第4話 男女の友情は成立するのか

「同盟ってどんな?」


 パチンコのことは忘れて問いかけると、イケ女は「ふっ」と笑みを浮かべる。


「その名も『絶対恋愛しない同盟』さ!」

「まんまだな」

「シンプルイズベストだよ、君」

「具体的にどういう同盟なんだ?」

「まあ、恋愛しない同盟なんだから恋愛しない同盟なんじゃないかな? よく分からないけれど」

「え? 言い出しっぺが?」

「恋愛をしない同盟なんだから、当然ボクたちはお互いを好きになっちゃいけないよね」

「男女の友情なんて成立するのかぁ?」

「そのための同盟とも言える」


 なるほど。


「それともしも恋愛しようとしてたら、それを邪魔するとか?」

「なんだそれ」

「もしも君が、他の女の子と恋愛フラグを立てたらボクがそれを手折る」

「クソじゃん」

「恋愛しない同盟に加盟している限り、どんなフラグもへし折らなきゃ。じゃなきゃ、絶対恋愛しない同盟じゃないだろう?」

「それもそうか」

「だいたい、恋心なんて自分じゃ制御できない感情だ。結局のところ、第三者の監視がなければ、同じことを繰り返すとは思わないかい?」

「一理あるな。そのために、お互い監視しようってことだな?」

「うん。まあ、仮にその邪魔すらも押しのけて、成就したいような恋愛があるなら……それはそれでいいんじゃないかな」

「それ同盟が恋を盛り上げる壁役になってないか」

「たしかに」


 俺はイケ女の話を頭の中でまとめる。面白い話だとは思うが、1つだけ俺には懸念があった。


「お互い好きになっちゃいけないってことだけど、難しくないか?」

「うん?」

「だって、あんたは美人だし」

「おおう……ナチュラルに口説いてきたね」

「あんたとは、なんだか気が合いそうなんだよなぁ。だって、同じ日の同じ時間、同じ場所で告白したんだぞ? で、2人して失恋して、夕陽に向かって黄昏ていたんだ。これがラブコメなら、今から俺たちの恋が始まる予感するぞ」

「まあ、運命を感じるね」

「あと、あんたは美人だし」

「なんで2回言った」

「先輩のことがトラウマになってなかったら、うっかり好きになって告白して、玉砕して、ここで1人黄昏てたに違いない」

「赤裸々にぶっちゃけすぎじゃない?」


 だが、それくらい俺はイケ女を意識せざるを得ない状況というわけだ。同じ境遇で、こうして傷口をなめ合って、同じ痛みを共有している。下手したら一瞬で好きになるシチュエーションである。


「あんたは俺のこと好きにならないと言えるのか?」

「うん」

「あ、即答されたわ」


 死にたくなってきた。


「というか、むしろ会ったばっかりで相手のことよく知らないのに、よく好きとか言えるよね? だから、理想と現実のギャップに幻滅することになるんだよ」

「うぐっ!?」


 たしかに。今俺は同じ失敗を繰り返そうとしていたのか。危ない危ない。


「それにボク、君みたいな人じゃなくて可愛い人が好きだから」

「さいですか……」


 ナチュラルに振られた。


「男ってみーんな外見ばっかりしか見ないよねぇ」

「それはさすがに主語がでかいぞ。みんながみんなそんなんじゃない。ただ、俺は人を外見で判断するってだけだ」

「どっちにしても君は浅はかだねぇ」

「じゃあ、あんたはどうなんだ?」

「ボクはちゃんと相手の中身を見るとも」


 イケ女は「ふふん」と胸を張った。制服のボタンがみしみしと音を立てる。


 俺はそれを意識しないようにしながら、わざとらしく半眼で口を開く。


「その結果、あのハーレム王先輩に告白っすか。やりますねぇ」


 イケ女は笑顔のまま固まったのち、「ナマ言ってすみませんでした」と落ち込んだようすで俯く。


「……まあ、話は戻すとしてだ。男女の友情については、いろいろな形があると思うんだよね」

「ふむ?」

「えっちな友達だって、男女の友情の1つ……じゃないかな」

「ほわ?」

「君がボクの外見を魅力的に感じるというのは、99割は性欲のせいなんじゃないかな?」

「990%……」

「だ、だとしたら……まあ、そういう関係というのも1つあり……なのかもしれない」

「――」


 えっちなフレンド。


 俺は眉根を寄せた。


「ふざけんな」

「……」

「一線超えたら、普通の友達とは言えないだろ。それに、俺……そういうことは本当に大切な人とするべきだと思うんだ。俺が尊いと信じている『純愛』は、そういうものだと思う。いや、思いたいんだ」


 胸に手を当てて確認する。たしかに、生理的な欲求に従うのなら、えっちなフレンドは魅力的な提案だと言える。


 だが、そんな爛れた関係になんの意味がある。一時の欲に溺れて、俺が憧れた「純愛」を穢したくない。


 たとえ、理想と現実が違うものだと思い知った今でも、俺が「純愛」を尊いと思う気持ちだけは変わらない。


「ふ……あははは」

「な、なんで笑うんだよ?」

「いや、君は思っていたよりも、ずっと初心なんだなぁと思って」

「わ、笑いたきゃ笑え」


 俺は自分が初心であること十分理解している。だが、それを恥ずかしいことだとは思わない。純情を大切に思う自分を、誇りにすら思う。


 が、笑われるとさすがに恥ずかしいと思ってしまう。


「ふふ、すまない。嘲笑ったわけじゃないんだ。ただ、君は見た目に反して……可愛らしい人なんだなって」

「え?」

「さっきのは訂正しよう。ボクは君のこと好きになってしまうかもしれないね」

「……」

「ああ、それとさっきの提案はさすがに冗談さ。君が頷いていたら、踵を返して帰っていたけれど」

「あんた、俺を試したのか?」


 趣味が悪い。

 イケ女は「ごめんごめん」と笑みを浮かべる。


「さて、同盟内容を確認しようか」

「おっけー」

「まずはお互い好きにならないこと」

「すでにお互い好意を抱き始めているのでは」

「そんなすぐ恋愛感情に変わるわけないだろう」


 呆れた顔で言われてしまった。


「そして、相手の恋愛を邪魔すること」

「何度も聞いてもこれクソじゃん」

「でも、大事なことだろう?」

「それはそうだな……」


 邪魔してくれれば、勢いで変なことしないだろうし。

 逆に本気なら――その限りではない。


「これだけか?」


 尋ねると、イケ女は「いや」と人差し指を立てる。


「もう1つあるのか?」

「君の話を聞いて思いついた。3つ目は、一線を超えないこと」

「一線……?」

「ボクと君は男と女だ。間違いがないとは限らないだろう?」

「そうだな。えっちな気分になったら、大変だ」

「だから、絶対に一線は超えない。あくまでもボクたちの関係は、健全なお友達であることにこだわろうじゃないか」

「健全ってどこまで? どこまでならライン越えじゃないんだ?」

「そこが難しいところだね。その時その時で、考えていくしかないと思う」

「じゃあ、おさわりは?」

「あり」

「ありなんだ!? え!? マジ!? なしじゃね!?」

「じゃあ、なし?」

「ありがいいですぅ!」

「下心丸男子じゃん」

「くそぅ……! 本能には抗えないというのか!?」


 ふと、隣でイケ女が神妙な面持ちで呟く。


「男女の友情を成立させるのはとても困難なことだと、ボクは思う」

「そうだな。性欲は生きている限り、誰しもが持っていることだもんな」

「だから、むしろオープンにした方がいいと……ボクは思う」

「オープン?」

「下手に下心を隠して友達関係を上辺だけ続けるよりも、いっそ発情したことを赤裸々に語ることで、お互いのことを包み隠さず話す……そうした方が欲求不満にならないだろ?」

「不健全な関係に思うのは俺だけか」

「だから、一線は超えないのさ。一線は。友達以上えっちフレンド未満みたいな関係とでも言うのかな?」

「なんだその微妙な距離感」

「過度に性的な話題を避ける方が、よっぽどお互い意識してしまうだろう? だから、いっそそこはオープンに。でも、絶対に一線は超えない」

「BSSみたいな展開になりそうだよな」

「やめて」


 閑話休題。


「さて、あとは同盟を結ぶかどうかだね」

「……1つだけ大事なことを忘れていると思う」

「え? なにかな?」

「俺たち自己紹介をしていない」

「あ」


 イケ女は今気づいたようだ。


「そ、そういえばそうだったね。失恋のショックですっかり」

「まあ、俺も今気づいたんだけどな」

「じゃあ、同盟を結無事に当たって、お互い自己紹介をしようじゃないか」

「いいだろう」


 俺は先んじて拳を突き出す。それにたいして、イケ女は首を傾げた。


「なんだいそれは?」

「なにかを誓う時は、こうしてお互いの拳を突き合わせるもんだろ?」


 イケ女は「男の子だねぇ」と笑いながら、同じように拳を突き出した。


「ボクの名前は八百万やおよろず揚羽あげはだよ」

「俺の名前は千葉ちば修太朗しゅうたろうだ」


 お互い名乗りを終えて、同時に拳を合わせる。


「「よろしく」」


 まだ1年生の冬の頃。春の陽気が顔を出し始めた季節。


 こうして俺と揚羽の「絶対恋愛しない同盟」が始まった。

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