の令嬢。まさに高嶺の花。そんな相手が、まさか君に会うためわざわざ飛翔高校まで来るなんてねぇ?」

「……」


 そう――揚羽の機嫌が悪いのは、これが原因なのだ。


 昨日、俺と揚羽は帰りにじゃがばつくんを食べに行く約束をした。そんな折、九条院エルというお嬢様が俺の前に現れ――なぜか知らないが一緒にじゃがばつくんを食べに行くことになってしまったのである。



「見つけた」

「え」

「ほわ?」


 俺が九条院さんに抱き着かれ、揚羽が間抜けな声をあげた後のこと。


「君を待っていた」

「え、え」


 昨日の俺は混乱の渦に呑み込まれいた。

 なぜなら俺は童貞だから!


「どうしよう……金髪の綺麗な女性に抱き着かれてしまった!」

「?」

「くっ……もうダメだ……好きになってしまう……!」

「?」


 九条院さんは終始首を傾げていた。


「ちょ、ちょ……ど、どういうことなの……!?」


 そこで運よく揚羽が正気に戻ってくれて、危うく九条院さんに恋して、告白して、玉砕して、再びトラウマを抱えるところだった俺もなんとか正気に戻してもらった。


「私は九条院エル」


 その後、正気に戻った俺たちは、そこで初めてお嬢様に自己紹介してもらった。


 籠乃女子に通う3年生――九条院エル。


「お、おい! あれ!?」

「九条院エル!?」

「き、綺麗……」

「足なっが」

「てか、ウエストほっそ」

「たしかハーフなんだっけ……?」

「日本人離れしてんなぁ」


 そこで俺たちは周囲の視線に晒されていることに気づいた。いや、”たち”っていうか正確には九条院さんが。


 さらに――。


「ちょっと待って!? 一緒にいるのって八百万先輩!?」

「か゛っ゛こ゛い゛い゛」


 揚羽もめちゃくちゃ目立ってた!


「くっ! 俺は!? 俺のことを言ってくれる人はいないのか!?」


 誰もいませんでした。


 とりあえず、目立って仕方がないので場所を移すことにした人気者2人プラスアルファ(わい)。


「ちょうど駅前のじゃがばつくんを食べにいくんですけど、一緒にどうですか……?」

「じゃがばつ……?」


 プラスアルファの提案に九条院さんは首を傾げた。よく考えたら庶民の食べる庶民的食べ物を、一流お嬢様が食べるわけないことに思い至る。


 「食べてみたい」


 しかし、意外なことにお嬢様は案外乗り気だった。


「じゃあ、ご一緒に?」

「そちらの人が構わないのなら」


 と、九条院さんが揚羽に確認を取る。揚羽はやや戸惑いながら、「まあ別に」としどろもどろに答えた。


 こうして目立つ2人プラスアルファは、駅前までじゃがばつくんを食べに向かったわけである。


 その道中もたいそう目立ったものだが、学校の校門前に比べたら些細なものだった。あと、アルファの俺は周囲からは見えてないらしい。


「うわっ! 絵になる2人~」

「2人が並んで歩いてると映画の1シーンみたい……」


 などと外野から聞こえてくるのだが、よく見て欲しい。その2人にビトウィーンしている男が1人いませんか?


 それ、俺です。

 あ、邪魔ですか?

 そうですか。


 そんなこんなで目的地に到着した俺たちは、揚げ物屋さんのおばちゃんにじゃがばつくんを注文。


「……たくさんの揚げ物」


 九条院さんは終始、ショーケースの向こうに並ぶコロッケやメンチカツといった揚げ物に目を奪われていた。


「それじゃあ、いただきます」

「いただきまーす」


 俺と揚羽はじゃがばつくんを1つ口に頬張る。油で揚げられたじゃがいもの甘味が口いっぱいに広がる。衣のさくっとした触感の後に、じゃがいもがほろほろと崩れていく。大変美味である。


 九条院さんも遅れて「い、いただきます」とじゃがばつくんを食べると、「!」と続けて2個、3個と頬張る。どうやら気に入ったようだ。


「「「もぐもぐ」」」


 そうして3人でじゃがばつくんを食した後――。


「ところで、九条院……さんは俺になんの用が? 見つけたと言ってましたけど」


 ようやく本題に入った。


「?」


 しかし、九条院さんは首を傾げた。


「……なんだったかな」

「え? 九条院さん?」

「じゃがばつくんがおいしくて、目的を忘れた」


 嘘でしょ、九条院さん?


「というか、2人は……一体どういう関係……? さ、さっき彼に抱き着いてましたけど」

「ああ、それは会えたことが嬉しくて」


 九条院さんは揚羽の問いに抑揚なく答える。相変わらず能面のように表情が動かない人だ。


「俺と九条院さんは……まあ、いろいろあってなぁ」

「いや、ボクそのいろいろの部分が気になるんだけど!?」


 だよね。


「もしかすると、君とじゃがばつくんを食べるため……に会いに来たのかもしれない」


 九条院さんが「もぐもぐ」とじゃがばつくんを食べながら言った。そんなわけないでしょう。


 あと口の端に油の衣ついちゃってますよ。


「ねえ、それで2人は一体どんな関係なの!?」

「まあ……紆余曲折あってなぁ」

「だから、紆余曲折ってなに!? ねえ、なんなの!?」

「あ、そういえば九条院さん」

「?」

「俺、先輩に名前を教えてなかったと思うんですけど……なんで校門で会った時、俺の名前を?」


 ふと、名のを名乗るほどの者じゃないので~と名乗らず別れたことを思い出した。


 尋ねると、九条院さんは「あ」と思い出したかのようにポケットから見慣れたものを取り出した。


「これ、落としていったから。渡そうと思って」

「俺の生徒手帳?」


 なるほど。あの時、別れ際に落としてしまったのか。多分、鞄からタオルを取り出した時だろうか。


「すみません……ありがとうございます。わざわざ」

「ううん。それより、せっかく会えたから……あの時のお礼がしたい」

「だ、だから、別にいいですって。俺、たいしたことしてないし」

「それじゃあもぐもぐ私のもぐもぐ気がすまなもぐもぐ」

「1回、もぐもぐするのやめましょうか」


 九条院さんは揚げ物屋さんのおばちゃんに「もう10個ください」と追加注文していた。


 本当に気に入ったようだ。


 ふと、ここで「ぴぴぴ」とアラームが鳴る。誰かと思えば九条院さんのスマホからだったようで、「習い事の時間」と呟く。


「今日は帰る」

「あ、そうですか」

「でも、また会いにくる。その時こそお礼を受け取って欲しい」

「いや、だから」

「それじゃあね」


 ききーと九条院さんの前で車が停まる。なんていいタイミング。九条院さんはそのまま車に乗り込み、どこかへ行ってしまった。


 しかし、なぜかすぐ戻ってきて、揚げ物屋のおばちゃんから注文したじゃがばつくんを受け取って、今度こそどこかへ行ってしまった。


 で――。


「んーーーー」

「だらだら」

「どういうことか……説明してもらえるよねぇ?」

「……まあ、いろいろあったんだよ」

「だから、そこを聞かせてくれない?」


 俺は説明をはぐらかし、「あ、電車くるぅ! さらば!」とその場を立ち去ったわけである。


 正直、なんて説明すればいいか分からないのだ。

 子犬を一緒に保護した仲ではあるが、あの時俺がとった行動は、見る人から見れば下心丸男子なのだから。


 絶対恋愛しない同盟を結んでいる揚羽に、なんて説明すればいいのか――そんな後ろめたさからつい逃げてしまったわけである。

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