第7話 女子校のご令嬢

 腰まで伸びる黄金に輝く髪。これぞ黄金比であろうと確信するほど整った顔立ち。水滴が滑り落ちるはりのあるきめ細かな白い肌。俺をじっと見つめる金眼は、どことなく眠たげである。


 白色を基調とした華やかな制服は、飛翔高校のご近所にあるお嬢様女子校の制服だ。


 籠乃かごの女子――飛翔高校と同じ私立高校だが、その規模は桁違い。うちの高校の敷地より何倍も広く、小中高一貫。入学できるのは一部の富める者のみ。


 通っている女子は全員もれなくお嬢様。飛翔高校に通う男子たち「彼女にしたいランキング」にて1位の女子校となっている。一体誰がどんな目的でこんなしょうもないランキングを思いついたんだ。


 それはともかくとしてだ。


「じー」


 見られている。

 お嬢様女子校に通っているであろう女子生徒に、「じー」と見られている!


「にゃー?」


 怖い。猫語で話しかけてきた。


「にゃー……?」


 一応、猫語で応答してみる。


「……?」


 お嬢様は、きょとんと首を傾げた。どうやらなにも伝わっていないようだ。


「ええっと、なにか?」


 今度は日本語で対話を試みる。

 見たところ外国人のように見えるが、籠乃女子に通っているのなら伝わるだろうという判断からである。


 仮に日本語が分からないなら、俺には対話する手段がなくなるので困る。


「犬」


 お嬢様からの返答は単語だった。しかも、「犬」ってなに。彼女の目の前にある段ボールの中で震える子犬をさしているのだろうか?


 俺は頭の後ろを掻きつつ、子犬とお嬢様がこれ以上濡れないように、移動して傘をさす。


「捨て犬?」


 俺も短く尋ねる。彼女は「こくり」と頷く。それからおもむろに、俺と子犬を交互に見る。


「君、飼える?」

「無理だ」


 首を横に振る。祖父母の年齢を考えると、子犬のお世話は難しいと思う。俺が四六時中面倒を見られるわけじゃないし……。


 可哀想だとは思うが、ここで「できる」と無責任なことを言って、己の正義欲を満たすわけにはいかない。


「えっと、そちらは?」


 ふと、彼女の物腰からなにやら年上な雰囲気を感じ取り、思わず態度を改める。実際、どうなのだろう。胸元の青色のリボンは、飛翔高校ならば2年生のシンボルである。


 つまり、俺と同い年になるわけだが、はたして籠乃女子でもそれは同じなのだろうか?


 お嬢様は俺の問いに、「飼える」と相変わらず短く答える。


「それなら、飼えばよろしいのでは……?」

「……そうしたいけど」


 言いながら、彼女は子犬に手を伸ばす。


「がるるるるるる!」


 子犬に威嚇された。

 彼女は手を引っ込める。すると、子犬は「すんっ」と威嚇をやめる。だが、再び彼女が手を伸ばすと、同じように威嚇する。


「……」


 彼女はしゅんとした顔で俺を見た。まるで、「ね?」とでも言うかのようである。


「昔から動物には嫌われるの」


 お嬢様が語り出した。


「私は好きなのに。彼らには嫌われる」


 悲しそうな表情で語る。


「う、うーん……」


 どうするべきか。

 これまるで恋愛漫画の導入みたいだな。これが主人公とヒロインの出会いとなり、2人は絆を深めて恋に落ちる的な。


 恋愛絶対しない同盟の一員として、こんなあからさまな恋愛フラグを踏むのは大変よろしくない。


 なんて思うのは、さすがに漫画の読みすぎな気もする。というか、このまま子犬を見捨てられるほど、俺は大人じゃない。


「あー……えっと、俺は飼えないとなると、そちらが飼ってあげるしかない。じゃないと、この子はここで……」

「……でも」

「今の問題を解決するには、この子から信頼を得るしかない……と、思います」


 思い出したかのように敬語を使う。お嬢様はそもそもあまり気にしていないようで、「?」と頭上にハテナを浮かべた。


「信頼を得るのは一朝一夕じゃないですから。ひとまず、濡れない場所に移動しましょう」

「……分かった」


 俺は子犬とお嬢様を傘の中にいれて、しばし移動。そして、近くの公園にあった屋根つきのベンチに腰を下ろす。


「ひとまず、この子の体をタオルで拭いてあげましょう」


 未使用のものではないが、ないよりはマシだろう。お嬢様は「私が」と名乗りをあげるが、子犬が「がるるるる」と威嚇したため、俺が子犬の体を拭いてあげることにした。


「しゅんっ」


 お嬢様があからさまに落ち込んでいたが――ともかく。


「そういえば、1人なんですか?」

「?」


 お嬢様女子校に通っているのだし、送り迎えはてっきり車だと勝手に想像していたのだが……。


 彼女は俺の質問の意図が分からなかったみたいで、俺は「ただの世間話です」と苦笑を浮かべる。


「世間話……今日はいい天気ですね……とか?」

「雨っすけどね」


 この人の会話デッキには、天気カードしかないらしい。それとも手札が事故ったのだろうか。


「この子の信頼は、どう得ればいい?」


 お嬢様の問いに、俺は少し考える。


「ご飯をあげてみますか? 見たところ弱っているいたいですし……俺が近くのコンビニでいろいろ買ってきますよ」

「うん、分かった。なら、これを」


 言って、お嬢様が財布を差し出してきた。傍から見たら、完全に恐喝の現場である。


「これで足りる?」


 彼女が財布を開いて見せてきた。そうしたら中にはびっしりカードがたくさん。今時の金持ちって、わざわざ万札入れる必要もないんですね。


「あ、でもこっちの方が……はやい?」


 今度はスマホを差し出してきた。キャッシュレスもお手の物なんですね。


 俺は頬をぽりぽり掻いた後、「いりません」と全部押し返した。


「その子を助けてあげたいのは、俺の意思でもあるんですから。いいんですよ、これくらいは」

「そう」


 彼女は少しだけタメを作り、「ふふ」と微笑んだ。


「バレッタのために、ありがとう」

「……」


 あ、もうその子に名前つけてるんだ。


「わふん?」


 子犬はなんのこっちゃと首を傾げていた。


 そんなこんなで近くのコンビニまでひとっ走りして、必要なものをいくつか購入。軽くなった財布に目を白くさせつつも、小走りに先ほどの公園まで戻る。


「それじゃあ、これをゆっくり食べさせてあげましょう。噛まれると危ないので、直接手であげるのはダメですよ」

「……」

「上目遣いで見てもダメ」


 狂犬病とか分かんないんだから。


 お嬢様は恐る恐るご飯を子犬にあげる。子犬の方も警戒しながらも、空腹には抗えず、少しずつだがご飯を食べてくれた。お嬢様はそれが余程嬉嬉しかったのか、俺と子犬に何度も視線を交互に向けてくる。


「よかったね」


 思わず口からそんな言葉出る。慌てて「すみません」と頭を下げると、彼女は「別に気にしない」と朗らかな笑みを浮かべる。


「君はいくつ?」

「俺は17っす」

「そう。私は18」

「あーやっぱり先輩でしたか」

「ううん、気にしなくていいよ。話しやすい喋り方で」


 と言われても、日本で生活している以上、刷り込まれた目上の人への対応は、なかなか変えるのが難しい。まあ、敬語で不都合があるわけじゃないから構わないけど。


「これで少しは懐いてくれたかな」


 彼女は試しに手を伸ばす。


「がるるるるるる」


 子犬は威嚇した。


「……」


 またお嬢様が眉尻を下げて俺を見てくる。そんな悲しそうな顔しないでください。続けていれば、いつか気を許してくれますよ。多分、おそらく絶対に。

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