第10話 純愛絶対主義
八百万と俺は顔を見合わせて、同時に「?」と頭上にハテナを浮かべる。
「タイム」
八百万は腕でTの字を作り、タイムを申し出る。それから俺と八百万は示し合わせたかのように、3号に背を見せた。
「ねえ、千葉くん。どういうことだと思う?」
「先輩のハーレムに加わって欲しいってことは、先輩のハーレムに加わって欲しいってことだよ」
「小○構文じゃん」
「実際、そのままの意味としか思えないんだが」
3号が「はいタイム終わり!」と喚いたので、俺たちは話し合いもそこそこに3号へ向き直る。
八百万は戸惑いながらも「こほんっ」と咳払いして口を開く。
「ええっと、先輩のハーレムに加わるってどういうこと?」
「先輩はあなたがハーレムに加わってくれなかったことがとてもショックだったみたいなの……」
「え、あ、はぁ……そうなんだ……?」
「春休みの間、ずっと落ち込んでいてね? もうあたし見てられなくって」
「あ、はい」
「だから、こうしてあんたを先輩のハーレムに入れてあげようと声をかけてあげたの!!」
「( ゚д゚)」
八百万が顔文字みたいな顔のまま固まってしまった。それだけ衝撃的なひと言だったことが窺える。
「1度は先輩から逃げたあんたに声をかけてあげたんだから! 感謝してよね!」
「/(^o^)\」
八百万が顔文字みたいな顔で頭を抱えている。それから「え? 怖くない?」と八百万が俺に視線を送ってきた。
怖い。ちょっとなにを言っているのか分からなくて怖い。
「あーようするに、八百万のやつがハーレムに入らなかったことで、先輩が落ち込んでるから元気づけるためにも、八百万には先輩のハーレムに入って欲しいって解釈でOKか?」
顔文字みたいな顔をしている八百万に代わって、俺が3号に確認すると、「そうよ!」とドヤ顔で頷いた。
「なあ、こいつって頭がおかしいのか?」
「多分ね。もう手遅れだよ」
「そうか」
八百万の返答に、俺は可哀想なものを見る目で3号を見る。すると、「無視するなあぁぁぁぁぁぁ!」と憤慨した。怖い。
「よく分からないんだが、その先輩が6股してハーレム作ってることにかんして、3号さんはなにも思わないのか?」
「誰が3号さんよ!?」
だって名前知らないし。あと興味もないし。
「そりゃあなにも思うところがないと言ったら嘘になるわ。あたし1人だけを見て欲しいって思わなくもない……」
「なら、7号を作ろうとするあんたの行動は、その気持ちと矛盾しているんじゃないか?」
横から八百万が、「ボクのこと7号って呼ぶやめてくれる?」と抗議してきたが無視する。
「あたし個人のことなんかどうでもいいのよ。あたしにとって、先輩が幸せであることが重要なんだから」
「愛しているからこそってわけか」
「好きな人の幸せを願うのは普通のことでしょ?」
「……」
まあ、あながち間違ってはいない。言動には賛同しかねるが。
「先輩のハーレムの人数が増えて、あたしと先輩だけの時間が減るのは寂しいわ。でも、先輩が喜んでくれることが、あたしにとってこれ以上ない幸福だもの。これこそ純愛よね!」
「純愛?」
一瞬、俺の中でピシリッと、なにかが軋む音がした。
「悪いけれど、先輩のハーレムに入るつもりなんてないよ。ボクは」
「なっ……い、入れてあげようって言ってるのに!?」
「入るわけがないだろう? ボクはボクのことを一途に想ってくれる人が好きなんだ。6股もして、あっちこっちふらふらしている人なんかごめんだね!」
「せ、先輩のことを悪く言ったわね!?」
3号は烈火のごとく怒りをあらわにし、八百万のことを睨みつける。
「先輩は私たちを平等に愛してくれてる!」
俺は「平等?」と3号の言葉に眉根を寄せる。
「先輩は私たちを悲しませまいと、1人を選ぶことなくみんなを平等に愛してくれるの! その慈悲深さと優しさが分からない? そこにあなたを迎え入れてあげようっていうの! どう? 嬉しいでしょう?」
なるほどなるほど。3号の言いたいことは分かった。
たしかに、ハーレムってのは誰か1人を選ばず、みんなを幸せにする選択肢だよな。
大団円のハッピーエンド。素晴らしい。
「はい、ライン越え」
俺はおもむろに3号へ指をさし、ライン越え判定を言い渡す。3号はなんのこっちゃと首を傾げ、隣の八百万も財布を片手の首を傾げている。
いや、ライン越えしたのは八百万ではない。だから反射的に100円を取り出そうとするな。
「な、なに言ってんのか分からないけど……とにかく! 先輩のためにも、八百万 揚羽にはハーレムに!」
「えいっ」
俺は手に持って行ったシュレッダーのゴミを3号に被せてやる。3号は上から大量の紙屑に呑み込まれる。
そうして紙屑の山に埋もれた3号はしばらく目をぱちくりさせた後、「なにすんのよ!?」と声を張りあげた。
「あ、もう1袋いっておく?」
「いらんわ!?」
俺の提案を3号が一蹴した。
「そうか? 頭お花畑なあんたには、シュレッダーの紙吹雪がお似合いだと思ったんだが?」
「な、なんですって!?」
「八百万をハーレムに加えようとするのは、諦めるんだな。本人だっていやがってるし」
言うと、八百万がぶんぶん首を縦に振る。
「なっ……せっかくこうやって先輩のハーレムに入れてあげようって言ってるのに!」
「ふざけんな」
「!」
「なにが慈悲深くて優しい……だ。んなもん選択することから逃げてるだけだろ」
「なっ……」
「みんな大なり小なり、辛い思いして、苦しい選択をして、悲しみを乗り越えて、1人の人を愛する選択してんだよ」
ハーレムだって悪いもんじゃない。実際、ほとんどの物語ではみんな幸せに暮らしている。誰も傷つかない。いいことだ。
「けど、それは純愛じゃあねぇんだよ」
俺が尊いと信じる純愛からは、ほど遠い。
「あんたのはただの依存だ。先輩って野郎に寄りかかってないと生きていけないだけだろ」
「そ、んなことは」
「純愛は相手を寄る辺にすることじゃない。純粋な愛だ。それは見返りを求めるものじゃないし、求められるものでもない。あんたは先輩のためにとかほざいていたが、本当は八百万を踏み台にして、自分が先輩に気に入られたいだけだろうがよ」
「うっ」
「いいか? 八百万 揚羽はあんたが先輩に取り入るための貢ぎ物じゃねぇんだよ。分かったらどっか行け。それとも、もう1袋いっとくか?」
シュレッダーのゴミを指さすと、3号はしばらくそれと俺の顔を交互に見て、なにも言わず小走りにこの場を去っていった。
俺はその背を眺めた後、ふと廊下に散らばったゴミを見て「あ」と間抜けな声が漏れた。
※
「別に八百万は手伝わなくてもいいだぞ?」
「ボクのために怒ってくれたんだろう? なら、手伝わなくちゃ」
散らばったシュレッダーのゴミをちりとりを使い、2人でちまちまと集めている。
こりゃ時間がかかりそうだ……。
「別に? 俺のラインを超えたのはあいつだ。これは俺が勝手にしたことだよ」
「……それでも嬉しかった」
「……そりゃなによりだな」
「あとすっきりしたしね」
「そうか」
そうして俺たちは一緒にゴミ捨てを終えて、ようやく教室に帰還。あとは学級日誌を書くだけなのだが……。
「今日の感想の欄……なんも書くことねぇよな」
授業とか特になかったし。
俺が「ぬーん」と唸っていると、「それじゃあボクに任せて」と横から八百万が学級日誌を取り上げて書き始める。
「えーっと……顔見知りがいるとはいえ、これからの新しい生活に不安や戸惑いがないわけではありません。そんな中、新しい出会いがありました。まだ不安を完全にぬぐい切れるわけではないけれど、それでもこれからの学校生活が今はとても楽しみです! これでいいんじゃないかな?」
八百万の確認に俺は「そうだな」と苦笑を浮かべた。正直、俺もまったく同じことを思っていた。
「これから楽しみだな」
「うん!」
俺たちは笑い合って、学級日誌を閉じた。
これからここにはいろんな人が、いろんなことを、いろんな想いで、思い思いに書き連ねていくことになる。
最後にこれを俺が見る時、ここにはどんなことが書いてあるのだろうか。
そんな未来のことに想いを馳せながら、俺は八百万と一緒に教室を離れた。
※
「いや~やっと帰れるねぇ」
「もう14時か……昼には学校終わってたのに」
「まあ、いろいろあったしねぇ」
「つっても、時間はあるし、どっか寄っていくか?」
「うーん、ご飯には微妙な時間だよねぇ」
俺たちは昇降口で上履きからローファーに履き替えながら、これからのことを話す。
「あ、そういえば駅前にうまい揚げ物のお店があるよな。
「ああ~あるね」
「俺、あそこで食ったことないんだけど、すげぇうまいんだろ? たしか、じゃがいものを揚げた……じゃがばつくんってのが人気なんだったか」
「じゃあ、そこでなにか軽く食べてから、その後のことを決めようか。でも、揚げ物かぁ。太っちゃうなぁ」
「八百万は十分スタイルいいんだから、ちょっとくらいはいいだろ」
「……」
ふと、八百万が立ち止まった。
「どうかしたか?」
「いや、ふと思ったんだけどさ。これからは名前で呼び合わないかい?」
「?」
「ほら、ボクたち友達なのにちょっと余所余所しいっていうか」
「ああ……そうだな。じゃあ、そうするか」
「うん」
「……」
「……」
沈黙したまま動かない俺と八百万。まるでどちらが先に呼ぶか、牽制し合っているようだ。
「よ、よし……こほんっ。しゅ、修太朗くん」
「お、おう。揚羽」
「修太朗くん」
「揚羽」
「うん……悪くないね」
「そうだな。八百万より呼びやすい」
「そっか」
八百万―揚羽は、ふわりと微笑んで再び歩き出す。俺も続いて歩き出した。
「よ~し! じゃあ、ボクはじゃがばつくを10個は食べようかな!」
「太るとか言ってたのに……?」
そんな他愛もない話をしながら校門を通り抜ける。すると――。
「千葉 修太朗」
声がした。
しかも、なんか既視感ある流れ。
おいおい、また例の先輩関連か?
今度はハーレム何号さんなんだか。
そんな思考が頭を過った直後、ふいに俺に誰かが抱き着いてきた。
「見つけた」
「え」
抱き着いてきのは金糸の長い髪を持つ美少女――つい先日会った捨てられた子犬を保護したお嬢様だった。
ちなみに俺がお嬢様に抱き着かれた時――。
「ほわ?」
揚羽は横で間抜けな声をあげていた。
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