第14話 不穏
「ちなみに、揚羽おススメのラーメン屋はどこにあるんだ?」
「駅から10分くらい歩いたところかな。学校とは反対方向だから、ここからだと20分~30分くらい」
「まあまあ、歩くんだなぁ」
「でも、本当においしいから期待してくれていいよ?」
揚羽はにやりと隣でほくそ笑む。
今は学校から駅までの通学路をえっちらおっちら歩いている最中だ。閑散とした住宅街とのどかな田畑に挟まれた二車線道路。その歩道を並んで歩いていると、時折自転車に乗ったおじいさんが「こんにちはぁ」とにこやかに声をかけてくるので、こちらもにこやかに挨拶を交わす。
「あのさ」
どことなく神妙な声色で揚羽に声をかけられ、俺は視線だけ揚羽に向ける。
「あのお嬢様のこと、本当によかったのかい?」
「またその話を蒸し返すのか?」
「ボクは本当に彼女がいてもよかったんだよ?」
「俺がお前と2人きりでラーメンを食いたかったんだよ」
「まあ、君がそう言うなら……もう聞かないけれど」
言いながら揚羽はそっぽ向いて、また頬をむにむにさせる。最近、揚羽の中で流行っているのだろうか。
ふと、向かい側から人が近づいてきているのが見えた。見たところ同い年くらいの女子だったが、あまりじろじろ見るものでもないだろうと、意図的に視界から外した。
二車線道路脇に作られた歩道は、俺たちが2人が並んで歩ける程度の道幅しかない。だから俺は、揚羽の後ろに回って道を開ける。
そのまま後はすれ違うだけだったのだが、不思議なことにその女子は前を歩く揚羽とすれ違った直後、俺の真横で立ち止まって「ねえ」と声をかけてきた。
「えっと、なにか?」
思わず意図的に外していた視線を彼女に向ける。
褐色の健康的な胸元を露出させた、いかにも派手好きそうな女子――というのが第一印象。ゆるいカーブを描く金髪には赤色のメッシュが入っている。
というか、この制服は籠乃女子の生徒だ。
上質な生地で作られているであろう制服の袖は無造作にまくられ、スカート丈の方も基準よりずっと短いことが窺える。
お嬢様女子校に通っていう割には、上品さに欠けた格好と言わざるを得ない。しかしながら、変に気取らないラフな姿は、むしろ男受けしそうだ――などと思った。
彼女はどことなく気だるげなたれ目で俺を見ながら、「君さぁ」と口を開く。
「今からうちと遊ばない?」
「は?」
急になにを言われたか分からず、素っ頓狂な声が出てしまった。前にいる揚羽も「ほわ?」とへんてこな声をあげている。
「一目見てピキーン! って来ちゃったんだよね~」
「ぴきーん…?」
「そうそう! 一目惚れ……って言うのかなぁ~」
「え」
え。
「ぶっちゃけうちのタイプっていうかぁ……♡」
語尾にハートマークつけられてしまった。
これはあれか? ひょっとしなくても俺はナンパをされているのだろうか?
「はっ」
思わず鼻で笑ってしまった。
俺が? ナンパ? 現実的に考えろよ、俺。俺は残念ながらイケメンでもなんでもない。天然くるくるパーマボンバーだしな。
その俺が? ナンパ?
「あ、ちなこれナンパね?」
ナンパだった。
お嬢様女子校の女子にナンパされてしまった。おい、嘘だろ。
「な、なんぱ……」
揚羽も混乱している。
「修太朗くんが……ええ……?」
おい、なんでそんな不可思議なものを見る目でこっちを見る。そんなに俺がナンパされることが不思議ですか。そうですね。不思議ですね。わいもそう思います。
「ねえ? どうかなぁ? 今から一緒に遊ぼうよ♡ デートしよ……?♡ね?♡」
「いや、語尾にハートマークをつけられても。見ての通り、連れもいるし」
揚羽は「どうも連れです」と連れアピールする。ナンパしてきた女子――ナンパ女子は、「ふーん、で?」と首を傾げた。
「別にいいじゃ~ん。置いて行っても~」
揚羽が小声で「ひどいことを言う」と呟く。それな。
「なに? それとも2人って恋人さん?」
「「違う」」
「息ぴったり♡ じゃあ、お友達さん?」
「「いえす」」
「なら、いいじゃ~ん。友達の恋は応援するもんでしょ? ね?」
ナンパ女子に言われて、揚羽は「うーん」と両腕を組む。
「いや、友達の恋は全力で邪魔するのが友達ですが」
「え、なに言ってんのこの子……」
「少なくともボクたちはそういう友達だもんね」
揚羽が同意を求めてきたので、「ねー」と頷いておく。
「それに悪いけれど、今はボクが彼とデート中なんだ。ぽっと出のキャラには、お引き取り願おうか」
揚羽は所有権は自分にあると宣言するかのように、俺の手を握ってきた。やわらかな感触と人肌の熱が伝わってきて、一瞬心臓が跳ね上がるのを感じた。
「それじゃあ、行くよ。修太朗くん」
「お、おう」
そのまま揚羽は俺の手を握ったまま悠然と歩き出し、俺は黙ってその後をついていった。
「……あれま、振られちゃったかぁ。ざ~んねん」
別れ際、後ろからナンパ女子の独り言が聞こえてきた。しかし、その声音に残念さなどは、微塵も感じられなかった。
※
「「いただきます」」
さてはて、紆余曲折はあったが、ようやく俺たちは目的のラーメン屋に到着。
寂れた店内ではあるが、揚羽がおススメするだけあって、味はたしかである。
「はぁ……なんだかどっと疲れたな」
「そうだね。君と出会ってから、いろいろ起こりすぎだよ」
「それは俺の台詞でもあるんだけどな」
女子校のお嬢様と出会ったり、学級委員長にさせられたり、ハーレム3号に絡まれたり、お嬢様に学校特定されて凸られたり……。
「「ずるずる」」
俺たちは同時に麺を啜り、スープを飲み、器を置いて「ごちそうさまでした」と手を合わせる。
「……ねえ、修太朗くん」
「うん? なんだ?」
「また2人で、こうやって出かけようね」
「おう、そうだな。差し当たって、明日もまたどっか行くか?」
「気がはやいねぇ。そんなにボクと2人きりで放課後デートがしたいのかい?」
「1年の頃は……先輩の背中ばっかり追いかけてたからさ。友達と放課後になにかしたことって、ほとんどないんだ。だから、これからは1年の頃やらなかったことを全力でやりたいんだ」
「ふふ。仕方ないから、付き合ってあげるよ」
「さんきゅーな」
「じゃあ、明日はなにをしようか」
「そうだなぁー」
俺たちは明日の話をする。
普通の友達のように。
「さっきのナンパ女子の胸元は大変素晴らしかった」
「きっしょライン越えじゃん」
ちょっとライン越えして100円分財布が軽くなることもあるが、俺たちはちゃんと友達としての距離感を保ちつつあるのを感じた。
「じゃあ、また明日な」
「うん。明日も放課後が楽しみだね」
そうして俺たちは、また明日の約束を交わして、それぞれの帰路に戻った。
「……また明日か」
これからもこうやって揚羽といろいろな約束をしていくのだろう。
そう思うと、心が躍る。
しかし明日、その約束が果たされることはなかった。
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