第5話 ちょうどいい距離感

「ふふん」


 鏡の前でドヤ顔をする。

 そこに映っているのは、俺だ。

 天然パーマの黒髪黒目の純正日本人。中肉中背の平均的男子高校生に見える。


 飛翔高校の制服に袖を通し、1年生のシンボルたる青色のネクタイを締める。いや、もう1年生のシンボルではないか。今日からこれは2年生のシンボルとなるのだから。


 電車にしばらく揺られ、降りた駅から歩いて20分ほど。飛翔高校の校門が見えてくる。


 全校生徒900人くらいになるうちの高校は、周囲を深々とした緑、住宅街、工場などに囲まれている。


 校舎は4階建ての東校舎と西校舎の2つに別れ、間を渡り廊下が結ぶ。西校舎からさらに西へ向かうと、体育館や図書室、合宿場などがある。


 まあ、細かく説明するとキリがないから割愛するが……ともかく、今日から俺はここの2年生となるわけだ。


 今までえっちらおっちら教室のある3階まで階段をのぼっていたわけだが、今日からは2階が教室となる。昇降口をのぼって、上履きに履き替えれば、もう2階だ。


 おいおい、最高か?


 昇降口前のロータリーで、新しいクラスを確認。えっちらおっちら階段をのぼり、いざ新しいクラスへ。


「お」

「あ」


 教室に入ると、見知った女子がいた。


「やあ、千葉くん」

「よう、八百万。同じクラスか」

「うん、そうみたいだね」


 こいつはまた運命的なものを感じざるを得ない状況だ。


 さてはて、こうして俺の新しい高校生活が始まることとなる。

 失恋した俺の新たなスタート。友達を作っちゃりなんかして、クラスメイトたちと学校行事を楽しみ、青春を謳歌しようじゃないか――。


「なーんて思ってたんだけどなぁー」


 現実は世知辛い。

 俺は今人気のない中庭で、ひとり寂しく飯を食っている。


 今日は始業式で、午前中のみ。生徒の大半は帰宅するか、新しいクラスメイトとの交流のため、学食で飯を食べたりしているかもしれない。


 まあ、俺はぼっちなわけだが。


「ああ、いたいた。探したよ」

「ん?」


 振り向くと、八百万がいた。


「どうかしたのか?」

「いや、せっかくだからクラスメイトと親睦を深めるため、一緒にお昼でも……と思ってね」


 八百万は俺の隣に腰を下ろして、手に持っていたお弁当箱を開ける。ちらっと見ると、色とりどりのおかずと、きらきらした白米の見事なお弁当である。


「八百万、結構クラスの連中に声をかけられてなかったか?」


 俺なんかと違って、さっそく新しいクラスに馴染んでいるとばかり思っていのだが、八百万は乾いた笑みを浮かべるばかり。


「ボク、女子からは人気なんだけど、友達と呼べる人は君しかいないんだよね」

「?」

「なんて言えばいいのかな。彼女たちのボクを見る目って、崇拝に近いというか……」

「ああ」


 憧れとか、好きが行き過ぎるとそういう感じになるよなぁ。


「そういう君の方はどうなのかな? 男の子の友達はできたかい?」

「ぐさぐさぐさぐさ」

「メンタルをめった刺しにしてしまった。とても責任を感じる」

「俺さ……1年の頃は、先輩のことばっかり見てたからさ。友達、いなかったんだ」


 正確には作ろうとしなかったのだが。


「だから、友達の作り方が分からないっていうかなぁ。中学の頃は、こんなんじゃなかったんだが」

「じゃあ、君のクラスで友達はボクだけということかな」


 八百万は「お互い寂しい高校生活になりそうだねぇ」と、おかずの卵焼きを口に運ぶ。


「ところでさ、八百万」


 八百万は卵焼きを食べながら、「ふぁんだい?」と首を傾げる。とりあえず、まずは飲み込め。その卵焼き。


「友達ってなにすりゃいいんだ」


 尋ねると、八百万は数秒考える素振りを見せてから、困惑の表情を浮かべる。


「え、分かんない」

「……」

「し、仕方ないだろう。今まで友達と呼べるほど親しい人がいなかったんだから! というか、急になんだい?」

「いや、俺たち友達になったわけだけどさ。特にあれからなにかあったわけじゃないだろう?」


 そうなのだ。

 あの卒業式の後、俺と彼女の間には特にこれといってなにもなかった。一応、連絡先は交換していたが、別に日常会話をする気にもなれず――。


「ぶっちゃけ、春休みの間……マジでなんもなかったからさ。このまま疎遠になるんじゃないかと思ってたわ」

「まあ、うん。それはボクも思ったよ」

「これじゃあ、同盟の意味がないと思わないか?」

「うーん、だとしてもどうするつもりだい?」

「友達っぽいことをしてみよう!」


 立ち上がって言うと、「とてもストレートだねぇ」と今度はおかずのウインナーを口に運ぶ。


「今日はこれから暇か? 暇からさっそくどうだ?」

「もぐもぐ」

「……」

「もぐもぐ」

「……」

「もぐもぐ」

「咀嚼が長い」

「うん、構わないよ」

「うし! じゃあ、やるか! 友達っぽいこと!」


 と、その前にだ。


「ずっと気になってたんだが……そのお弁当のおかず、ひと口もらっていいか?」


 おいしそうだなと思ってたんだ!


「ダメ」

「……」


 俺の友達はケチだった。



 そんなこんなで俺たちは、友達っぽいことをした。


「うーん」

「うーん」


 図書室で肩を並べての勉強。


「こらこら、寝ちゃダメでしょ」

「むにゃ」


 俺が眠くなってしまったので、途中でやめた。


「うーん」

「うーん」


 体育倉庫からグローブとボールを拝借してキャッチボール。


「あ!」


 八百万の大暴投で危うく学校の窓ガラスを割るところだったので、途中でやめた。


「うーん」

「うーん」


 体育館でバスケットボール。


「お」

「あ」


 激しく動き回る中で、お互いの体が触れ合ってしまう事故が発生。


「判定を」

「ライン越え」


 俺は財布を取り出して100円を八百万に渡した。


 これが俺と八百万の定めた同盟のルールの1つ。一線を越えてはならない。もしもライン越えの判定があった場合は、こうして罰金を科すことになっている。


 罰金は基本100円か、同等の価値のものを奢ること。


「君は今、ボクと競り合う最中、どくさくに紛れてお腹を鷲掴みにしました。よって、ライン越えの判定としました。異論はあるかい?」

「ごめん。ボールを叩き落とそうとしただけだったんだが」

「じゃあ、なんで鷲掴みした」

「八百万って、意外とむっちりしてるんだ」


 八百万が「ぴぴー!!」と笛を吹いて、再びライン越えを宣告。俺は合計で200円を失った。


「君、さすがに今のは女の子に対して禁句だからね!?」

「ごめん」

「分かればいいよ。まあ、ボクはたしかにあんまり女の子に見えないだろうけどさ?」

「どこが? ちゃんと女の子だろう?」

「はい、ライン越えです」

「え、なんで」


 なぜか俺はこんなところで300円失ってしまった。本当になんでだ。


「……友達を口説くのは、ライン超えだろう?」

「……」


 八百万がもじもじしながら髪の毛先をいじる。

 俺は本当に反省した。


 俺たちは体育館を後にして、今度は西校舎へ移動。音楽室に忍び込み、1つの椅子を半分こして、並んで座る。そして、目の前にあるピアノの鍵盤を押し込む。


 思いのほか大きな音が鳴って肩を揺らすと、八百万がくすくす笑った。


「肩を並べてピアノを演奏って、友達っぽいのかな?」

「でも、こういうシーンよくあるんだよ」

「ふーん?」

「でも、正直よく分からねぇな……」

「それはそうだろうね。ピアノが弾けない素人2人が、肩を並べたところで、奏でられるのは不協和音だけさ」

「だよな」


 困った。俺たちはちゃんと友達ができないのだろうか?


「あとはどんな友達っぽいをしていないんだい?」

「あとしてないことか……」


 ある。


 本当は最初に向かうべき場所がある。青春の聖地であり、恋愛だろうが、友情だろうが、すべてが詰まっている場所。


 ただ、無意識のうちに除外していたわけだが。


「……屋上、行ってみないか」


 俺たち2人が先日失恋した場所。

 八百万は少しだけ間を置いてから、こくりと頷いた。

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