第9話 ハーレム3号

 翌日。


 体育館にて新入生との交流会とオリエンテーションを終え、教室へ帰還。


「さて、この後のホームルームでは委員会決めを行う。委員会活動への積極的な参加は、内申点へ加点される。ここであまりだらだらされても困るので、君らの積極的な姿勢に期待するよ」


 我らが2年2組の担任は、全体的に気だるげな人である。目の下には隈があり、長い髪はぼさぼさで、乱雑な感じでひとつに束ねている。よれよれのスーツで、過剰なほどの猫背。


 しかしながら、なぜかとても整った容姿をしている。世の美容に全力をかけている女性に謝るべきだ。


 などと俺は思った。


 その後、担任主導で委員会決めが始まる。


「まずはもっとも挙手率の低い学級委員だ。みな、面倒だからと敬遠しがちだが……逆に言えば、面倒ごとが多いというのは内申点に加点されるチャンスが多いということでもある。時間を無駄にしないために、積極的に挙手してくれたまえ」


 そうは言うが、やはりできればみんなやりたくないみたいで誰も手を挙げない。


「あ、あの先生……」


 そんな中、1人の女子生徒が挙手する。


「君がやるかね」

「い、いえ! そうじゃなくて……あの……学級委員長は八百万さんがいいと思います!」


 まさかの推薦に隣で八百万がぎょっとした。俺もぎょっとした。


「ふむ。だそうだが? どうかね?」


 担任に問われて、八百万は「えっと」と少し悩んだ後、「それじゃあ」と学級委員長を引き受けることにしたようだ。


「それでは続いて副委員長を決める。やりたい者は挙手を――」


 担任が言い終えるよりもはやく、食い気味にクラスの女子数名が勢いよく挙手。


「ふむ。人気者のようだね」

「あ、あはは……」


 担任に言われて、八百万は乾いた笑みを浮かべる。


「それでは、その中からじゃんけんで――」

「待ってください、先生。ボク、副委員長には彼が適任だと思います」


 と、言いながら八百万の指が俺に向けられる。


「ほわ?」

「……では、彼が副委員長ということで」


 あれ? 担任が俺の意思を聞かずに決めちゃったぞ?


「では、次の委員を決める。引き続き、君たちの積極性に期待するよ」


 あれれ? 俺の意思は?

 そんなこんなで八百万と学級委員になりたかった女子たちに、軽く嫉妬のこもった視線を向けられつつも副委員長に就任。


 そうしてホームルームが終わり、本日のスケジュールは終了。今日も午前中に終わったため、ほとんどの生徒は午後の時間を持て余していることだろう。


 だが、不運にも学級委員に選ばれた俺は――。


「お前なにしてくれとんねん」

「辛い時も苦しい時も……そして面倒くさいことも一緒だよ!」


 八百万と一緒に教室の掃除をすることになった。

 俺は「最悪だぁ」と呟きつつ、ほうきで床を掃く。


 気だるげな担任から今日の学級日誌と教室の掃除を命じられた。明日からは日直の仕事だそうだが、今日のところは学級委員がするように――とのことだ。


「すまないね。せっかくだから君と同じ委員会がよかったんだ」


 などと八百万は上目遣いで言う。俺は「はっ」とそれを鼻で笑い飛ばした。


「本当は?」

「女の子たちと2人きりなんて冗談じゃない……」

「あー」


 たしかになぁ。

 疲れそうだよなぁ……。


「別に嫌いなわけではないんだよ? でも、四六時中きゃーきゃーと黄色い声をあげられるとね。ボク、別にアイドルでもなんでもないし」

「あんたも信者が多くて大変だなぁ」


 八百万は苦笑を浮かべる。


「はぁ……面倒だが、やるからにはしっかりやるか」


 俺は袖をまくって気合いを入れて掃除をすることにした。


 装備していたほうきを外し、代わりに雑巾を装備。バケツに水を汲み、「うりゃりゃりゃ!」と濡らした雑巾で、床を雑巾がけする。


 八百万はそんな俺をぼーっと眺めながら、「そこまでする必要はないんじゃ?」と戸惑いの声をあげた。


「ほうきだけで十分だと思うけれど?」

「いや、雑巾がけしないと掃除したーって気にならないんだよ。道場で雑巾がけよくしてるからかな?」

「道場?」

「ああ、話してなかったか? うちのおじいちゃんが空手の道場やっててさ。昔っから空手やっててな」

「ほうほう」


 八百万が少しだけ前のめりに耳を傾けてくる。


「今もうやってないけどさ。ただ、昔の習慣ってのかな。毎朝、軽く汗流すくらいの運動しててさ。雑巾がけもその一環」

「なるほどなるほど……君、筋肉とか結構あるのかい?」

「まあ、平均よりかはあるんじゃないか?」


 答えると八百万が「へー? ほー? ふーん?」と、ちらちら俺を見てくる。はて、一体なんなのだろうか?


「よかったら、ちょっと見せてもらってもいいかな?」

「え? なにを?」

「……腹筋」

「は?」


 で――。


「なんかこれライン超えでは」

「これくらい普通だよ」

「本当か?」

「本当だよ」

「そうか」


 俺は今、クラスメイトの女子に腹筋を見せている。自ら制服の裾を捲り上げ、腹筋が見えるようにしている。なんだか女子がスカートをたくし上げる姿に似ているような。


 そんな不健全さがある。



「さわさわ」

「おい、急にさわさわと言いながら人の腹筋を触るなよ」


 八百万は「あ、ごめん」と謝罪しつつも、腹筋を触る手を止めようとはしなかった。


「な、なんだろう……すごい……た、たくましいね……」

「ふっ……まあな」


 筋肉を褒められて、ついドヤ顔をしてしまった。それから数分、いまだに俺の腹筋をさわさわおさわりしている彼女に、「そろそろ掃除に戻らないか?」と提案するも首を横に振られてしまった。


「もうちょっと! もうちょっとだけ!? ね!?」

「な、なんか怖いぞ!? もう終わりだって!」

「もうちょっとだけ! こんな機会なかなかないんだ!」

「はい、もうライン越えです! ライン越え!」

「はいこれでいい!?」

「いっきに500円渡してきやがった!」

「これで500円分ライン越えしていいよね!?」

「この罰金ってそういうんじゃないだろ!?」


 ダメだ! こいつタガ外れちゃってる!

 このままではなし崩し的に、不健全な関係になりそうな気がするぜ!


 と――。


「君たちは掃除もしないでなにをしているのかね」

「「あ」」


 ようすを見にきた担任見られてしまった!



「「……」」


 あの後、担任は特になにか言うでもなく、職員室にあるゴミをゴミ捨て場まで運ぶように頼んできた。


 逆になにも言われないのがちょっと怖いが気もするが――ともかく。一連のことで、頭が冷えた八百万は「すまなかった」と落ち込んだようすで謝罪してきた。


「まあ、別にいいよ。気にしてない」

「そうか……ありがとう」

「にしてもうちの担任、結構生徒使い荒いよな」

「ね」


 俺たちが運んでいるのはシュレッダーのゴミだった。全部で4袋分。俺と八百万がそれぞれ2袋を両手で運んでいる。重さはたいしたことがないから、別にいいっちゃいいけれど。


「さっさと捨てて、学級日誌もやらないとね」

「そうだなぁー。うん?」


 ふと、俺は窓の外に見える校門前に、黒塗りのいかにも高そうな車が停まっていることに気づいた。


「おい、見ろよ。すっげー高そうな車だぜ」

「本当だね? 誰かのお迎え?」

「今まで見たことないし、新入生の中に金持ちのぼんぼんがいるのか?」

「どうだろう? 少なくとも、そんな子がいるなら今頃噂になってそうだけれど」

「だよなぁ」


 一体なんなのだろうか?


「ねえ」


 ふと、聞き慣れない声がした。

 俺と八百万は同時に、声がした方向へ目を向ける。すると、そこには1人の女子生徒が仁王立ちしていた。


「八百万 揚羽よね?」


 肩まで伸びた栗色の髪を側頭部でお団子に結い上げ、くりくりと愛くるしさを覚える目は、キッと不機嫌そうにつりあがっている。その視線の先にいるのは、八百万。


 俺が「知り合いか?」と尋ねると、八百万は「まあうん」と歯切れ悪く答えた。


「彼女は……3号だね」

「3号?」


 人造人間かなにか?


「ボクが好きだった先輩のハーレムにいる女の子だよ」

「はーれむ」


 3号と呼ばれて女子生徒のリボンは青色。つまり、俺たちと同じ2年生のようだ。


 俺は八百万の言う先輩を頭の中で検索し、「思い出した」と手のひらをぽんっと打つ。


「あの6股してたって人か」

「うん、その人」

「はは~ん? そのハーレムの3号ってことは……あんた、3番目の女ってことか」

「誰が3番目の女よ!?」


 3号が怒った。怖い。


「あ、つまり八百万がハーレムに入ってたら7号に……?」

「八百万なのに7号ってややこしいよねぇー」

「それなー」


 八百万だから8号じゃないと、なんとなく収まりの悪さを覚える。


 俺と八百万の呑気な会話に、「どうでもいいわそんなこと!」と3号が仲間に入りたそうにツッコミを入れてきた。


 なかなか悪くないキレツッコミである。


「そんなことより八百万 揚羽!」

「はい、八百万 揚羽ですが」

「先輩のハーレムに加わりなさい!」

「……はい?」


 八百万は首を傾げた。

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